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京都市 心療内科 たかはしクリニック

過敏性腸症候群とは?
            (h)
 実験でラットにストレス(仰向けにして手足を縛り付ける)を加えると、恐怖心から殆どのラットがすぐに脱糞すなわち排便をします。また、経験がおありと思いますが、バッタやセミなどの虫を捕まえて驚かすとすぐに糞を排泄します。海に群れるイワシだって、鮫などの敵に襲われると、集団でオナラを出して逃げ惑うことが知られています。カメムシやスカンクの臭いも、同様に興奮による排泄メカニズムによって成り立っています。つまり、ほとんどの動物は強いストレスを加えると糞を排泄する習慣を生理的に持っているのです。人間が、社会生活の中で強いストレスを受けた場合、腸管の動きが活発になり、排便や放屁をしやすくなるのは、ある意味で健康な生理現象なのです。ところが、したい時にしたい場所で排便出来ないのが人間社会の辛さであり、この事実が本病態が社会背景とリンクした文明病である所以なのです。だから無人島での一人暮らしでは、過敏性腸症候群という病気はありえないかもしれません。

 
心理との関係

 
過敏性腸症候群は、すべてが心理的要因のみで発症するものではありません。腸の被刺激性や自律神経の不安定性という体質的要素も密接に関与している場合があります。以下のように3種に分類して考えると理解しやすいと思われます。ただしこの3種は明瞭に分けられるものではなく各分類の中間段階も多いのです。


 神経症タイプ 身体的要因より心理的要因が強い
このタイプは、実際に便通異常がそれほど客観的認められないのに、便秘や下痢に強くこだわります。過敏性腸症候群というより腹部神経症や心気神経症と表現されるべきものです。
 心身症タイプ 心理的・身体的要因ともに強い
このタイプが本来の過敏性腸症候群と言えるものであり、便通異常をきたしやすい体質的要因に心理的な刺激が加味されることにより、病態が悪化します。心理・身体の2要因が複雑に絡み合い心身の交互作用により悪循環的に症状が持続します。
 身体因タイプ 心理的要因より身体的要因が強い
このタイプは、元々腸管が刺激されやすく、冷たい飲料や身体的疲労により、容易に便通異常を招きます。心理的な関与もある程度認められますが、それ以外の様々な身体的、物理的要因により症状が変動します。神経症的なパーソナリティは認めない場合が多い。女性では生理時のホルモンバランスが関与して下痢をきたすこともある。

 

    
症状による分類

 現在、過敏性腸症候群の診断は、国際的な基準、日本国内での基準などそれぞれが微妙に異なっており、現在まだ各医学会で検討中という状況です。腸管の機能異常という観点からも検討中なのです。腸管内の圧勾配の問題、腸管の感受性の問題、腸液分泌量の問題、自律神経や腸管ホルモンとの関連の問題、腸壁内の神経ネットワークの問題など、まだ解明されていない部分が非常に多いのです。今後、本病態の基礎研究が進むにつれて、診断基準の整理みならず多くの有効な治療法が編みだされてくる事が期待されます。
 とりあえずここでは、症状からの一般的な分類を記しておきます。



症状から、以下の5タイプに分類されます。
下痢型   急性の下痢と、しぶり腹をきたす
下痢便秘交替型   下痢と便秘を交互に繰り返す。
便秘型   老年者の弛緩性便秘と異なる痙攣性便秘である。
ガス型   頻回に放屁(ガス)が出る呑気症との鑑別も大切
粘液疝痛型   腹痛を伴って粘液状の便が出る。この型はまれである。
 


予期不安と行動制限
 特に下痢型とガス型では、症状の出現を恐れて登校や出社、外出が制限されるという事態が生じます。WCのない所へ行くことを極度に恐れ、WCのない列車に乗れないという事態も生じます。デパートへ行ってもWCの場所を確認してからでないと買い物が出来ないなど、日常生活の行動が制限されてしまうのです。ある大工さんは、建築現場に臨時の仮設トイレがなかったため現場へ行けなくなってしまいました。外出する前からいろいろと思案し、外出しようと考えるだけで不安から便意が催されたのでした。
以下に、数例のケースをあげてみましょう。

   ■ ケース1 ■
ある女子高校生は、午前の授業中に便意が生じやすかったが、男子生徒の目を意識してトイレに行けなかった。そのため授業中はひたすら便意と腹痛を我慢する毎日となり、不登校になりました。この女生徒は登校前夜に下剤を服用し、当日朝は1時間近くトイレにこもって便を完全に排泄しようとし、さらに登校直前に下痢止めを呑む、という涙ぐましい努力を続けていました。しかしよかれと思ったこのような薬物の乱用は逆に腸管を常時刺激することとなり、結局は逆効果だったのです。背景に思春期特有の姉妹葛藤や受験問題のストレスがあり、難治性でしたが2年間の治療の末、病気を克服されました。
   ■ ケース2 ■
ある中年サラリーマン氏は、昼食後の社内の会議時にきまって便意を催しました。彼がトイレに行っている間は会議が中断されるはめになり、その事に困って病院を受診されました。神経症傾向はそれほどでもない状況でした。昼食内容を軽いものに変え、朝の規則正しい排便習慣を身につけ、便意を一時的に低下させる薬物を短期間用いることで症状は軽快しました。
      ■ ケース3 ■
便が出にくい、腹部が重い、そのため主婦業ができないという愁訴で5年間いくつかの病院(消化器科)の入退院を繰り返されていた主婦。実際には大した便秘ではなかったのですが、便通への強い心理的囚われがあり、腹部神経症といえる状態でした。この例は背景に、夫婦間の強い心理的葛藤がありました。ストレスと症状との関連を充分理解され、夫婦間の問題を処理していくことで心身の症状は半減し、少量の薬剤のみで主婦業が再び可能な状況となりました。


ガス型と思春期妄想症
 「ガスが出て困る」という訴えをする人達の一部に、「ガスが出て、その臭いのために周囲の人から非常に嫌われたり敬遠されている」という方がおられます。確かに頻回にガスがでてしまうなら、人に嫌われることもあるでしょう。しかしこういう訴えをする人達は多くの場合、実際にガスは人並みにしか出ていないのです。他人のちょっとした仕草や咳払いをすべて自分の臭いのためとして過剰に関連付けてしまい、結局は家に閉じこもってしまうのです。若い人では一過性の思春期心性として、年齢とともに自然に治ってしまうこともあります。一方、何らかの精神病(統合失調症など)に発展する場合もあり、早期の専門的な治療が必要になります。 このような重症例とは別に、最近の消臭グッズの反映故か、若い女性で放屁を必要以上に心配して受診される軽症例もふえているのです。


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