『正信偈』十二 資料 印度西天之論家 中夏日域之高僧 顕大聖興世正意 明如来本誓応機 『正信偈大意』(真宗聖典 752頁)  「印度西天之論家 中夏日域之高僧 顕大聖興世正意 明如来本誓応機」というは、印 度西天というは、天竺のことなり、中夏というは唐土なり、日域というは日本のことなり。  かの三国の祖師等、念仏の一行をすすめ、ことに釈尊出世の本懐はただ弥陀の本願をあ まねくときあらわして、末世の凡夫の機に応じたることをあかしましますなり。 『正信念仏偈科文意得』「相伝義書 3」     顕大聖興世正意 (大聖興世の正意を顕し)     明如来本誓応機 (如来の本誓、機に応ぜることを明かす)  今此の四句より「必以信心為能入」に至りては、三朝の論説師釈を引証して、共に『大 経』の宗致、本願真実の行信を同勧せる相承を開き連ね、各々正信念仏せしむる旨を示し たまうなり。・・・  釈尊出世の本懐は、ただ弥陀の本願をあまねく顕説して、末世の凡夫の機に応ぜしむる にあり。即ち、阿弥陀仏南無の機に応ぜずんば、何ぞ正信念仏といわんや、この正信を一 念発起すること輒(たやす)くかないがたきこと、ただこれなり、故に難信ともいえり。 ・・・  心は都べて言語の及ばざるところの心の動相、これを機という。・・・  機は可発を義とし、心の所応とあれば、本願念仏を発起する一念を応機という。  「宿善の機ありて他力信心といふことをばいますでにえたり」  正定聚の機とも言えり。  宗師の釈に「相応一念後、果得涅槃者」と言えり。真実行信の因ありて、必ず果得涅槃 に相順すべき条勿論なり。然れば其の本願真実行信の応ずる機とて、外にもとむべからず。  「その機はすなわち一切善悪大小凡愚なり」  しかれども、己れを忘れさるゆえに応ぜぬ、機にへだたりて、今まで応ぜる、一念可発 せざるによりて、定散八万衆生、生れつきの迷いの機となれり。  其の機のままに一念正信を発起し、相応せしめんとて大聖興世あり、如来の本誓あり、 次いで三国出世の大師等、おのおのこの念仏の一宗を興行したまえり、爰以愚昧の今按を かまえず愚禿すすむるところ、さらにわたくしなしとある御意より、今、七祖同信同証同 勧の相承を示したまうなり。実に其の御素意は惻り難けれども、竊に推して二三を挙げれ ば、謂わく、本願念仏の法門、軽挙すべからざる故に云々。又、自説せざる為の故に云々。 又、他を推するが故に云々、是こを以て結勧に「唯可信」等と言えり云々。 『曽我量深選集 3』33頁  南無阿弥陀仏は印度民族の産んだ唯一最大の法である。人は釈尊、法は南無阿弥陀仏で ある。一小動物たる人間は此念仏の自覚と共に宇宙の大生命と一体となる。南無阿弥陀仏 の体現者なる釈尊を産出せる印度民族は永久に滅亡しないのである。此南無阿弥陀仏を産 出する為めに、彼民族は如何に多くの精神界の犠牲を出したか、九十五種の外道は畢竟そ の裡の著明なるものに過ぎぬ。九十五種の外道は菩薩因位の痛々しき御姿であつた。  南無阿弥陀仏は釈尊の心霊の隠彰の説法でありた。又隠彰の行であり、隠彰の信証であ つた。その唯我独尊の誕生偈も、法身常住の涅槃の説法も、畢竟南無阿弥陀仏の自覚の一 面を表現したものに過ぎない。 『曽我量深選集 3』214頁  すなはち親鸞、日蓮の二師を代表者とし鎌倉仏教に応現する所の、わが祖先の精神的運 動は、要するに教主釈尊を産み出した所の、印度民族の原始的精神の復興にある。  不滅の心霊界の王者釈尊を産まんがために、その犠牲として九十五種の邪見外道を産み、 千歳の悪逆として提婆を出し、摩訶陀国王舎城の大悲劇を惹起し、釈迦種族は彼の生涯中 に滅亡し、印度民族は遂に政治的に滅絶し了りた。或は是を以て印度民族性を批難せんと し、或は仏教を厭世教、消極主義と難ぜんとするものがあらう。しかし此は是非ないこと である。私は現に自己の祖国の滅亡を沈黙して観て居られたる釈尊に限りなき尊敬と同情 とを捧げる。私は全人類の為めに一切を捧げたかの民族の悲痛の胸中に同情し、最も敬虔 の念を以て、彼の法蔵を受けねばならぬ。  我は無量劫に於て、大施主となりて、普く諸の貧窮を済はずんば、誓つて正覚を成ぜじ、 離欲と深正念と、浄慧とを以て、梵行を修し、無上道を志求して、諸の天人の師とならん、 神力大光を演べて、普く無際の土を照し、三垢の冥を消除して、広く衆の厄難を済はん、 彼の智慧の眼を開きて、此の昏盲の闇を滅し、諸の悪道を閉塞して善趣の門に通達せしめ ん、衆の為めに法蔵を開きて、広く功徳の宝を施し、常に大衆の中に於て、法を説て獅子 吼せん。(『大無量寿経』重誓偈)  これは釈尊を発遣したる印度民族の誓願の表現の教声である。我等は釈尊の還相に表現 回向せられたる印度民族の無意識なる内性を知らねばならぬ。この無意識的なる民族の血 の教が、茲に選択回向せられて釈尊の個性の行となつたのである。釈尊はかゝる久遠甚大 の民族の使命に発遣せられて誕れ給ひた。真実の意義に於て第一人者の自覚と云ふは此確 実なる発遣の使命の自覚の外はない。たゞ何等の理由もなく幻のやうに眼にちらつく軍神 像の姿ではないのである。確然たる祖先の血の流れである。すなはち「恒に転ずる事暴流 の如き」阿頼耶識の大河である。  まことに教主釈尊の還相に表現せる、印度民族の全人類的民族としての使命はかく甚大 であつたのである。我々は浅小なる理知を以て冷評し去るべきではない。  偉大なる印度民族は単に「我国」と「国中人天」とをのみ見て居らなかつた。彼は広く 「他方仏国」を照した。「十方仏国」の「十方諸仏」と、而して光の陰にうごめく所の「 十方衆生」とを知つた。彼の本願は甚深究竟の故に広大無辺であつた。また無辺広大の故 に甚深無碍であつた。 『曽我量深選集 3』216頁  我は突如として一如の天から降誕したものでなく、それには地の根がある。我は地涌の 人間として限りなき歴史、十方衆生をその還相とする。往相の一面から見れば我は赤裸で あり孤独である。自分は今帝都に仮寓して居るが、卒然として天界を仰観する時、無限の 法界の裡に如幻虚仮の自己を見るばかりである。かくて何所に人間的行があり、生活があ るか。しかし眼を転じて自己の足下を見れば、厳然たる山河大地は秩序整然として起伏し て居る。そこに無数の衆生がうごめきつゝある。彼等の一挙一動悉く地の底から涌き出で て、地の底に沈み入る。是れ則ち地は常に必ず衆生を通じて開展し、衆生の心を以てその 中心的精神として居るものであるからである。地の底を掘ればそこに地上にあるが如き衆 生の心霊が存在する。山河大地は即ち全的自我の現実的肉体である。法蔵比丘が弘誓を興 起せられた時に、大地六種に震動し、天から妙華を雨らしたと『大経』に記されたは是所 である。... 『曽我量深選集 3』223頁  私は静に一心に支那の原始人の教を聞かんとして居らるゝ祖聖の愚禿の御姿を忘るゝこ とが出来ぬ。誠に愚禿は賢者の教を信受するものゝ自覚的名称である。われを発遣する師 教はわれの還相の回向である。則ち如来の回向表現し給へる我の還相である。私は已に自 覚の上の師弟は内外を翻転する時、師弟全く地位を転換すると云ふた。『法華』には提婆 は往昔は釈尊の師であつたと記されてある。而も現世には師弟翻転して提婆却て弟子とな る。是れ要するに自覚の光景を開いて、内外転換の不可思議境を示すものである。則ち「 発遣する」てふこと、「発遣せらるゝ」てふこと、前者は真実至誠の賢者で、後者は虚仮 雑毒の愚禿ではあるが、深く観察すれば、内外倶賢に似たる賢者は実に内賢外愚であり、 内外倶愚に似たる愚禿は内愚外賢である。両者は無限に内外無碍に転換して、自在にその 地位を転化し、教の交流をして限りなく流行せしむる。茲に於て「発遣するもの」は一転 して「発遣せらるゝもの」となり、「発遣せらるゝもの」は反つて「発遣するもの」と転 ずる。惟ふに我は往昔十方衆生の一人として、恐くは教主釈尊を此世界に発遣した一人で あつたであらう。宿縁遠くして、今我は反つて東岸上から釈尊に発遣せられつゝ此世界に 誕生せしめられた。  善導大師の炎々たる三心釈の大火聚の底から、不思議にも大霊泉の涌出があつた。その 泉は流れて「二河白道の譬喩」となつた。この「二河譬」はつぶさに霊界旅人の歩みの往 相回向の前景と、還相回向の後景とを示し、此前後両景に招喚、発遣せられる所に旅人の 歩があることを示すものである。天親論主の提起せられたる回向の行を、曇鸞大師は往相、 還相の二種を開くことに依りて、深く如来利他の回向表現の過程を示されたことは、本誌 の前々号以来力を極めて光闡せんと勉め来りたことである。しかるに今善導の三心釈を披 読せるに、師は『観経』の回向発願心を釈顕する、二河譬に於て、東岸の発遣と西岸の招 喚とを明にせられた。こゝに私は回向に二種を開かれた曇鸞の精神が、善導に流れ来りて、 又回向心に二種を開かれたことを思ふて、自分は今更に教証の回向を感激し、歓喜に堪へ ぬことである。まことに「易往而無人」の聖言を想ひ、「昇道無窮極」の仏語を今更に口 ずさむ。一度教証に接すれば混々として道教の流は長にわが心にそゝぎ来る。回向の本源 の遥遠を想ふ。  惟ふに曇鸞の所謂往相回向は善導に来りて、西岸上からの招喚の声となり、又かれの還 相回向はこれの東岸上からの発遣の声として顕はされた。祖聖は信巻の問答段の欲生釈の 下に、先づ願成就の「至心回向」の経文を以て此を解し、次に『浄土論』『論註』の往還 二回向の文を引き、次に善導の二河譬の要義を自ら釈してある。蓋し二河譬の文は已に前 方に詳細引用し終られたから、今それを想起して、曇鸞の二回向を顕さんと欲はれたこと を信ずる。私は此特殊なる応現の外面的光明を通して、竪に一貫せる本願力の影現を直感 することが出来得る。 『曽我量深選集 3』231頁  惟ふにかの論師道は一如法性の大自然が、衆生回向の本願によりて、自然の国土を荘厳 せんが為めに、特に発遣せられたる、印度民族の血脈を通じて、選択摂取せられたる大行 である。弥陀の名号は一切易行道の開顕を以て生涯の事業とせる龍樹の上には、猶暫く諸 仏随一の一仏の名号にすぎなかつたが、今や天親に来りて南無阿弥陀仏は尽十方無碍光如 来の称号として、その光寿二無量の不虚作住持力の本願を成満するにいたりた。是に来り て阿弥陀仏は十方諸仏を遍照して一行を成就し、十方衆生を摂取統摂して一心を実現し、 世界人類を一行一心たらしむべき志願を成就し給ひた。茲に印度民族は全人類を内的に統 一すべき大自然の本願の成就を体験したのである。  龍樹はじめて「称名憶念」の大文字を感得せられた。而して大に称名憶念の大道を鼓吹 せられた。この大道こそは遥に印度民族の血の中に流れ来つた大思想であつた。真実の思 想は所謂思想家なるものゝ頭脳を通過するものでなく、普く凡人の胸を通し、血を通して 流伝し来る。思想家はこの凡人の胸を流るゝものを直感する。この意義に於て龍樹は実の 思想家である。  すなはち龍樹は単に憶念と云はずして、称名憶念と云はれた。この称と念との二者の合 致する一点に真実の十方衆生の救ひの道がある。印度民族の胸を貫通する深き内観憶念は 遂に諸仏称名の名号の世界を創造する所の根本的なる如来の本願力に到達したのである。