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             心因性嘔吐の治療




   身体的ケア
  嘔吐そして食べられないという状況は体重減少と電解質のアンバランス、すなわち脱水を誘発します。そして、脱水がさらに食欲を低下させるという悪循環に入り込むと、身体的なケアが治療の最優先として選択されます。場合によっては、点滴や入院治療が必要になります。脱水が軽快し、全身の倦怠感等がある程度改善したならば、次の治療ステップに移ります。身体的ケアがそれほど必要でない場合は、最初から心理的なアプローチを開始します。


   
カタルシス
 
これは、心身医学的な治療の流れ全体の中で始終行われるものです。カタルシスとは「浄化」という意味です。心の中に蓄積し糞詰まり状態になっている諸々の不安や不満を何らかの形で発散するということです。心療内科の治療では多くの場合、言葉による発散を行います(言語カタルシス)。それには当然、治療者との信頼関係が必要になります。ことは機械的に運びません。あくまで治療は人間関係が主体なのです。治療者への期待や失望も交錯します。おそらく、良いカタルシス状況が得られたならば、症状は少なくともその日1日軽減するはずです。
 治療の極く初期に、このようなカタルシスによって、あるいは治療者に過剰な期待を抱くことによって、一時的に嘘のように症状が軽減してしまう時期があります。この時期を「治療者患者関係のハネムーン期」と言います。しかし多くの場合、このハネムーン期は長く続きません。ただ最近は有効な新薬の登場などによって、半永久的にこのハネムーン期を持続する場合も少なくないようですが。まあ、薬のみによって症状が軽減するなら、患者さんにとっても、治療者にとっても、こんなに楽なことはありません。

   自己観
 
次に、症状変動の自己観察をします。これは、嘔吐に限らず多くの心身症治療の出発点になります。 およそ以下のような視点で自分の症状をなるべく客観的に眺める作業をします。
                                                                                        
症状観察の要点
 発症の契機 どのような生活のエピソードや変化を契機にして病気は発症したのだろう?
そして、なぜそれを契機と自分は捉えるのだろう?
症状の
軽快因子
れまでの経過中に一時的にも症状が軽快したことがあったか? もしあるならば、それはどのような事柄が理由として考えられるか? 軽快の理由を単なる偶然として捉えては、何も解決につながらない。
症状の
増悪因子
経過中に症状が増悪する場合、その原因としてどのような事柄が考えられるか? 症状の変動には、必ず何らかの理由がある
症状による
生活変化は?
症状が持続することによって、生活の何が二次的に変わってしまったか? 特に人間関係についてはどう変化したか? 他人への失望、怒りあるいは嬉しさといった感情は症状の出現によって生起したか?
症状出現による
得失
症状の出現によって、何を失ったか? また逆に何が得られたと思うか?
明日もし
症状が消えれば?
明日もし症状がなくなったら何を一番にするだろうか? 周囲の人達の表情や行動は、どう変化するだろうか? 以前の生活と具体的に何が異なってくるだろうか? 人間関係はどう変化するか?
症状の責任の
所在は?
症状は外部の環境や他人に責任があると思うか、あるいは自分側の受け止め方や捉え方に問題があると思うか? 

 これらの作業はひとりでは困難なことがあり、医療スタッフ(医師やカウンセラー)と共同作業でなされると円滑に進むかもしれません。このような作業は決して特殊なものではなく、他の多くの疾患においても同じように必要とされる事なのです。例えば喘息と環境因子の調査においても同じです。ただ、心理という要素が混入するために特殊な作業の様にみられてしまいます。

  
環境調整
 症状の自己観察によって、症状と環境の相互作用が見えてくるはずです。そこから自ずと、症状を軽減させるために日常の何を回避し何を大切にすべきかという事柄が見えてきます。つまり治療戦略が徐々に立ってきます。職場での人間関係、夫婦関係、家庭環境、嫁姑の問題、恋愛関係など何がキーポイントになっているかが明らかになってきます。問題は90%人間関係の中に潜んでいるといってよいでしょう。個々の患者さんのストレス耐性、内省・洞察力、思考の柔軟性、自己客観視の能力、そして心のエネルギーの強さなどによって治療方針がさまざまに立てられていきます。画一化されたものではなく、いわゆるオーダーメードの治療選択です。すべての患者さんに共通しうる魔法の戦略はありませんから。
  人間一人ひとりが異なる限り、その治療選択も千差万別なのです。それが、心身症治療の醍醐味であり、「
ともに治療状況を生きる」というダイナミズムにつながるのです。

  薬物療法
 いわゆる胃腸薬の類は、心因性嘔吐には効果があまり期待できません。心因性嘔吐の患者さんは心の疲労や緊張をかかえています。そのため、それらによく符号する薬剤(精神安定剤や抗うつ剤など)が比較的よく効きます。私の臨床経験でも、かなりの高率で精神的な薬物が普通の胃腸薬よりも患者さんに有効に作用します。ただし、これらの薬剤は患者さんに納得できる病態説明がきちんとなされ、治療者患者間の信頼関係がうまく出来ていないと効果は半減します。漫然と薬を処方するだけでは効果が今ひとつ出ないということになってしまいます。一般内科医や消化器専門医も、最近は心身症的要素の強い患者さんが増えていることを実感されているようです。しかし検査で明確な異常所見の出ない心身症の訴えを持つ患者さんを毛嫌いする医師はまだ少なくありません。もし主治医が「心因性嘔吐」や「神経性嘔吐」をよくご存じない医師であるようなら、とりあえず主治医を変更して専門医(心療内科医など)に紹介してもらうべきでしょう。 
 



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