たかはしクリニック(京都市) 心療内科

       
過敏性腸症候群の治療

  基本的なこと  
 昔から、「断腸の思い」「はらわたが煮えくりかえる」というフレーズがあるように、心理的ストレスや緊張は腸管の緊張を高め、急性下痢や痙攣性便秘につながります。そのため治療の基本は他の心身症と同様に、心のリラクゼーションと安定なのです。 ただし乳糖不耐症(乳製品で下痢がおこる)の人のように、食物による腸の化学的刺激によっても便通異常はおこります。例えば、アルコールにより下痢をする人もあれば、逆に便秘になる人もあります。コーヒーによって下痢をきたす人ときたさない人がいます。生理周期に合わせて下痢が起きる人もいます。このようにすべてが心理面で解決されるわけでもなく、心理・身体両面からのアプローチが過敏性腸症候群では大切です。
  クローン病や潰瘍性大腸炎といった他の腸の病気でも過敏性腸症候群とよく似た症状がおきます。高齢者で突然便秘と下痢の交替現象が生じるようになった場合は、大腸ガンである可能性も否定できません。そのため過敏性腸症候群の診断には、一度は腸の検査が必要です。 過敏性腸症候群の特徴のひとつに、
夜間睡眠中には腹痛や便意は殆ど生じないという点があげられます。夜間に腹痛で何度も目が醒めるような場合は他の病気である可能性が高いでしょう。

             

  治療方法
1)どのような食物が症状増悪につながるか自己記録も大切。
 
自己観察は多くの人がすでに行っているものと思います。しかし事実と思いこみは案外ズレているものです。過敏性腸症候群と思っていても、実は食物アレルギーによる胃腸症だったということもあるのです。ある人は、エビを食べるときまって腹痛と下痢を催しました。ある時、エビを食べた直後に胃カメラをすると、ひどい急性の胃粘膜の腫れが認められたのです。その人は以後エビ食を回避することで症状は消失しました。この人は過敏性腸症候群ではなく、アレルギー性胃腸炎だったのです。
 自己観察は、食餌内容、タバコやアルコール、感情との関連、女性では生理との関係、その日の行動内容など多角的に点検される必要があります。症状を悪化させる要因(増悪要因)と症状を軽快させる要因(軽快要因)に分けて整理していきます。整理がある程度つけば、各人にとっての治療法が自ずと浮かんできます。


2)規則正しい排便習慣
  胃に食物が入ると、その物理的・化学的刺激により胃・大腸反射(gastro-colic reflex)が生じ、大腸が蠕動をおこします。この腸蠕動が1日のなかで最も強く生じる時間帯は朝食後です。そのため排便習慣を朝食後の時間帯にもっていくことが最も自然で良いとされ、朝食後に排便訓練を行うのが理想的です。排便訓練とは、便意があってもなくてもとりあえずWCに入り便器に坐って、3〜5分程度腹圧をかけてみることから始めます。 もし朝が多忙でその5分すら取れないというならば、そのようなバタバタした朝の生活態度自体が問題です。もう少し早く起床するなど生活態度を改めるべきでしょう

3)朝の通勤・通学時間帯の便意に対して

 この症状で困っている過敏性腸症候群の人は非常に多くおられます。便意が心配のまま外出すると、心配心が余計に腸管を動かす結果となり、便意がさらに強まる悪循環にはいってしまいます。パニック障害とよく似たメカニズムです。 医師によって過敏性腸症候群の治療法は、ある程度異なるかもしれません。私はとりあえず薬の力を借りて、患者さんに通勤・通学を続けてもらいます。薬物は外出の30分くらい前に頓用で、腸の運動を和らげるための薬を用います。生活の内省や背後のストレス対策はその後じっくり時間をかけて行います。

4)職場・学校・家庭などでのストレス状況の解消へ
転勤、転校、受験、転居など様々な生活上の変化が、過敏性腸症候群の原因になります。心理的なストレスを調整することで症状は軽快します。現代日本人のストレスの殆どは人間関係に還元されうるものです。人には生活環境からの影響を受けながらも、同時に環境を変えていく能力が本来備わっています。環境に対して受け身的になりすぎず、プラス思考で症状と対話していく必要があるのです。どのような薬剤も無効で症状がどうしても軽快しないという患者さんの場合は、職場や学校に対する強い嫌悪感があることが多いようです。そのような場合は、嫌悪状況を解決しないと治療は進みません。「早く会社や学校へ行きたい」という本人の言葉とは裏腹に、症状という形で「会社や学校に行くのは絶対にイヤ」という身体言語が表現されている場合もあります。職場や学校の問題の解決は医学の範疇のみでカバーできるものではなく、関係者の連携による環境の調整が必要となります。
       
使用薬
 
1)腸管運動抑制剤
  腸管の過剰な運動を抑える薬がとても有効です。朝に服用すると、だいたい一日中効きます。これにより通勤電車や登校が可能になるケースが非常に多いですね。
2)精神安定剤などを併用

  軽い精神安定剤を 1)の薬剤とうまく併用することにより、殆どのケースで通勤・通学時間帯の便意や腹痛は軽快します。ただし漫然とこれら薬剤を医師の処方によって使い続けるのではなく、同時に他のセルフコントロールの仕方も身につけていく努力が大切です。
過敏性腸症候群の治療目標は、とりあえず薬剤などの力も拝借して社会生活を維持できる状態に持っていくことにあります。

トップ アイコンに戻る