「降りて来るんだ、」

 足下、つまり木の根っこの部分から声がした。
 わたしには、見下ろすまでもなく誰が、何のために呼んだのか解っている。
「こら、ルーミィ!聞いているのか!」
 少し怒ったような、困ったような 心に響く柔らかい声。

「クレイしゃんデシ!」
 隣に座っていたシロちゃんが下を見下ろすと、そのふわふわのしっぽをぱたぱたと振って飛んでいってしまった。そのまますっぽりとクレイの腕に収まる。
 わたしは、それを横目で見ながらも気づかない振りで青空を眺めていた。

「ルーミィしゃんなにかしたんデシか?なんかそわそわしてるデシよ」
 よけいなこと言わなくてもいいのに…
「いや、いいんだ、シロ。それよりルーミィと一緒に何か食べたかい?」
「はいデシ!ルーミィしゃんにクッキーもらいました」

 下から盛大なため息が聞こえた。
 …やばい!!ここはひたすら知らんぷりしかないと、さらにわたしは空をにらみつけた。
 しばらくの沈黙の後ぼそっと呟くクレイ。

「太るわけだよなあ」
「ひっどーい!!ふとってなんかないもん!!」
 思わず枝から立ち上がって上空からクレイを見下ろした。ちゃんとフライの呪文は掛けてある。
 わたしが真っ赤になって言い出すのを見て思い切り吹き出すクレイ。
 ああ、また乗せられちゃったんだな、わたし。そう気がついても今更遅くて、
 憮然とした顔のままわたしは渋々と降りていく。
「おなかすいてたんだもん…」
「ちゃんと夕飯まで待てないのか?」
「うう…」
 クレイが手を伸ばし、その手がぎりぎり届くかと言うところ。

「なんだか、溶けてしまいそうだな…」
「え?」
 思わず聞き返す。
 そうしたらクレイはにっこり笑って

「ルーミィがさ、空に溶けてしまいそうだなと思ったのさ」
 振り返って今まで穴があくほど見つめていた大空をもう一度見つめてみた。
 雲一つない澄み切ったあおぞら。
「飛んで、みる?」

 わたしはクレイの返事を聞く前にその手をつかみあげて抱きかかえると一気に高く飛び上がった。
 フライだけはホント、上手になった物だと自分でも思うものだ。
 あっという間に木々の梢を飛び越してシルバーリーブの町が一望できるようになった。

「ねーえ!!どんな感じ?」
 両手で抱えたおおきな背中のむこうに尋ねてみる。
「結構風が強いな」
「うん、ここはいい風が吹いてるからね、」
 後ろからシロちゃんも追いついてきた。
「今日はクレイしゃんも一緒デシね!」
 嬉しそうに大きく羽を羽ばたかせ、私たちの周りをくるくる回っている。そうしてしばらくの間空中散歩を楽しんでいたわたしたちだったが、それまでぼうっと辺りを見ていたクレイがなんだか気まずそうにわたしの方を振り返ろうとした。
 当然わたしがクレイの腰にしがみつく形で浮かんでいたので彼がわたしの方を見るのは不可能だったのだけれども…
「なんか、俺かっこわるくないか?」

 たしかに、これじゃあ子泣き爺いにさらわれる大男の図だ。でもわたしのフライは一人にしかかけられないんだからしょうがないじゃない。
「だからさ…」
 クレイの提案にわたしは勿論喜んで同意したのだった。

 
 見上げれば、そこにはクレイの顔。
 今度はわたしがクレイに抱きかかえられるようにして空を飛んでいた。確かにこっちの方がわたしも視界が広がって気持ちがいい。
「うらやましいな、ルーミィは」
「そうかな?」
 見上げたわたしの視界で風がわたしやクレイの髪を揺らし、風を纏ったようなその姿に吸い込まれそうになる。
 すっとシロちゃんが横切った。真っ白な毛並みがまるで雲のようだ。
 下の景色には気も止めずわたしはただひたすらに大空を見上げていた。ひろい、ひろい、どこまでも続くきれいなそら。

 このまま溶けてしまうのもいいかも知れないなあと、わたしはクレイを見上げたままそう思った。