てる爺の つれづれ日記(2017年06月) No.155  手漕ぎ舟の水郷巡りを楽しみました  近江八幡市には琵琶湖に通じている水郷があります。 水深の浅い湖には葦(よし)が群生しており、葦に囲まれた水路を観光船でゆ ったりと巡ることができます。  野洲市国際協会のイベント「よしちまき作り&手こぎ舟で水郷巡り」に参加 しました。参加者の半数位は外国人でした。梅雨に入った6月上旬でしたが、 快晴で爽やかな風に吹かれながら1時間の舟遊びを満喫しました。 s-20170610 watercanal (2).jpg ←舟の乗り場付近 ↓高さ3メートル余りに育った葦 s-20170610 watercanal (4).jpg  手漕ぎ舟の船頭さんは年配の人ですが、地元の人に限らず、会社員や大学教 授をリタイアした人など多彩だそうです。船頭さんは舟から見られる植物、動 物、鳥、観光案内などの説明をしながら、約1時間、休みなく櫓をこぎ続けま した。 s-20170610 watercanal (7).jpg ←背景は繖山(左手前に安土山)  ↓ゆっくり移動する手漕ぎ舟 s-20170610 watercanal (6).jpg  乗舟場の近くでよしちまき作りが体験できました。 もち米粉のもちを葦の葉にくるんで「よしちまき」を作り、乗舟している間に 蒸してもらい、舟を降りてからいただきました。  なお、「近江八幡の水郷」は2006年(平成18年)に国の重要文化的景 観の第1号として指定されています。    奥永源寺を訪ねました  永源寺ダムよりも奥に政所(まんどころ)という地区があります。 一昨年オープンした道の駅は、閉校した政所中学校の校舎を利用しています。  ここでは室町時代から茶が作られ、政所茶は名茶として全国に知られていま した。石田三成が秀吉に差し出した「三献の茶」は政所茶だったそうです。  鈴鹿山脈の麓、滋賀県と三重県の県境に近い山峡にあるため、過疎化が進ん でいるので現在は生産量が少ないのですが、希少な銘茶として高価で取引され ているそうです。 s-20170612 manndokoro (1).jpg ←道の駅奥永源寺渓流の里  ↓重要文化財保有の八幡神社 s-20170612 manndokoro (9).jpg  政所茶は、寒暖差の大きい場所で栽培されること、全て手摘みされること、 有機栽培であること、から香りがよく、苦みの中にほのかな甘みがあるようで す。山の斜面に植えられた茶の木は豪雪にも耐えられるように1本づつ育てら れ、全て手摘みされます。 s-20170612 manndokoro (6).jpg ←急斜面で栽培される茶の木   ↓(川の対岸に鉱山があった由) s-20170612 manndokoro (3).jpg  かつて、政所にはお茶以外にもうひとつの大きな収益源があったそうです。 それは銀山です。NHKの朝ドラ「あさが来た」に登場した五代友厚(ディー ン・フジオカ)は大阪商工会議所を設立しましたが、その五代が政所の蓬谷鉱 山(よもぎたにこうざん)を経営したそうです。   政所の八幡神社が重要文化財の能装束と市指定文化財の能面を保有している ことは、かつて文化的にも財政的にも豊かだった名残りなのでしょう。  参考図書:近江鈴鹿の鉱山の歴史 中島 伸男・著 サンライズ出版  政所からさらに山道を分け入りました。 木地師資料館を訪ねた後、「木地師のふるさと」と呼ばれている君ヶ畑を訪ね ました。  君ヶ畑ではムラサキ(紫草)の栽培現場を見学しました。 ムラサキは万葉集に登場する額田王と大海人皇子の「相聞歌」に詠まれている 古来からの野草です。花は白ですが、根は紫の染料として昔から使われてきた そうです。ムラサキの根は染料や化粧品の原料として高価で販売できる見込み があるということです。 s-20170612 kimigahata (3).jpg ←君ヶ畑  ↓ムラサキの花 s-20170612 kimigahata (2).jpg  君ヶ畑には50軒くらい家があるのですが、現在住まわれている家は10数 軒だけだそうです。かつては200人以上いた住民が今は20人以下、全員が 60歳以上だそうです。  そんな過疎化の山奥に今年移住した20代の青年がいます。 東近江市で地域おこし協力隊として3年間活動した後、ここに定住することに した前川真司さんです。私の参加している「楽しく学ぶ歴史教室」では今年2 月に前川さんの講演を拝聴し、今回は館外研修として前川さんに奥永源寺を案 内していただきました。 日本農業新聞 2017年6月7日  (https://www.agrinews.co.jp/p41070.html) agrinews.jpg     初夏の大原三千院を訪ねました  京都の大原三千院まで我が家からは車で1時間程で行けます。 京都へは年に数回、三千院近くの道(旧・鯖街道)を通って行きますが、まだ 三千院を参拝したことがありませんでした。 ♪京都大原三千院...♪ を訪ねるなら秋だろうというイメージをもってい ましたが、思い立った時に訪ねてみました。 s-20170615 sanzenin (2).jpg ←緑が映える庭園  ↓ s-20170615 sanzenin (4).jpg  この時期は紫陽花も綺麗だと聞いていました。 やや早すぎたようですが、可憐な花を楽しませてもらいました。 s-20170615 sanzenin (5).jpg ←咲初めの紫陽花  ↓ s-20170615 sanzenin (6).jpg  京都の迎賓館を訪ねました  京都の国立迎賓館は、くじ運に恵まれなければ見学できません。 去年申し込んだのですが実現しませんでした。たまたま某旅行社が見学ツアー を企画していたので参加しました。  先に京都御所を見学しました。 京都御所は去年(2016年)夏からは事前申し込み手続きなしで見学できる ようになっています。御所内には、丁寧に手入れのされた沢山の松がゆったり と枝を広げていました。 s-20170615 kyotoguesthouse (04).jpg ←京都御所  ↓紫宸殿 s-20170615 kyotoguesthouse (01).jpg  京都迎賓館は京都御所の東側にあります。 迎賓館の見学ツアー参加者は34人でした。(定員が決められている模様) 2グループに分かれ、迎賓館専属スタッフの案内で1時間見学しました。  迎賓館は外国からの貴賓を日本国としておもてなしする施設ですから、隅々 まで入念に造られています。柱、板、紙、織物...などの素材はもちろん、 伝統的な職人技の粋を集めた超一流品で溢れています。 s-20170615 kyotoguesthouse (10).jpg ←桐の間  ↓桐の間から見た中庭 s-20170615 kyotoguesthouse (11).jpg  和風の桐の間以外に、120人の会食が可能な藤の間、やや小振りな夕映の 間、ロビーとして位置づけられる聚楽の間があります。全体に木の香りが感じ られる木造建築です。 s-20170615 kyotoguesthouse (16).jpg ←中庭の池  ↓小舟も用意 s-20170615 kyotoguesthouse (18).jpg  越前・朝倉氏ゆかりの地を訪ねました  越前・朝倉氏は一乗谷で勢力を誇っていました。 一乗谷は現・JR福井駅の東南、直線距離で約10キロほどの位置にあります。  天正元年(1573年)8月、一乗谷は織田信長の軍に攻め込まれ、柴田勝 家に放火された城下町は灰燼に帰しました。焼け野原となった朝倉氏五代の城 下町の跡は田畑や原野となって埋もれてしまいました。  およそ400年後の昭和43年(1968年)から発掘調査が開始され、戦 国時代の城下町の跡が姿を現しました。発掘調査は現在も続いています。 s-20170622 fukui (2).jpg ←遺跡調査の作業現場  (一乗谷朝倉氏遺跡資料館付近)  ↓福井市立郷土歴史博物館 s-20170622 fukui (1).jpg  町並みは三日三晩にわたって完全に焼却されたそうです。 発掘で現れたのは井戸や石垣などですが、一乗谷川沿いの狭い平地部に築かれ た朝倉氏5代の居城と、その周辺に計画的に配置された武家屋敷、寺院、職人 たちの町屋の遺構が明らかになったそうです。 s-20170622 fukui (3).jpg ←一乗谷朝倉氏遺跡復元町並  ↓ s-20170622 fukui (5).jpg  今回の訪問は、野洲市銅鐸博物館に事務局をおく銅鐸友の会・歴史探訪部の 企画によるものでした。                       (2017−06―30) ------------------------------------------------------------------                日記メニューへ   トップページへ