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ラムサール条約 情報集

湿地の文化遺産2:
湿地と人々の歴史



湿地と人々の歴史

Ramsar WWD Sticker: face-mask
米国フロリダの湿地で発見された1000年前の木製の面.ラムサール条約世界湿地の日ステッカー.「World Wetlands Day 2002」 () より.

湿地と人々との関係には,さまざまなものが数多くあり,それらはしばしばたいへん密接である.今日の重要湿地の多くは非常に古く,人類が太古に利用したことを明白に示すものもある.その一方,現在は乾燥してしまったところでも,かつては湿地であり,人類の過去の重大な形跡をまだかなり留めているところもある.アフリカ地溝帯に沿ってかつての湖岸湿地が人類の祖先の生息地を留めている.たとえば200万年以上前と考えられるオルドゥパイ峡谷である.ヨルダン川流域では,イスラエル北部のゲシェル・ベノト・ヤアコフで,並外れた湿地環境の存続状況により同川渓谷における80万年前の人類の祖先の活動の形跡が残っていた.動物の骨や石器,多種の植物によって人々がこの渓谷の湿地へ狩猟や採集のためにやってきて,湿地植生から食物や原材料を得ていたことが示される.

非常に古い湿地も,比較的後生のものも,それ自体の歴史の形跡を内包し,人々の活動の証言を留める.

 温帯から北極近くまでの湿地はいっぽう,1万2千年の歴史しかなく,それは最後の氷河期の氷河が融けはじめて海面上昇しはじめてからのことである.これらのほかに,ずっと最近になって形成された湿地や,人類の活動によって形成されたものさえある.考古学的形跡や文書的証言から,イングランド東部のノーフォーク州の湖沼地方は,500−700年前からの泥炭採取の結果できたものであることが知られ,また過去200年あまりのあいだに氾濫原で砂利採取されたあとに湖沼や沼沢地が形成された多くの場所が知られている.このような人間社会と水の密接な関係は世界中で繰り返されている:チリのモンテベルデの渓流沿いの人々,イングランドのボックスグラブの泉のそば,オーストラリアのムンゴ湖岸のひとびとなど.それぞれ歴史は違えど,各々の大陸で最も古くから人類が活動していた形跡を代表するところである.

 振り返れば,人々と湿地の関係にはさまざまなものが見出せる.欧州北西部の大高層湿原地帯ではたとえば,有史以前から中世にかけてつくられた木製道路によって人々が湿原のなかを横切って根気強く移動したことがわかる.ニュージーランドでは,欧州からの進出以前に,マオリの人々は「パ」と呼ぶ防御的集落を丘陵の上や湿地林の中に築いた.ニュージーランド北島にあるマンガカワレ湖周辺の湿地林にあるものは,木製の柵で強固に防御されており,人々はその背後で頑丈な木製家屋に暮らしていた.

 時には人々が湿地を埋葬に適した地とみなしていたこともある.考古学的発掘によって,埋葬にまつわる儀式や慣習の形跡が見つかっている.米国フロリダ州ケープ・カナベラル近くのウィンドオーバーにある池が注目される.ここは8千年前に埋葬地として利用された.300名ほどが,植物繊維で編んだマットやブランケットに包まれて埋葬されており,骨や角ならびに植物からつくった埋葬品が伴われていた.およそ最も興味深い形跡は,現在でも人類が悩まされている病気のひとつである脊椎破裂によって亡くなった子どもの骨格であろう.遊動性のウィンドオーバーの人々は,その子が15歳で亡くなるまで,病気のその子を連れて移動し,そして特別な世話を捧げたのであろう.

[ニュザム湿原「Nydam Mose」ニュザム協会 ()]

 湿地はまた,日常の暮らしと異なる世界とのつながるところ,神々や精霊と交わることが可能なところ,あるいはまた実際どおり他の生物の住処と,認識されてきた.このような観点から捧げものをする場所となることもある.2千年近く前のドイツ北部からデンマークにかけて,ユトランド南部に細長く伸びるニュザム渓谷では,勇士たちが遠征を成功裏に終えてその戦利品を彼らの神に捧げた.槍や刀剣,描画された木製の盾などとともに,少なくとも3隻の大きなすばらしい舟が捧げられていた.

Current Archaeology 172
英国考古学雑誌2001年2月の湿地特集号(No. 172).ラムサール条約ニュース 2001/03/08付:湿地と考古学「Wetlands and archaeology」 () より.

 このような湿地と人々とのつながりについての膨大な情報はどのようにして証明されてきたのであろうか? それは,考古学研究者の骨身を惜しまない作業に尽きる.数千年にも及ぶ湿地の発達を,湿地内部の遺物,すなわち岩盤から地表面までのあいだに横たわる粘土や沈泥ならびに泥炭を科学的に分析して追跡する努力が払われた.その湿地植生は花粉をはじめとする植物遺体の分析から明らかになり,軟体動物やカブトムシのような昆虫類の抜け殻から過去の湿地状況も明らかになる.湿地の水質の変化−塩分濃度や,水温などの変化さえもわかることが頻繁である.このような研究が多くの場合,その湿地周辺の地方の環境変化についての情報を提供し,ひいてはその地の文化の発達を時代を超えたよりよい理解を導く.

 湿潤な温帯気候では,大きな半球形のミズゴケ泥炭を形成する高層湿原が発達する湿地が見られる.高層湿原における環境条件は特に,その時代の環境の形跡や考古学的有機物を保存するのに好都合である.その考古学的有機物には,木製の構造物やたまには人々自身−骨格に加えて皮膚や髪の毛,衣服,そして最後に摂った食事の形跡さえ−含まれる.

 非常に古い湿地も比較的後生のものも,このようにそれ自体の歴史の,そしてその湿地周辺域の状況の形跡を内包する.人類の活動,すなわち過去に人々が湿地に認めた文化的価値の重大な証言を留める可能性を有しているのである.人々の歴史のどの時点においてもさまざまな道筋で湿地は常に人々にとって欠くべからざる重要性を持っている.そしてそれゆえに,われわれ人類の文化の歴史において湿地は重要な構成要素となっているのである.湿地の機能や価値に対する現存の脅威を緩和できるように湿地を保全管理する取り組みにおいて,この代替不可能な湿地の文化遺産も保全できるような計画づくりを進める必要があるという理解がますます高まってきている.


The cultural heritage of wetlands 琵琶湖ラムサール研究会 [英語原文:Ramsar Bureau. 2001. The cultural heritage of wetlands. Ramsar Information Pack for World Wetlands Day 2002, 11 sheets. [on-line] http://ramsar.org/wwd/2/wwd2002_infopack_pdfmenu.htm.
[和訳と編集:琵琶湖ラムサール研究会,2005年.HTMLページ左側に緑色で示したリンクに,情報集本文の参考になると考えられるものを同会が独自に紹介する.]


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