親鸞聖人 正 信 偈 意訳 (6) |
能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉廻入 如衆水入海一味 |
意訳 心の底から阿弥陀仏を信ずる喜びが起こってきたとき、悪心煩悩が消え去ることがないままに、その人の前に仏が開かれた悟りの世界があらわれる。 凡夫も、聖者も、仏に逆らう者も、仏をそしる者も、どんな人であっても、阿弥陀仏の世界は、だれもが入って行ける世界である。 たとえば、さまざまな川の水が注ぎこんで、ひとつの海となるように、あらゆるものがつつみこまれ調和してゆくのが阿弥陀仏の世界である。 |
書き下し文 よく一念喜愛の心を発すれば 煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。 凡・聖・逆・謗、斉しく回入すれば 衆水、海に入りて一味なるがごとし。 |
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語句 一念喜愛心=仏の慈悲をほんとうに受け取ったときに感じられる、憂いのない喜びの心。 煩悩=人が無自覚に根源的に持っている、むさぼり・怒り・無智などの悪心。 涅槃=煩悩から解放された、仏の覚りの境地。 凡・聖・逆・謗=善人悪人などあらゆる人々。 凡は、優れた能力がなく、喜怒哀楽の日常生活に流されている凡人。 聖は、宗教的な生活を送るために努力している聖者。 逆は、仏教の教えに背き、罪を重ねている人。 謗は、仏の教えを聞こうともせずに、仏教をそしる人。 回入=今までの誤りに気づき、仏の教えの真意に気づき、受け入れてゆくこと。 衆水=何本もの川から海に流れ込む水。 |