てる爺の つれづれ日記(2017年08月) No.157  安土セミナリヨ趾を訪ねました  信長が安土城を築いた安土山の麓の近くに、安土セミナリヨ趾があります。 信長の庇護の下、日本で最初のカトリック神学校たるセミナリヨが建設された のは1580(天正8)年ですが、1582(天正10)年に信長が本能寺の 変で倒れると、廃墟になったそうです。  現在はその跡地の一部が、セミナリヨ史跡公園として整備されています。 s-20170801 seminariyo(1).jpg ←史跡公園(後方に安土山) ↓公園から見た繖山  (麓に「文芸セミナリヨ」)  s-20170801 seminariyo(2).jpg  セミナリヨの院長はイタリア人の神父オルガンティーノ(1533-1609年) でした。オルガンティーノは1570(元亀元)に来日、1609(慶長14) 年に長崎で亡くなったそうです。   s-seminariyo(1).jpg ←神学校での生活規則  ↓木造3階建てセミナリヨ s-seminariyo(2).JPG  自治会の行事で燃えました!  夏の暑い日の午後でした。 久しぶりに沢山の住民が住宅団地内の公園に集まりました。夏祭りではなく、 お楽しみ抽選会です。自治会の親睦行事の定番はバス旅行ですが、より多くの 人が参加できるように、今年は初めてバス旅行に代えて抽選会が行われました。  近隣企業の協賛も得て豪華な賞品が並んだためか、参加戸数は70%以上で した。私は特等のロボット掃除機か温泉旅館ペア宿泊券を期待していましたが、 ダメでした。その代り、3等の豪華ホテル!でのペアランチ券が当たりました。 (...これで自治会費1年分が回収できそうです !(^^)!) s-20170819 deawing (1).jpg ←夏日の下でお楽しみ抽選会  ↓ s-20170819 deawing (2).jpg  埴輪がいっぱいの古墳を訪ねました  大阪府高槻市にある「今城塚古墳」を訪ねました。 この古墳は6世紀の初めに造られたもので、全長は約350mもあり、継体天 皇の陵に間違いないと言われています。  ちなみに、継体天皇は近江で生まれました。  史跡公園としての整備が2011年に完了した古墳の周囲には、円筒型埴輪 が林立しています。かつての埴輪祭祀場跡には多数の埴輪が復元展示されてい ます。    s-20170830 ancienttomb (9).jpg      ↑林立する円筒型埴輪 s-20170830 ancienttomb (6).jpg  ←埴輪祭祀場   ↓  s-20170830 ancienttomb (7).jpg  なお、発掘された石棺の一部には、熊本でだけ採掘されるピンク色の石(阿 蘇ピンク石と呼ばれる阿蘇溶結凝灰岩)が使われていたそうです。我が野洲市 の円山(まるやま)古墳と甲山(かぶとやま)古墳の石棺にもこの阿蘇ピンク 石が使われています。  古墳の横に「今城塚古代歴史館」があります。 この歴史館には出土した多数の埴輪(レプリカを含む)が展示されています。  ありがたいことに、高槻市立の歴史館も古墳公園も入場料は無料でした。 s-20170830 ancienttomb (1).jpg ←今城塚古代歴史館  ↓威厳を示す埴輪 s-20170830 ancienttomb (3).jpg  写真左↓の家形埴輪は高さが1.7mもあり、屋根を見るとこの当時から神 社の様式が定まっていたことが分かります。 s-20170830 ancienttomb (5).jpg ←家形埴輪や人物埴輪など   ↓  s-20170830 ancienttomb (4).jpg  今城塚古墳には大きな円筒型埴輪だけでも数千個が配置されていました。 これだけの埴輪を揃えるには相当大がかりな生産体制が必要とされたはずです。  実は、その生産体制も発掘の結果明らかになっています。  今城塚古墳から1キロほど離れた丘陵地に、埴輪工場とも言うべき埴輪製作 施設がありました。「新池ハニワ工場公園」として復元整備されています。  丘の上に3棟の埴輪製作棟があり、丘の斜面には18個の登り窯が作られて いました。製作棟で作られた(粘土を成形)埴輪が登り窯で焼成されました。 仮に5千個の円筒埴輪を製作することを想定してみると、粘土の成形をする陶 工の人件費や燃料に使う薪の費用などが膨大で、大きな権力者の指示ゆえに実 行できたことが理解できます。 s-20170830 ancienttomb (11).jpg ←埴輪の製作場所跡  ↓発掘された登り窯 s-20170830 ancienttomb (10).jpg   高槻市からの帰路、京都府長岡京市の古墳を見学しました。 明智光秀の娘の玉(後のガラシャ夫人)が細川忠興に嫁いで新婚時代を過ごし た勝竜寺城址の近くに、「恵解山(いげのやま)古墳」が復元されています。  この古墳は今城塚古墳よりも少し前、5世紀前半に造られたそうです。   s-20170830 ancienttomb (13).jpg     ↑恵解山古墳公園 ご参考までに、近江にも埴輪を林立させた古墳「久保田山古墳」があります。                     (2017−08―31) ------------------------------------------------------------------                日記メニューへ   トップページへ