たかはしクリニック 京都市

身体表現性うつ病
治療


(仮面うつ病の治療)

  身体表現性うつ病でも、一般のうつ病と同じように、抗うつ薬が有効な場合が多くあります。 しかし、薬物のみでは治療は円滑に進めがたく、家族や周囲の人の理解や協力が大切です。ひとくちに「うつ病」と言っても、仕事が可能な軽症例から1日中家で横たわり食事もとれない重症例まで様々です。うつ病の自殺率は高く、自殺はうつ病の治りかけの時期に特に多いと言われます。一方、最近は高齢者のうつ病(退行期うつ病、初老期うつ病)が増加しています。高齢者のうつ病の特長として、「心の悩み」が容易に身体症状に置き換えて表現される点があげられます。そのため、身体症状をおもに扱う一般内科の外来には身体表現性うつ病の患者さんが非常に多くみられます。身体表現性うつ病の場合、「うつ病による身体症状」として医師が診断しえても、患者さんの側がその診断を容易に受け入れないことがあります。身体症状であるのに何故「うつ病」というメンタル面の診断になるのか、というのがその理由です。患者さんの身体的な訴えを軽視することなく、身体症状と背後に横たわる心理面との関係について、わかりやすく説明していく必要があります。患者さんが納得されないかぎり、心の治療は思うようにすすみません。そのため、医師患者関係にも十分配慮した全人的な治療アプローチが、ここではとくに必要とされるのです。正しい診断と正しい治療を行えば、多くの身体表現性うつ病は後遺症もなく治癒します。
 追加ですが、最初うつ病の状態であっても、数10%(50%という報告もあります)がやがて躁病の時期を伴ってくる躁うつ病であるといわれています。特に若い人でその傾向は強いようです。専門的な話になりますが、単極性の「うつ病」と双極性の「躁うつ病」では治療や再発予防に関して使うべき薬剤も異なってきます。また、ストレス性(心因性)のうつ状態は、最近になって「適応障害」や「感情失調症」と呼称されるようになり、本来の「うつ病」(内因性や季節性のもの)と切り離して捉えられるようになっています。躁うつ混在状態、自己愛パーソナリティ障害に伴ううつ病など、治療方針は各病態によってさまざまに異なります。ここではうつ状態にある人の治療やケアの概略を記載します。


治 療 覚 え 書 き









治療を始める
に当たって
 患者さんの訴えを出来る限り大切に扱うこと。
身体表現性うつ病に陥っている患者さんの最大の関心事は「今ここで、訴えている身体症状」なのです。そのため、患者さんの側からみると、身体愁訴を大切に扱われることは「自分という存在」を大切に扱われていることにつながります。

 うつ病という病状が現在の身体症状といかに関連しているかを充分納得できるように医学的な説明を医師から詳しく受け納得する事。
 治療には、「自責的」「ゆううつ」「思考力の低下」「自発性の低下」「決断力の低下」「疎外感」「孤立感」等のうつ病特有の心理状況に配慮した雰囲気作りが、治療場面でも家庭内でも必要です。これは、患者さんの周囲状況への「心の融和感」と言うべきものを患者さんに感じてもらう事につながります。周囲と気分的に溶け込め、周囲から温かく見守られているという実感を抱くことが治療の進展に役立ちます。
うつ病が根性主義で治るものでないこと。劣等感や自己卑下、性格のレベルダウンなどの自覚は、それ自体がうつ病の心理症状の一部であり、症状が軽快すればそれらも消失していく点を納得してもらう。
 睡眠不足は症状を悪化させるので、とりあえず不眠症状があれば睡眠薬を併用する事。睡眠薬はその副作用などを気にせずに一定期間きちんと続けること。
 抗うつ剤は、うつ病の症状改善に非常に威力を発揮し役立ちます。医師のきちんとした説明によって、まず副作用は殆ど心配ないことを充分納得させてもらうこと。
 治療中に、人生の重大な決断(離婚、退職など)をしない事。病状がいつか好転した折り、それらの決断を後で後悔することが多く、つまり「後の祭り」という事態が生じやすいのです。
 殆どの身体表現性(仮面)うつ病は、症状の重篤感の割に治療は比較的容易なことが多いのです。病気の予後を悲観する必要はありません。うつ病は、多少時間がかかってもその90%以上は必ず治るのです。







薬による治療
について
 抗うつ剤がよく奏功しますが、同じ「うつ病」と言う病態でも、脳内の神経伝達物質が多種類から成り立っていることを反映してか、患者さんによって微妙に有効な薬剤が異なります。そのため、どの患者さんにどの抗うつ剤を使用するかは慎重な選択が必要です。

 抗うつ剤の種類
 古くから使用されている「三環系抗うつ剤」、三環系抗うつ剤の副作用を緩和した「四環系抗うつ剤」、特に消化器系の症状を持つうつ病に有効な「ドパミン系抗うつ剤」、強迫症状を持つうつ病に有効とされる「SSRI」などに大きく分類されます。ケースによっては、甲状腺製剤や抗躁薬も使用されます。また、点滴に入れて使用するか、あるいは経口薬として用いるかも、病状によって適時変えられます。この選択は臨床経験豊富な医師の選択に任さざるをえません。
 抗うつ剤の特徴として、投与してから効果が発現するまでに、一定の期間が必要です。これを専門的に 
「タイムラグ time lag 」があると言います。
およそ効果の発現までには2週間前後必要ですが、あにはからんや副作用だけは投与直後から現れてくるのです。そのため投与初期に自己判断で勝手に薬を中断してしまう人が少なからずおられます。この time lag に関して、主治医からよく説明を受けておく必要があります。
 抗うつ剤の副作用として「喉が乾く」「便秘」「眠気」「生理不順」「吐き気」などが現れることがあります。副作用ついて前もって医師から分かりやすい説明を受け、緩下剤などをもらっておけば、案外心理的に耐えられるものです。
 抗うつ剤は、ある程度症状が改善し自信が得られても、最低3ヶ月は初期の維持量を守るべきです。勝手な自己判断による早めの中止は再発を招きます。3ヶ月位経って症状が改善すれば主治医とよく話し合って、徐々に薬の一日量を減らしていけばよいのです。抗うつ剤の依存性は生じません。
 初期のイライラや不安の強い段階では、おおくの場合、精神安定剤が併用されます。また身体症状に対して、胃腸薬や自律神経失調薬、頭痛薬なども併用されます。やはり心身両面からのアプローチが必要なのです。 







家族や友人の
対応の注意点
 家庭でも、患者さんが身体症状を毎日繰り返し訴えるという状況がよく生じます。家族からみれば「何の役にも立たないのに何故クドクド本人はいつも同じ症状を訴えるのか」と、疑問や批判が湧き不愉快にもなるでしょう。しかしそのような行動自体が症状のなせるものとして割り切って考え、時間の許す限り本人の訴えを傾聴し理解してあげてください。
 病気の渦中にある患者さんに対して、立派すぎる生活指南の言葉や、人生訓の説得などはまず必要ありません。本人の感じ方や病気に対する心構えについての説得・批判も殆ど役立ちません。 それより症状の辛さも含めて、本人が辛さを周囲の人に理解され暖かく見守られているのだと本人が実感できるように接することが一番効果的なのです。
 心身を癒やす休息の時間を充分に作ってあげる事。休職や休学、また入院が必要なことも多いのです。経済的理由のため早く治って欲しい、という家族の焦りも理解出来ますが、家族らが上記の点を実行することで、かえって治療はスムーズに運び、結果的に治癒に向かう早道になるのです。
 うつ病者の自責感や自己卑下感を助長しないために、本人のプライドや価値観を崩すような言動は禁物です。病気や症状について激しい議論をふっかけるような対応もマイナスです。






遷延性うつ病
について

 まれに、薬物も無効で症状が何年も長期化する遷延性のうつ病があります。その場合は、より専門的な治療が必要となり「感情失調症」という病名に変更されることもあります。また、俗に「擬態うつ病」(ある精神科医の造語)といわれる状態があります。この場合は抗うつ薬の効果は期待できません。 
 遷延性のケースでは、家庭内の根深い葛藤や、職場内での解決困難な問題などが背後に大きく横たわっている場合があります。また人生観における課題、養育期である昔の外傷体験などが関与している場合もあります。いわゆるアイデンティティ・クライシス などが関与している事もあります。

 やはり治癒を焦ることなく、家族や職場なども含めた環境の調整が必要になってきます。関係者が相互に緊密な連絡をとり情報を交換しながら治療をすすめていきます。5年近く全く立ち直れなかったうつ病のサラリーマン氏が、立派に立ち 直っていかれるようなケースもあり悲観は禁物です。







「喪失体験」
に伴う
うつ病

 近親者の死、大切な事物・状況の喪失などに襲われた時、人はしばらく「喪」という心のプロセスを踏まねばなりません。これは自然な心の経過なのです。しかし時に喪のプロセスが半年以上持ち越し、一年たっても喪のプロセスをうまく脱出できない事態が生じます。ちなみに、通常の喪の心的プロセスは3ヶ月〜半年以内と言われます。
 喪のプロセスは悲哀のプロセスです。それが悲哀ではなく、不安や焦燥感に置き換えられていく場合にも、自然な喪のプロセスをうまく通過できなくなるのです。失ったものへの慕情があまりに大きい場合や失ったものへの非常に強い後悔の念などが、正常の喪のプロセスを回避させる心のメカニズムが作動してしまうのです。
 このような場合、失われたものへの回顧やそれについてじっくり語り合える機会を提供することが治療の場でも必要となってきます。いわゆる、喪のプロセスへのカウンセリング的な関わりです。
 
 




うつ病の
再発率

 うつ病の1年以内の再発率は、以後の社会適応状況、周囲の人達によるサポートや、その人の先天的素因によって異なりますが、およそ30%です。
 そのため、ちょうど胃潰瘍の人達が再発予防のために治癒後も少量の胃薬を長期にわたって維持服用されるように、うつ病においても少量の抗うつ剤を治癒後も服用し続けることが、最近推められています。
 胃炎と同様に、誰しも一生一度位は「うつ病」に罹患する時期があるだろうと考えられています。うつ病はそれほど珍しい病気ではありません。
 もしうつ病が再発しても、「自分は一生この病気から脱出できないのだ」というように悲観的にならず、一度治癒したのだから、今度も必ず治るための治癒力を自分が保有しているのだと考えて、臆面なく治療を再開されればいいのです。



 うつ病の症状の消える順序
 心身両面に及ぶ「うつ病」の症状は、それらが軽快していく時、症状の消えていく大まかな順序があります。例えば普通、身体症状のうち食欲は比較的早く回復しますが、身体的な疲労感は最後まで残りやすいのです。 心理面の症状では、次のような順序があります。ただし人によって多少は前後が逆になります。

心の症状の消えていく順序
   イライラ、不安、焦燥感
 
 ゆううつ感、集中力のなさ、根気のなさ

  興味がわかない、面白くない

  めんどうくさい、億劫感、生き甲斐がない


 身体症状は、元々の本人の体質的要素もからみ、完全に消失するには結構時間がかかります。しかし完全に消失しなくても、ある程度症状が軽くなると、その身体症状自体を次第に気にすることがなくなってきます。 うつ病の身体症状として「微熱」がよく合併します。これは、イライラ、不安という種類の気分の改善に伴って平熱に戻ることが多いようです。身体的な「だるさ」は心の億劫感と重なり、比較的遅くまで残りがちです。
 


  現代は「うつの時代」と言われます。日本人の自殺率が、世の不況の影響も受けて、これまでになく急増しています。外国での自殺者の死後の脳組織の化学分析から、自殺者の殆どが自殺直前にうつ病に陥っていたことが判明しています。 多くの苦悩を抱えながらも、人は何故生き続けねばならないのか? 自殺未遂者のケアにあたる事も心療内科医の日常的な仕事になっていますが、自殺未遂者の「死にたい」欲求の背後には、「今となっては諦めざるを得ないが、本当はもっとよりよく生きたかったのだ」という願望が見え隠れしているのです。


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