浄土論註翼解 第2巻の(9の内)
観察門
器世間荘厳成就
 第8 三種功徳
(水功徳) (地功徳) (虚空功徳)


無量寿経論註翼解 巻二之九  

論】宝華千万種 弥覆池流泉 微風動華葉 交錯光乱転。SSZ01-290
【論】  (宝華千万種にして、池・流・泉に弥覆せり。微風、華葉を動かすに、交錯して光乱転せり。)SSZ01-290

 「宝華」とは優鉢羅華・鉢曇摩華・拘物頭華・分陀利華等なり。「弥」は遍なり。「覆」は敷救の切し、蓋なり。『経』に云わく「雑色光茂にして、弥〈ひろ〉く水上に覆えり」と。「池流泉」とは即ち七宝の浴地なり。『経』に云わく「黄金の池にはには、底に白銀の沙あり」等。『東海の疏』に云わく「諸の池は七宝を帯び、緑水は八徳を含み、下は黄金の沙を積み、上は青蓮の色を輝く」と。「微風」とは、微少と微妙となり。『観経』には「八種清風」という。「錯」は雑なり。縦横自在、これを「交錯」という。『詩伝』に云わく「東西を交とし、行を邪〈よこ〉にするを錯とす。」「乱」は雑乱、「転」は旋転なり。RY02-40L

【註】此四句名荘厳水功徳成就。SSZ01-291
【註】 (この四句を荘厳水功徳成就と名づく。)SSZ01-291

【註】仏本何故起此願。SSZ01-291
【註】 (仏本何が故ぞこの願を起こしたまえる。)SSZ01-291

【註】見有国土、或[ウン01]溺(江水大波謂之[ウン01]溺云音)洪涛(海波上大牢反)滓沫驚人、或凝[シ04](流氷上支反)浹(古甲反)[トウ02](凍相著大甲反)蹙(迫子六反)枷懐[タイ01](失常他則反)向無安悦之情、背有恐値之慮。SSZ01-291
【註】 (ある国土を見たまうに、或いは[ウン01]溺、洪濤、滓沫、人を驚かし、或いは凝[シ04]、浹[トウ02]、蹙枷〈しくか〉、[タイ01]〈うれえ〉を懐く。向〈さき〉には、安悦の情〈こころ〉なく、背〈うしろ〉には恐値の慮いあり。)〈枷=くいかせ。懐=おもい。[タイ01]=たがえり。〉SSZ01-291
【註 割注】溺(江水の大波、これを[ウン01]溺という。云の音)。涛(海波の上〈のぼ〉るなり。大牢の反)。[シ04](流るる氷なり。上支の反)。浹(古甲の反)。[トウ02](凍〈こおり〉の相い著くなり。大甲の反)。蹙(迫なり。子六の反)。[タイ01](常を失うなり。他則の反)。SSZ01-291

 「溺」は乃歴の切、没なり。記の緇衣に、水に溺ると。註、覆没して自ら理〈埋か?〉出することあたわず。一には水の名。「洪」は大なり。また[コウ06]水なり。また石の河流を阻〈へだ〉つを洪とす。「滓」は、音は子なり、澱〈よどむ〉なり、濁なり。「沫」は、音は末なり、水沫なり。「凝」は水の堅きなり。「[シ04]」は、水の解けて流るるなり。「浹」は氷凍なり。「枷」は、音は佳なり、頸械なり。流氷迫蹙すること、なおし枷を被るが如きなるが故に「蹙枷」という。「懐」は抱なり、また思なり。「[タイ01]」は差なり。
「情」は性の動く処。「値」は、音は治、逢なり、当なり、また持なり。「慮」は思なり、また憂なり、疑なり。RY02-41R

【註】菩薩見此興大悲心。願我成仏、所有流泉池沼(池之小反)与宮殿相称(事出経中)種種宝華布為水飾、微風徐扇映発有序開神悦体無一不可。SSZ01-291
【註】 (菩薩これを見て大悲心を興したまう。願わくは我成仏せんに、所有の流泉池沼、宮殿と相い称〈かな〉い、種種の宝花布きて水の飾りとす。微風徐く扇いで映発するに序〈ついで〉あり、神を開き体を悦ばしめて、一つも不可なることなけんと。)SSZ01-291
【註 割注】沼(池なり、之小の反)。称(事は経の中に出づ)。SSZ01-291

 『世事通考』に云わく「円なるを池とす。方なるを沼とす。黄帝、蚩尤を破り、始めてこれをなす。」「経中」とは『大経』の「講堂精舎〈中略〉諸の浴池あり」等の事なり。「徐扇」とは徐舒扇動なり。「徐」は緩なり、また安く行くなり。「映」は、明、相い照らすなり。「神」は神識、身心に危なく仏道を増進するが故に「開」「悦」という。自然に意に随いて心垢を蕩除するが故に「無一不可〈一つも不可なることなけん〉」という。RY02-41L

【註】是故言宝華千万種 弥覆池流泉 微風動華葉 交錯光乱転。SSZ01-291
【註】 (この故に宝華千万種 弥覆池流泉 微風動華葉 交錯光乱転と言えり。)SSZ01-291

【論】宮殿諸楼閣 観十方無碍 雑樹異光色 宝欄遍囲繞。SSZ01-291
【論】 (宮殿、諸の楼閣、十方を観ること碍りなし。雑樹に異光の色あり、宝欄遍く囲繞せり。)SSZ01-291

 「楼閣」は、重屋を楼といい、岑楼を閣という。『経』に云わく「黄金地上、楼閣千万、百宝合成す」〈cf.観無量寿経・水想観〉と。また『華厳〈唐訳〉』「入法界品」に云わく「危楼回帯〈めぐる〉し、閣道傍に出で、棟宇相承し、窓闥交映す。階[チ02]軒檻、種種満足し、一切みな妙宝を以て荘厳す」と。「観」は見なり。法蔵願じて云わく〈第三十一願〉「国土清浄、皆悉照見十方一切無量無数不可思議諸仏世界、猶如明鏡覩其面像。若不爾者、不取正覚〈国土清浄にして、みなことごとく十方一切無量無数不可思議の諸仏世界を照見すること、猶し明鏡にその面像を覩るがごとくならん。もし爾らずば、正覚を取らじ〉」と。「異光色」とは『観経』に云わく「其諸宝樹、七宝華葉、無不具足。一一華葉、作異宝色。瑠璃色中出金色光、玻[リ02]色中出紅色光、碼碯色中出[シャ01][コ01]光、[シャ01][コ01]色中出緑真珠光。珊瑚・琥珀、一切衆宝、以為映飾〈そのもろもろの宝樹、七宝の華葉具足せずということなし。一一の華葉、異宝の色をなす。瑠璃色のなかより金色の光を出し、玻[リ02]の色のなかより紅色の光を出し、碼碯の色のなかより[シャ01][コ01]の光を出し、[シャ01][コ01]色のなかより緑真珠の光を出す。珊瑚・琥珀、一切衆宝、以て映飾となせり〉」といえり。RY02-42R-
 「欄」は欄楯。雲棲の『疏』に云わく「横を欄といい、直を楯という。この方の華木もまた欄楯を作る。一には物の損を防ぐ。二には美観を示す。彼の土は牛羊、牧を絶すといえども、玩好無心にして万行功徳の荘厳する所任運に成就す」と。これは樹に就いていう。今は楼に就いていう。玄応の『音義』に云わく「殿上臨辺の錺なり。また人の墜堕を防ぐ所以なり。」「囲繞」は回護なり。RY02-42R

【註】此四句名荘厳地功徳成就。SSZ01-291
【註】 (この四句を荘厳地功徳成就と名づく。SSZ01-291

【註】仏本何故起此荘厳。SSZ01-291
【註】 (仏もと何が故ぞこの荘厳を起こしたまえる。)SSZ01-291

【註】見有国土、[ショウ01](高貌才消反)嶢(牛消反)峻(高俊音)嶺枯木横岑、[サク03](山不斉才白反)[カク04]([サク03][カク04]五百反)[ケイ04](深山谷亦山[ショウ02]貌形音)[リン01](深無崖力人反)[ショウ03](悪草貌消音)[ヒ05](道多草不可行方吏反)盈壑。茫茫滄海為絶目之川、[フウ01][フウ01]広沢為無蹤之所。SSZ01-291
【註】 (ある国土を見たまうに、[ショウ01]嶢峻嶺にして、枯木岑〈きし・みね〉に横たわり、[サク03][カク04][ケイ04][リン01]として、[ショウ03][ヒ05]壑〈たに〉に盈〈み〉てり。茫茫たる滄海、絶目の川たり。[フウ01][フウ01]たる広沢、無蹤の所たり。)(嶢〈けわし〉。峻〈けわし〉)SSZ01-291
【註 割注】[ショウ01](高き貌、才消の反し)。嶢(牛消の反)。峻(高なり、俊の音)。[サク03](山の斉しからざるなり。才白の反)。[カク04]([サク03]〈するどし〉[カク04]〈たかし〉なり、五百の反し)。[ケイ04](深山の谷なり、また山の[ショウ02]〈けわ〉しき貌、形の音)。[リン01](深くして崖〈かぎり〉なし、力人の反)。[ショウ03](悪草の貌、消の音)。[ヒ05](道に草多くして行くべからざるなり、方吏の反)。SSZ01-291

 『韻会』に云わく「[ショウ01]嶢は山の高き貌。」峻はまた険なり。嶺は、音は領、山坡なり、阪なり。岑、[ソ02]林の反し、山小さくして高し。また牛錦の反し、崖岸なり。「[サク03][カク04]」は山の貌、また「[カク04]」は山の高大なる貌。「[ケイ04]」は通じて[ケイ03]に作る、石谷なり。『広韻』に「連山の中絶するなり。」『説文』に「山の絶坎なり。」「[リン01]」は、音は鄰なり、[リン01][シュン01]は山崖の重深なる貌、また[イン04][リン01]は山の峻しき貌。[ヒ05]は、音は費。王氏が曰く「草の盛んなるを[ヒ05]という。草を治するもまたこれを[ヒ05]という。なおし治乱のまたこれを乱というがごとし。「盈」は満なり。「壑」は黒各の切、谷なり、坑なり。「茫茫」は広大の貌。「滄」は、音は倉、海の総名なり。眼対玄かに疲れ、心量覃〈およ〉びがたきが故に「絶目」という。「川」は、音は穿、衆流なり。あるいは巛に作る。『説文』に[ケン15][カイ03]の水、会して巛となすなり。」荘子が云わく「水は海より大なることなし。万川これに帰して盈〈み〉たず」と。故に知りぬ、滄海は百川の長たり、故に「絶目之川」という。「[フウ01]」は草の動く貌。一本に[キュウ03]に作る、音は鳩、遠荒の地なり。ある本に[ゼイ02]に作る、儒税の切し、水の涯なり。未だ孰れか是なることを詳にせず。「無蹤」は荒遠なり。RY02-42L,43R

【註】菩薩見此興大悲願。願我国土地平如掌、宮殿楼閣鏡納十方、的無所属亦非不属。宝樹宝欄互為映飾。SSZ01-291
【註】 (菩薩これを見て大悲の願を興したまう。願わくは我が国土、地の平らかなること掌〈たなごころ〉のごとく、宮殿・楼閣は鏡のごとく、十方を納め、的〈あき〉らかに属する所なく、また属せざるにあらず。宝樹・宝欄互いに映飾をなす。)SSZ01-291

 「如掌」とは、『法華の疏〈妙法蓮華経文句〉』の七に云わく「地平如掌とは、経には直ちに如掌といいて手掌といわず。手掌は平かならざれば、則ち所引にあらず。海底に石ありて掌と名づく。この石には一微塵許りも不平あることなし。まさに知るべし、類して海掌の如くなるのみ。」『賢劫経』には、正しく仏の手掌の如しと明かし、人掌を引くにあらずといえり。故に知りぬ。法蔵菩薩の平等大道の所起の土なり。故に平らかなること掌の如し。「鏡」もまたこれ喩なり。鏡裏に物を摂して融通無碍なり。「宮」「楼」もまた然なり。十方を包納して、[キョウ13]〈むな〉しく容れざることなし。本質なきが故に「無所属」という。影現あるが故に「非不属」という。「的」は明なり。RY02-43L

【註】是故言宮殿諸楼閣 観十方無碍 雑樹異光色 宝欄遍囲繞。SSZ01-291
【註】 (この故に宮殿諸楼閣 観十方無礙 雑樹異光色 宝欄遍囲繞といえり。)SSZ01-291

【論】無量宝交絡 羅網遍虚空 種種鈴発響 宣吐妙法音。SSZ01-29
【論】 (無量の宝を交絡して、羅網、虚空に遍ぜり。種種の鈴〈れい〉より響きを発して、妙法の音を宣吐す。)SSZ01-29

 「絡」は聯絡なり。「鈴」は離呈の切、音は陵、鐘に似て小さし。また■〈圜か?〉形をなし、半ば裂けて、以て声を出だす。銅珠を内に錮〈ふさ〉ぎ以てこれを鳴らす。「響」は、音は享なり、応声なり。一説に実にして精なるものを声という。朴にして浮なるものを響という。「吐」は出なり、舒なり。『経』に云わく「無量宝網、仏土を弥覆せり。皆、金縷・真珠・百千の雑宝、奇妙珍異なるを以て、荘厳校飾せり。四面に周匝して、垂るるに宝鈴を以てす。光色晃燿にして、尽く厳麗を極む。自然の徳風、徐やく起ちて微動す。その風調和にして、寒からず暑からず。温涼柔軟にして、遅からず疾からず。諸の羅網及び諸の宝樹を吹くに、無量微妙の法音を演発す」といえり。RY02-44R

【註】此四句名荘厳虚空功徳成就。SSZ01-292
【註】 (この四句を荘厳虚空功徳成就と名づく。)SSZ01-292

【註】仏本何故起此荘厳。SSZ01-292
【註】 (仏本何が故ぞこの荘厳を起したまえる。)SSZ01-292

【註】見有国土、煙雲塵霧蔽障太虚、震烈[シン01](雨声上林反)霍(大雨下郭反)従上而堕、不祥[サイ01](天火葬才反)霓(屈虹青赤或白色陰気 五結反)毎自空来。憂慮百端、為之毛竪。SSZ01-292
【註】 (ある国土を見たまうに、煙雲・塵霧、太虚を蔽障し、震烈[シン01]霍、上よりして堕ち、不祥の[サイ01]霓、毎〈しばしば〉空より来る。憂慮百端にして、これがために毛〈にゅうげ〉竪〈いよだ〉つ。)SSZ01-292
【註 割注】[シン01](雨の声なり、上林の反)。霍(大雨なり、下郭の反)。[サイ01](天の火なり、葬才の反)。霓(屈虹、青く赤し、或いは白色は陰気なり、五結の反)。

 「煙」は、音は烟、火の鬱気なり。「雲」は、音は云、山川の気なり。陸佃が云わく「地気は上りて雲となり、天気は下りて雨となる。雨は地気より出で、雲は天気より出づ。」「塵」は、音は陳、埃なり。『説文』に「鹿行きて土を揚ぐ。故に鹿に従う。」「霧」は、音は務、地気上りて天気応ぜざれば霧と成る。「震」は、音は慎、動なり、起なり、威なり、懼なり。また地震なり。陽は陰下に伏して陰に迫るを見る。故に外るることあたわず、以て地動に至る。然るに動、一処に止まって遠くに至らず。また『易』に雷を震となす。「烈」は、音は列、火の猛きなり、威なり、また毒なり。「祥」は善吉なり。「霓」は『博物誌』に云わく「鎭星散じて虹霓となる。内■〈淫か?〉を主とす。」また霓は気なり。起ちて日の側にありて、その色青赤白黄なり。『韻会』に云わく「雄を虹といい、雌を霓という。双出するは、色鮮盛なるを雄とし、闇なるを雌とす。」伊川が云わく「気の交わりて、日に映りて光る。朝は西、暮れには東にあり。」『詩節』に云わく「陽気下りて陰気まさに則ち雲となりて雨ふる。陰気起こりて陽応ぜざる則ば虹となる。」『荘子』に云わく「陽、陰を蒸して霞となし、陰、陽を炙って虹となる。晋出帝は叔■〈冉か?〉と乱す。その徴や白虹相偶す。」『玉篇』に云わく「五奚・五結、二の切し、雲色、龍に似る毎は瀕なり、数なり、また常なり。」「竪」は立なり。RY02-44L,45R
 (虹[ゲイ01]四縁、『法数』に出づ。地大生黄、水大生青、火大生赤、風大生輪。)RY02-44L

【註】菩薩見此興大悲心。願我国土宝網交絡、羅遍虚空、鈴鐸(大鈴大各反)宮商鳴宣道法。視之無厭懐道見徳。SSZ01-292
【註】 (菩薩これを見て大悲心を興したまう。願わくは我国土、宝網交絡して、羅〈あみ〉虚空に遍じ、鈴鐸宮商鳴りて道法を宣ぶ。これを視るに厭〈あく〉ことなく、道を懐〈おも〉い徳を見〈あらわ〉さんと。)SSZ01-292
【註 割注】鐸(大鈴なり、大各の反)。

 「宮商」等とは、『経』に「出其〈五か?〉音声」と説く。今は略して二を載す。義寂の云わく「土の音を宮とし、金の音を商とし、木の音を角とし、火の音を徴とし、水の音を羽とす。」『管子』に云わく「おおよそ徴(黄鐘)を聴くは負猪豕の覚而駭が如し。おおよそ羽(盤渉)を聴くは鳴馬の野にあるが如し。おおよそ宮(壱越)を聴くは牛の[コウ12]中に鳴くが如し。おおよそ商(平調)を聴くは離れたる群羊の如し。おおよそ角(双調)を聴くは雉の木に登り以て鳴くが如し。音疾にして以て清し。」『白虎通』に云わく「角は躍なり。陽気動躍す。徴は止なり。陽気止む。商は張なり。陰気開帳し陽気始めて降る。羽は紆〈まとう〉なり。陰気は上にあり、陽気は下にあり。」「宮」は容なり、含なり。四時を含容するなり。『風俗通』に云わく「その宮声を聞きて人をして温潤にして広大ならしむ。その商声を聞きて人をして方正にして好義ならしむ。その角声を聞きて人をして整斉して礼を好ましむ。その徴声を聞きて人をして惻隠して博愛せしむ。その羽声を聞きて人をして善養にして好施せしむ。」RY02-45R,45L-
 「厭」は飽なり。「懐」は思念なり。『論語』に云わく「君子は道を懐く」と。「見」は顕露なり。「道」は体なり。「徳」は用なり。あるいは自行円満して上に菩提を求むるを、これを道といい、慈悲深遠にして下に正受を化するを、これを徳という。『論衡』に云わく「名を成す、これを道という。身を立つ、これを徳という。」『要覧』に云わく「八正の聖道、七支戒徳、表裏具足するの称なり」と。『経』に云わく「弥陀仏の国に生じて、快楽極りなし。長えに道徳と合明して、永く生死の根本を抜き、また貪・恚・愚痴・苦悩の患なし。」浄影の『疏』に云わく「身と福と倶なるを道徳合と名づく。」義寂の云わく「理を得、補〈神か?〉に通ずる、これを道という。所得を失わざる、これを徳という。迷いを反して性に帰るが故に合明なり。」「視之」という已下は上の「憂慮百端、為之毛竪〈憂慮百端にして、これがために毛竪〈いよだ〉つ」というに反すなり。-RY02-45L

【註】是故言無量宝交絡 羅網遍虚空 種種鈴発響 宣吐妙法音。SSZ01-292
【註】 (この故に無量宝交絡 羅網遍虚空 種種鈴発響 宣吐妙法音といえり。)SSZ01-292

無量寿経論註翼解巻二