たかはしクリニック(京都市)心療内科
the WORLD of GASTRIC ULCER
( 胃 潰 瘍 )

             

     胃潰瘍と胃炎の発生
 
胃潰瘍は昔から、心理的なストレスで生じる代表的な病気と言われてきました。しかしラットなどの動物実験では、何故か心理的なストレスだけでは胃潰瘍が生じないことも知られていました。動物実験のレベルでは、ストレスで胃炎を発生させることはできても、胃潰瘍は発生させることはできなかったのです。それは大きな謎でした。ちなみに、ラットに与える心理的ストレスとは、睡眠を妨害して寝させない(REM睡眠遮断)、仰向けにして手足を縛り恐怖感を与える(仰臥位拘束)、動けないように金網で縛り首まで水中に沈める(水浸拘束)、脳の扁桃核を局所破壊された攻撃性ラットと同居させるなどです。
 そもそも胃炎と胃潰瘍の違いはその病巣の深さにあります。一般に、病巣が胃の壁の中にある粘膜筋板という層を越えない深さの炎症を胃炎とよびます。一方、粘膜筋層を超えるほど深く胃壁の組織が欠損した状態を胃潰瘍とよぶことになっています。つまり動物実験ではどんなに強い心理的なストレスを加えても、この粘膜筋板を超えた深い病巣をつくることはできなかったのです。毒性物質や他の物理的な刺激では胃潰瘍は容易に発生させることができたのに、心理的ストレスのみでは決して実験で胃潰瘍は作成できなかったのです。人の臨床的な観察からは心理ストレスで胃潰瘍ができているようなのに、それを動物実験で再現できない。胃潰瘍の研究をしている実験者達の謎と壁でした。(残酷な動物実験の話になりましたが、ご容赦ください)


  ピロリ菌とストレス
  
ところがある時(1980年)、胃潰瘍の人の胃にはピロリ菌という特殊な細菌が棲息し胃潰瘍の発病に関係している、ということが発見されました。この事実は多くの研究者を驚かせました。胃の中には強塩酸である胃酸があります。このような強い酸度の中で棲息できる細菌がいるとは、とても信じられなかったのです。(実際には、ピロリ菌は胃酸の届きにくい胃液の粘液層の下に棲みつき、しかも自分でアンモニアを菌体の周囲に合成し胃酸から逃れているのですが)
  そうこうするうちに、その後また不思議な調査結果が報告されました
一般成人が高い確率で、このピロリ菌を胃に有していることが判明したのです。その感染ルートについてまだよく分かっていないのですが、日本人なら約50%もの一般成人がこのピロリ菌に感染していることが分かったのです。そして、多くの人がピロリ菌に感染しているのに、その一部の人にしか胃潰瘍は発生しない。これもまた不思議な現象でした。この頃から、胃潰瘍に関しては、ストレス原因説と、ピロリ菌原因説、はたしてどちらが悪玉なのかという議論がなされるようになりました。現時点では、その両者がともに関与して胃潰瘍が生じるのであろうと推測されています。ピロリ菌をもっているだけでは胃潰瘍になりにくい。心理的ストレスだけでも胃潰瘍にならない。ピロリ菌を持つ人に心理的なストレスが強く加わったときに、胃潰瘍が非常に発生しやすくなるのだろうという説なのです。そのため胃潰瘍の治療は、ピロリ菌を退治することと、心身のストレスを避けること、この2本柱に集約されるようになりました。今ではピロリ菌の退治は、抗生物質など3種類の薬を治療要綱に従って1週間服用するだけでかなりの確率で可能です。完全にピロリ菌が退治されれば、ほぼ永久的に胃潰瘍から解放されることも可能かもしれません。一方、ストレスはその人の価値観や感情やライフスタイルなどと密接に関連しているため、1週間で根治できるというものではありません。最初に述べましたが、胃炎にも種々のストレスは関与しています。


 胃潰瘍や胃炎は、胃の病気?
  
胃潰瘍は胃の病気である。 普通に考えると、これは正しい表現でしょう。
  しかし胃潰瘍がストレス性疾患でもあるという視点から考えると、全てを言い当てた正しい表現とも言いがたいのです。「胃潰瘍は全身のストレス病であり、それがたまたま胃の壁に表現されているのである」という方がより真実に近い表現であるように思われます。睡眠不足、過労、心労、いらいら、怒りなどが、自律神経を介して胃炎や胃潰瘍の発症要因になります。それゆえ胃潰瘍や胃炎は、生活全体の「黄色信号」の役目を果たしてくれているとも言えるのです。
  最近は胃潰瘍にも強力な薬ができて、昔のように胃潰瘍で手術することはほとんどなくなりました。おまけにピロリ菌も薬で容易に退治できます。胃潰瘍や胃炎になったからといって、自分のライフスタイルをこれまでのように見直すことをしなくてすむようになりました。症状さえ治ればそれでいいと。しかし本当にそれでいいのでしょうか。「黄色信号の役割」という側面を考えずに、簡単に薬で片付けてしまうだけなら、ストレスにあふれた生活はそのまま暴走し続けることになりかねません。これは強力な胃潰瘍薬の功罪といえるかもしれません。
  では、どうすればいいのでしょうか。なぜ胃潰瘍や胃炎になってしまったのか。しばし立ち止まって人生を、ライフスタイルをゆっくり点検し改善することが大切です。これは言葉で言うのは簡単ですが、実際にはいろいろな社会的制約があり簡単にストレスを除去できないこともあります。しかし、そのような生活のチェックこそが本当の意味での胃炎や胃潰瘍の治療となり、生活の暴走によって生じる他のもっと恐ろしい疾患(狭心症や脳梗塞など)の予防にもつながるのです。

     
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