低カロリー・低体重・嘔吐の悪影響


 標準体重の−20%を下回る低体重を長期に維持した場合、身体、精神の両面に多くの悪影響が出現します。ところが、この具体的な事実を知らない患者さんやその家族が意外に多いようです。だから家族の方に「なぜ痩せてはいけないのですか?」と尋ねても、戸惑った表情をされなかなか答えられないのです。これでは患者さんに対して説得力がありません。
 たとえば、何故タバコをやめるべきなのか?
 答えは、肺ガン、慢性呼吸不全、心筋梗塞、胃潰瘍などにな
る可能性が高いからです。このような事実を本人が知らなくては禁煙をすすめても、効果はあがりません。

 食事量が極端に少なくなると、脈拍数が減り、体温がさがり、つまり新陳代謝が低下し、少しのカロリーで生命が維持できるように体の態勢が変化してきます。さしずめ冬眠状態に近づくような身体変化と形容できるかもしれません。これには甲状腺ホルモン等の分泌低下が関係しており、血液検査で甲状腺ホルモンが正常以下に低くなっていることが分かります。また性ホルモンの分泌も低下することで、生理出血が止められ栄養分の排出をくい止める方向に向かいます。白血球の数も徐々に減ります。血液中の電解質(ナトリウム、カリウム、クロール等)も減って、ひどい脱水状態となります。
  そしてこのような変化が何ヶ月にもわたって長期化すると、子宮の萎縮による不妊症、骨からのカルシウム逸脱による骨粗鬆症・猫背、頭髪の抜けと体毛の男性化、脳の萎縮、腎臓の石灰沈着、内臓下垂など、数え切れない合併症に見舞われることになります。思春期の年代では身長の伸びも停滞してきます。
 ところで、とくに治療上問題になるのは、「脳の栄養不足」によると思われる「性格の変化」です。これは、何よりも本人にとって辛い閉塞状況を生み出します。他人に対する不信感がつのり、神経過敏となり、ちょっとしたことで怒りや不安が触発されます。高度な知的人間的能力(建設的・柔軟な思考、人格の円満さなど)が薄れ、物事に強くこだわる性格へと変化していきます。そして、この強くこだわるホコサキは、慢性の飢餓状態により、当然、食事・カロリーというものに集中してきます。柔軟で合理的な考え方ができなくなるため、「現実」と「思いこみ」の違いも不明瞭となり、「いつも他人に嫌われてしまう」「1kg体重がふえたら、すべてだいなし」という具合に、思考の歪みもみられるようになります。収集癖(他人の靴など意味のない収集)、嘘言癖、盗癖などが症状として見られるようになることがあります。
 ただし、このような身体・精神の慢性飢餓による変化は、摂取カロリーがふえ、体重が増加してくると、しだいに元通りに治癒していきます

 たとえば動物の世界で、餌がなく飢餓状態になってくると動物達は餌のことばかりに注意が集中してしまうでしょう。人間も同じであって、極端な飢餓状態では食べ物のことばかり頭にうかんでくるのは当たり前なのです。拒食症の患者さんは、このように食物のことで頭が支配されることを極端に嫌い自己嫌悪します。しかし食物のことで頭がいっぱいになるのは、極端な痩せ状態にある人間の生理学上、つまり自己保存の本能上、当然のことなのです。決して卑しい人間になりさがったわけではありません。極端なカロリー制限をしている限り、これは自然な現象なのです。 次に、これらの悪影響を表にまとめておきます。

拒食症の心身変化
脈拍・体温
白血球数
 
 脈数・体温ともに低下し、新陳代謝がさがり、疲れやすくなる。
 白血球数も減少し、免疫力が低下し、結核などの感染が生じやすい。
甲状腺ホルモン  
 低下し、体の消費カロリーを減らす方向に働く
頭髪 ・ 体毛  
 頭髪は抜け、かわりに背中・足などの体毛が男性のように濃くなる 
 カルシウム含有量が減り、骨粗鬆症となる
 そのため骨折がおきやすく、猫背になりやすい。
 身長の伸びも停滞する。
膵 臓
肝 臓

腎 臓
 
 膵臓の萎縮・線維化が生じ、機能が低下する。
 肝臓機能も悪化し、GOT、GPTなどが上昇する。
 腎機能の低下、腎臓の石灰沈着など。
 低栄養により、腹水の貯留、全身の浮腫もみられるようになる。
心臓・肺  電解質アンバランスにより不整脈が生じやすくなり突然死(心停止)
 もまれでない。とくに嘔吐頻発例では血中のカリウム濃度が低下し、
 心停止をきたしやすい。
 栄養失調により、肺や心臓の壁の周りに水が貯留する。


 頭部CT(断層撮影)でみると一目瞭然であるが、脳はしだいに萎縮
 してくる。

唾液腺
 唾液腺は強く腫れるようになり(痛みはない)、顎の下が腫れてくる。

卵巣
子宮

 性ホルモンの分泌が低下することで無月経になる。
 長期化すると、子宮の萎縮が見られるようになり、将来の不妊症の
 原因になる。
性格

心理
 
 極端な痩せ(カロリー不足)により、脳の高次機能が損なわれる。
 つまり、柔軟な思考、合理的な思考、客観的な見方、他者とのチームワーク、
 快適な親密さ、感動する心、などが損なわれ、

 かわりに、物事に異常にこだわる、心理的過敏性、不安、怒り、
 緊張などが強くなる。心の衝動のコントロールが乱れ、感情の抑制が難しくなる。
 収集癖、嘘言、盗癖などが症状として出現することもある。
 ただし、これらの心理面の変化は、体重の回復にあわせて、
 徐
々に治癒していく。




■ 嘔吐の悪影響について ■

  嘔吐とは、胃液(成分は強塩酸です)の逆流でもありますから、食道や口腔内にも種々の悪影響を及ぼします
◆ 食道炎: 胸やけや胸痛が生じます。食道粘膜がただれた状態になっています。嘔吐により、胃と食道の境界不の粘膜が切れ、大量出血することもあります。(この出血をマロリー・ワイス症候群と言います。)

◆ 齲歯 : いわゆる虫歯です。胃液の酸により、歯のエナメル質が溶けていきます。20歳半ばで、総入れ歯になられた患者さんもおられます。これはカロリー不足によってさらに拍車がかかります。食道炎・齲歯を予防するために、嘔吐直後に必ずウガイと水分摂取を行う必要があります

◆ 過食衝動を誘発: 嘔吐をすることによって、体はカロリーと塩分(電解質)不足になり、そのことで空腹感が増し、結果的に過食衝動を強めます。

◆ 唾液腺炎: 嘔吐の繰り返しにより、唾液腺が刺激され、左右の唾液腺の強い腫脹が生じます。

◆ 低カリウム血症: 嘔吐により胃液が失われることが、低カリウムの原因になります。全身の疲労感、脱力感、さらに心臓の危険な不整脈につながります。心臓停止(突然死)の原因にもなります。