湿地の文化遺産とラムサール条約
近年ラムサール条約は,湿地に関連する自然の価値と文化的価値の相互関係をよりいっそう理解し広く共有することの必要性を認めつつある.
本情報集の他のシートからも明らかなように,文明の黎明期より,世界中の人々は湿地と密接にかかわって暮らしてきた.その天然資源を利用し,またさまざまな方法で水を管理してきた.この長年にわたる密接な関係が,おのおのの世紀の社会の移り変わりとともに発展してきた文化的な強いつながりや構造の発達に結実してきた.水や湿地が,人々の暮らし方を長年にわたって決めてきたのである.
同様に,人々の湿地との伝統的なつながりが慣習や信仰を決定し,それらは現代の地元社会の姿勢にも影響を与え続けている.しかし世界の多くの場所で,このようなつながりが弱まってきている.それは,水や食物の安全保障を技術的に解決しようとすることが増え,また都市住民の数が増加することが広い範囲で湿地の悪化や喪失を招いているためである.残念なことに,多くの政策決定者や湿地の管理者はいまだもって,社会文化的側面が湿地の持続可能な維持管理に果たしうる役割ならびに果たさなければならない役割を十分に認識しておらず,一般にこの側面が湿地保全プログラムにこれまでほとんど考慮されていない.
ゆえに喜ばしいことは,近年ラムサール条約の締約国が,湿地に関連する自然の価値と文化的価値の相互関係をよりいっそう理解し広く共有することの必要性を認めつつあることである.締約国はまた,湿地や世界の文化遺産の管理者が共通な目標を追求するために協働する方法についての手引きを彼らに提供する必要性を理解するに至った.早くは1996年と97年にラムサール条約の科学技術検討委員会は,人間にとっての湿地の重要性の論点を条約の賢明な利用と管理の指針に組み込むべきことを主張した.1999年サンホセで採択された決議Ⅶ.8の附属書「湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン」は,湿地の賢明な利用と管理における先祖伝来の価値観、伝統的知識や慣習
の決定的な重要性に言及している.ラムサール条約の地中海湿地フォーラム委員会はすでに湿地管理者のための手引きを開発し始めており,2000年4月にチュニジアで開かれた同委員会会合で『地中海の湿地の文化的側面と湿地資源の持続可能な利用へのその貢献の可能性』についての技術的分科会が開かれた.この分科会で,条約のもとにさまざまな機関が拡大しまた発展することができるように基礎的な『指導原則』が見極められた.

「湿地:水、生命及び文化」
重要なことに,条約の常設委員会は『湿地:水、生命及び文化』を第8回締約国会議のテーマに定め,『湿地の保全と持続可能な活用のためのツールとしての湿地の文化的側面』を扱う技術的分科会がこの締約国会議で開かれる.この分科会では,締約国会議の採択を目指して,手引きの文書案が議論され検討される.その手引きの案は,この資料に見てきたような基礎的な理解を配置し,湿地にかかる当局や管理者が,共通の一致した目標に向かって文化に関する機関や組織と国レベルや個々の湿地レベルでチームワークを奨励することができるような方法を推奨するものとなろう.
[社団法人日本ユネスコ協会連盟−世界遺産活動]
[IUCN日本委員会]
[文化財保存修復研究国際センター「ICCROM」 (英)]
[国際記念物遺跡会議「ICOMOS」 (英)]
[2002年の世界湿地の日活動報告「World Wetlands Day 2002」 (英) 条約事務局]
その決議案と手引き案を準備するにあたって,ラムサール条約の関係機関は,湿地の自然の価値に関する経験や知識を動員して,資源管理の文化的側面にかかわる数多くの機関と協働している.欧州考古学評議会は,湿地考古学の文化的ならびに技術的側面について忠告し,同評議会がすでに採択した『湿地の遺産管理のための戦略』においてラムサール条約とのパートナーシップの増強と締約国会議への参加を約束している.この戦略は同評議会が2001年に出版した「欧州における湿地の遺産管理」に収録されており,同書は条約との協働の方法について追加提案もしている.スペインのバレンシア大学地中海湿地研究本部は地中海湿地フォーラムなどの条約の関係機関とさまざまな方法で密接に協働しており,英国信仰保全同盟や世界遺産条約も同様である.世界遺産条約は,その諮問機関であるIUCN−国際自然保護連合,文化財保存修復研究国際センター,国際記念物遺跡会議とともに「文化的景観の管理指針」(訳注.2005年9月時点で未刊)を策定するためにラムサール条約にかかる専門家とも議論を重ねている.この作業はラムサール条約の手引きにも反映されうる.
2002年の世界湿地の日は湿地管理者や湿地保全に熱心な人々が世界中で自分たちの湿地の文化遺産,また自然の価値とともにその文化的価値を管理するという重要な課題を見つめる機会を提供する.その活動に役立つ資料が各地でつくられることが期待され,それらをラムサール条約事務局に研究のために提供され,またひろく一般の人々が入手できるようにすることが期待されている.