(三菱一式陸上攻撃機11型)
・・・嗚呼!一式陸上攻撃機・・・

一式陸上攻撃機とは

日本海軍の攻撃機の中で一番魅かれる飛行機である。 対中国戦に活躍した九六式陸上攻撃機の後継機として昭和12年に 開発され、 昭和16年4月に海軍に正式採用された双発の攻撃機である。

一式陸攻の最大の特徴は、航続距離が長い事である。これは、 燃料タンクにインテグラル式タンクを採用した事から、 航空燃料を5000 リットルも搭載でき、 4発重爆撃機のB17と遜色ない航続力を保持する事ができた。 このインテグラル式タンクというのは、 端的に言えば翼自体が 燃料タンクになっているものである。

その一方、この燃料タンクには防弾設備が一切なく、 敵戦闘機の機銃弾が1発命中しただけでも火を噴き、 墜落していくという撃墜され易い飛行機であった。 そこで この一式陸攻は「一式ライター」とか「ワンショットライター」 というあだ名を付けられたのである。

元来、この種航空機は、速度が遅く、運動性能も悪く、 機体が大きいという事で敵戦闘機の好餌であるのに、 その上防弾装備もなく多量の航空燃料を搭載していた 事から、 一式陸攻の被害というものは甚大であった。

機体は葉巻型であり、ずんぐりむっくりと良く言われるが、 三菱独特の流れるような美しい機体を持っている。 飛行する一式陸攻の姿は、その攻撃機特有の宿命とは 裏腹に流麗且つ優雅な姿である。 後方斜めからの姿が最も美しいと思われる。


三菱一式陸上攻撃機11型 (G4M1)


エンジン 「火星」11型*2 複列星形空冷式
全幅 24.88m       
全長 19.97m
最大速度 428km/h
航続距離 4200Km
燃料 4780リットル
武装 7.7mm機銃*4 20mm機銃*1
爆弾搭載量 60K爆弾*12or250K爆弾*4or500K爆弾*1or800K爆弾*1
91式航空魚雷*1
搭乗員 7名


嗚呼!一式陸上攻撃機

対米英戦初頭の昭和16年12月10日、マレー半島沖に作戦行動中の英極東艦隊の 主力戦艦2隻を九六式陸攻と一式陸攻の雷爆撃で撃沈したのは、「マレー沖海戦」と呼ばれ、有名である。しかし、この時 英極東艦隊に戦闘機の護衛が皆無であった事を忘れてはならない。一式陸攻は、初頭に華々しい戦果を挙げ、大戦を通じて 日本海軍の主力攻撃機として活躍した。しかしその戦果の陰に隠れた多大な犠牲を忘れてはならない。

一式陸攻は、最初から最後まで死闘の連続であった。貴重な時間と税金を費やして訓練されたそれぞれの若い搭乗員7 名の命は、敵弾が命中するかしないかの「運」と被弾イコール火災、墜落という確実な方程式の中にあった。

日本軍の航空機は、元々「攻撃は最大の防御なり」という精神と徹底した軽量化と運動性能と航続力の確保の為にその殆どは 防弾装備は皆無であった。

従って陸攻は、飛行中にひとたび敵戦闘機に発見されれば退避するしか手はなかったのである。といっても戦闘機と攻撃機と では速力は雲泥の差があり、簡単に追いつかれる。そうなると陸攻は編隊全機が密集体型となり、胴体上部、尾部、胴体左右の機銃で 全機が協同して弾幕を張り、反撃したのである。

一式陸攻は戦局が悪化するに連れて被害が大きくなり昼間の編隊攻撃は不可能となり、夜間攻撃を余儀なくされた。その後は他の飛行機 と同様に特攻攻撃の参加を強いられた。

(人間爆弾「桜花」を胴体下部に吊した一式陸上攻撃機)

一式陸攻は、搭載するはずの魚雷や爆弾に替えて人間爆弾「桜花」を吊した。そして敵艦の近くまで 飛行し、そこで「桜花」を切り離し帰投するというものであった。しかし元々鈍足であった一式陸攻に1トンもの重さの「桜花」を吊したら どうなるか・・・。

殆どが敵艦に辿りつくまでに、レーダーにより来襲を察知して待ちかまえた敵戦闘機群に母機、桜花共々尽く撃墜されてしまったのである。

一発被弾すれば墜落という悲愴な運命を背負いながら7人のクルーは雲霞の如き敵戦闘機の攻撃や敵戦艦等の 凄まじい対空砲火の弾幕をものともせず、肉薄攻撃し、その殆どが散っていったのである。一旦爆撃針路や雷撃針路に入れば何があろうと目標に進むしか ない。たとえ被弾しようと、僚機が火だるまになろうと・・・。それが攻撃機の宿命である。

その突撃の際、7人の胸中によぎったのは敵艦撃沈の戦果か・・・それとも母親、愛しい人の面影であったのか・・・。

(敵艦に向かって決死の超低空雷撃をする一式陸上攻撃機

日本海軍の運命と攻撃機の悲愴な宿命を背負った一式陸攻は、改造型を合わせて 約2400機が生産された。



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