cigar / 極上のひととき



シガー、いわゆる葉巻の魅力は、なんと言ってもその芳醇な香りとコクにあります。
その意味では、同じ煙を吸引する紙巻きシガレットとは全く別次元の代物で、その楽しみ方
は、どうちらかと言うとむしろ赤ワインのそれに近いという人がいるのも頷けるところです。

現に、私は20代の後半に煙草を辞めて以来10年近く禁煙していて、その理由は別に
健康を意識してと言うよりも、単にある日から煙草がそれまでのようにおいしく感じられなく
なり、つまらなくなってしまったからだけなのですが、特にあの紙巻きの紙が燃える臭いに
嫌気がさしたのだとも思います。

それが最近、海外のとある空港に入っていたシガーのお店に目が止まり、その時は試しません
でしたが、帰ってからデパートのたばこ売場で何気なく買ったコイーバのシグロVとダビドフの
2番をはじめて吸ってみて、シガーの濃厚な味わいと煙の美しさ、そして何よりもうっとりとする
ような芳香に、"That's what it's all about!"、これがシガーというモノだったのか!と、近年久しく
興奮を覚えたのを思い出します。どちらも、フットに点火してから指先まで吸いきるのに費やした
1時間40分くらいはまさに、あっと言う間で、文字通り時が経つのを完全に忘れてしまった、
そんな至福の体験であったのです。この時の2本の選択も幸運だったようで、その後いろいろと
調べてみると、コイーバが現在のハバナシガーを代表するようなブランドで、ダビドフが非キューバ
産のシガーでの高級品に属することがわかりました。そして、見かけだけでなくコイーバがより濃厚
でコクがあり、ダビドフはそれよりもやや柔らかく上品に感じたのが、なるほどと思えたのであります。

それからコイーバの各サイズを試し、続いてロメオYフリエタやパルタガスやパンチ、H・アップマン、
ボリバール、モンテクリスト、グロリア・クバーナ、サンルイ・レイ、ラモン・アロネスなどなど、様々な
ブランドとサイズのシガーを次々と試して行き、気が付くと半年ほどで完全にシガーの奥深い世界に
どっぷりとはまってしまっていました。

ひとしきりこれらを吸ってみると、自分のお気に入りが自ずと見えてきます。モンテクリストは世界で
もっとも売れていて大変人気があるようですが、どうも自分には個性が感じられない。オヨ・デ・モント
レイも、cigar aficionadoでのレイティングは非常に高いけれど、何だかただ単に甘みが強すぎて、
バニラくさいのも作為を感じる。ロメオもはじめはフルーティなところが良いが後半はやや飽きる事
が多い。ボリバールは全体的に味も香りも強力で、いつも吸っていたいという気にならない。
コイーバはたしかにイイが高いし、意外に品質にばらつきが多い。

もっとも気に入っているのは、ロブストではパルタガスのセリーD・4、チャーチルではアップマンの
サー・ウィンストン、これはイイ!香りも最高でしっかりとしたコクがあり、タフな吸い応えも申し分
ない。ばらつきも少ないが、ただ、高い。それより少し小さいダリアサイズで気に入っているのは、
パルタガスの898バルニシュトとラモン・アロネスの898バルニシュト、それにグロリア・クバーナの
メダイユドール2。価格的にも、これくらいが丁度よい。コイーバでは唯一、グラン・パネテラの
ランセロスがお気に入り。細長いシェイプで、オーロラのような煙がうっすらと、ツーっと伝ってくる
様は実に優美この上ない。味わいもコクがあり陶酔感を感じる。ただ、細いので、巻きの堅さに
ばらつきがあり、固いものはどれだけ吸っても煙が入ってこない。諦めてしまうには、やはり高い
んだなあ、これが。だから、選ぶ時は巻きを確認して、固くつまり過ぎていないものを選ぶ必要
があります。

湿度と温度の管理は、シガーをおいしく楽しむ為には避けて通れない命題で、これを究めるには、
自宅の一室を改造してシガーショップのウォークインヒュミドールのようにする他ありませんが、
ここまでやれる人は、まあ限られるでしょう。そこまでとは言わないまでも、外国製の、食器棚ほど
の大きさのキャビネット型ヒュミドールがあって、これが実によさそうで、欲しいところでありますが.....
でも、これもやっぱり百万単位の買い物になりそうで、ちょっと難しい。
やはり落ち着くところは、見た目は裁縫箱と変わらないような、木箱のヒュミドールが精一杯。
これでも普通50本くらいが入るもので5、6万円ほどはする。これに付いている保湿器は、簡単に
言えばスポンジのようなオアシスに蒸留水をしみ込ませて一定の湿度を維持する、単純で必要
最低限なもの。一応湿度は一定に70%をキープはしているが、やはり蒸気型の加湿器で満遍
なくスペース全体に潤いを与えるウォークインヒュミドールに比べれば性能に限界がある。
温度もある程度一定に保つ努力が要り、実際に冬場など寒い部屋に置いておくと、いくら湿度は
保っていても、シガーが固くなって味もまずくなるのが実感として感じられます。
私の場合は、冬場はヒュミドール箱の近くに小型のヒーターと、さらに蒸気式の電気加湿器を
置いて一定の環境を24時間キープする努力をしています。いまのところ、これが限界。
シガーの保管には、湿度70%・温度70度華氏(摂氏約19度)が理想とはよく言われる所ですが、
単純にこの数字だけでとらえ切れないところが、シガーの奥深いところなのであります。

とにもかくにも、シガーをおいしく楽しむための悪戦苦闘は続くものの、シガーをくゆらすその一時
は、何も考えない。何もしない。完全に無為のひととき。ただ美しいけむりの行方をボーっと見続け、
このうえなく芳醇な香りにただただ包まれるためだけに火をつける。完全な静の二時間。
何かをせかせかとしながら、ついでにシガーを吸う、そんな事は考えられないのです。