s-20151230 monky.jpg    てる爺の つれづれ日記(2015年12月) No.137  新春ドラマ「百年の計、我にあり」をご覧になりませんか!  「百年の計、我にあり」という新春ドラマが放映されます。  政治、経済、生きざま、などを考える上で大変興味深い内容かと思いますの で、是非ご覧くださいませ。 s-20151227 hirose.jpg   明治時代に別子銅山の支配人を務め  たり、住友家の初代総代理人を務めた  人物、広瀬宰平(ひろせさいへい)の  物語です。  ・1月3日(日)12:00〜          TBS系全国ネット  ・1月9日(土)19:00〜         BS-TBS   なぜ私がお勧めするかというと、  広瀬宰平の出身地は我が家に近い所な  のです。   というせこい了見だけでなく、政治  や経済は長い目で見る、という考えを  養うために役立つだろう、と思う次第                   なのであります。   広瀬さん(といかにも親しそうに呼びますが)について少し触れた記事も  ご覧くださいませ。 ⇒ 広瀬宰平の出身地                   棕櫚の木の剪定に汗を流しました  私が親しくしているお年寄りの家の前には3本の棕櫚が伸びています。 今は独り立ちして別居している3人の子どもの面影をこの木に託しているとの ことです。伸び悩んでいる木、素直に伸びている木、少し曲がっている木は、 3人のこどもの姿を反映しているのかも知れません。 s-20151201 palmtree.jpg   子どもが幼少の時に植えた棕櫚の木は  5メートル以上に伸びていますので、皮  剥きの作業が大変です。   4メートル近く木によじ登り、腰と木  を綱で結んだ状態で皮剥きをしたのは奧  さんがいない時でした。   古稀を過ぎている元気なお年寄りは、  まだ何年も続けるつもりのようです。   ちなみに、そのお年寄りはてる爺とい  う人でした。 ←散髪の終わった棕櫚の木  草津川  琵琶湖へ注ぐ大きな川は天井川となっています。 草津川はその典型でした。JRも国道1号線も草津川の下のトンネルを通って いました。近年、草津川は近くに掘り下げられた川に付け替えられ、天井川が 消滅しました。    【ご参考:「消えゆく天井川」】 kusatsu028.jpg kusatsu018.jpg  ↑旧草津川下を通る国道1号線     ↑旧草津川下を通るJR東海道線         (2005年4月)             (2005年4月)  お役御免となった旧草津川跡では、国道1号線のトンネル解体工事が進めら れています。 s-20151204 kusatsu (1).jpg ←解体中のトンネル(下り方向)   ↓      (上り方向) s-20151204 kusatsu (2).jpg  草津川の堤防では、立派に育った桜の木が花見客を楽しませてくれました。 旧草津川で交通が分断された地元の人にはトンネルの解体が望ましいのでしょ うが、花を愛でる人たちには残念なことです。  JR用のトンネルをどうしようとしているのかは知りません。  陶芸仲間と忘年会を楽しみました  信楽は滋賀県南部では気温が一番下がるところです。 陶芸仲間の一人が信楽で暮らしていますが、夏でもエアコン無しで暮せるので すから、冬の寒さは半端ではありません。 s-201511204 tashiro  (1).jpg   その陶芸仲間の家には陶芸の工房、穴  窯、灯油窯などの陶芸環境が整っていま  す。そこに毎月仲間が集まって作陶を楽  しんでいますが、流石に1月と2月は休  みにしています。 ←ゆったり構えている陶芸仲間(?)   12月の最終の作陶日には恒例の忘年会を楽しみます。  仲間が集えるように、信楽の仲間が一人で仕上げてくれた囲炉裏のある部屋 で談笑するのが楽しみです。  今年はいつもの高級(?)仕出し弁当に芋煮を加えて賞味しました。 s-201511204 tashiro  (3).jpg ←ゆったりした談笑の部屋     ↓囲炉裏を囲んで    s-201511204 tashiro  (2).jpg  越前海岸でカニづくしを楽しみました   s-20151211 echizen (1).jpg   数年ぶりに越前海岸まで行きました。  例年なら1月に野生の水仙が見ごろなのです  が、今年は12月半ばなのにかなり咲いてい  ました。   今回はカニが目当てのパック旅行でした。  あいにく雨にたたられ、水仙の写真を撮る状  態ではありませんでしたので、切花を買って  きました。 ←つつましい水仙   敦賀市にある日本海さかな街という魚市場に寄りました。 もうカニも魚も要らん、と思いながらぶらぶらしていたら、大きなディスプレ イがありました。海鮮丼のメニューです。具材を自由に組み合わせられる丼で す。種類の多さが売りもののようです。 s-20151211 echizen (2).jpg ←魚市場  ↓海鮮丼のメニュー s-20151211 echizen (3).jpg  錦織寺    野洲市に「真宗木辺派 錦織寺」というお寺があります。 歴史教室の講座で、錦織寺の和尚さんから同寺の成り立ちなどのお話を伺いま した。寺の名前はテニスの錦織選手と同じ漢字ですが、こちらは錦織寺(きん しょくじ)と呼び、約200余りの末寺をかかえる真宗木辺派の本山です。    嘉禎元年(1235年)親鸞聖人(63歳)が関東から帰洛の途中、この地 に滞在され、「教行信証」のまとめをされたという親鸞ゆかりの寺です。  錦織寺という名前は、親鸞が滞在中に天女が舞い降りてきて織った錦を朝廷 に献上したところ、「天神護法錦織之寺」との勅額をいただいたことによるそ うです。  嘉禎元年(1235年)が錦織寺開創の年とされています。 20151228 mieido01.jpg ←御影堂(錦織寺公式ホームページより)  ↓錦を織る天女 20151228 orihime.jpg  仏教の教えに疎い私が驚いたのは、先代の和尚のエピソードでした。 第21代門主の木辺宣慈 (きべ せんじ)さんは、“レンズ和尚”の異名で知 られた光学技術者で、レンズ磨きの名人だったそうです。法務の傍ら天体望遠 鏡の反射鏡を作る余技を持たれ、天文学会においても「木辺レンズ」として高 く評価された、世界でも有数の専門家だったそうです。  ちなみに、天体望遠鏡をずっと上向きで覗くのは疲れるので、下向きに覗く ためには光を反射させなければなりません。そのための反射鏡の鏡面は極めて 高精度の研磨が必要とされる、ということです。                    (2015−12―31) ------------------------------------------------------------------                日記メニューへ   トップページへ