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ラムサール条約 情報集

湿地の文化遺産5:
文化遺産−その管理への挑戦



文化遺産−その管理への挑戦

湿地の豊かな文化遺産は,その湿地内や周辺に住む人々によるしっかりした管理がなくては創造もされずまた維持されることはない.その管理の方法や慣習そのものが,彼らによって生み出された構造物や景観と同様に文化遺産の一部をなす.それらによって今日まで生き残ってきたすばらしい湿地が世界中にある.地元社会やその国が高度な経済的見返りの要求に直面するなかで湿地における持続可能な利用を維持しようと努力するに従って,この遺産の重要性はますます高く認識されるようになってきている.

[フォガラの写真が,ラムサール条約事務局の写真エッセイ「アルジェリアのラムサール湿地」 () の8つめの湿地「ウレド・サイド・オアシス Oasis de Ouled Saïd」の紹介にある.]
[セントラ沼沢地「Pantanos de Centla Biosphere ReservePark Profiles, ParksWatch ()]

 今日まで継続して用いることに成功した古来の伝統的な管理の慣習がいくつもある.オーストラリアが世界遺産条約とラムサール条約に登録しているカカドゥ国立公園では,アボリジニ社会が数千年にもわたって伝統的管理を実施してきた.ここでは彼らにとって決定的な湿地の文化的,精神的,社会的役割を現在でも果たしている.同様に,メキシコのタバスコ州にあるラムサール湿地セントラ沼沢地では,マヤの人々がこの広大な湿地の資源を西暦600年ころからずっと調和的に利用してきた.アルジェリアではまた7世紀以来ずっと,人工的地下用水路であるフォガラ(カナート)を維持するための複合的な管理協力システムによってオアシスへの水供給が保証されてきた.

比較的変化せずに維持されている湿地管理慣習の例は多くあるが,脅威を受けている伝統的慣習も多い.

 論争を扱う興味深い伝統的管理慣習は合意法廷である.中世にスペインのバレンシア地方でかんがいを行なう地元の社会が単純だが効力のあるシステムをつくり,水争議をすばやく口述手続きにかけて高水準の社会的コンセンサスを得て解決するようにした.それは「水法廷 Tribunales de las Aguas」として知られ,1千年以上も施行されており,欧州で現在まで運用されている最も古い司法制度と思われる.法廷会合は毎週1回,大聖堂の玄関で開かれて公正を果たしている.

 比較的変化せずに維持されているこのような管理慣習の例は多くあるものの,人口の増加や都市化の進行ならびに経済機構の展開の脅威を受けている伝統的慣習も多く見られる.今日の課題は,伝統的知識を活用しつづけて文化的伝統を維持しつつ現在の需要にこのような慣習を適合させてゆくことである.革新的な管理戦略を地元の利害関係者と中央の行政府とのあいだのオープンな対話から発展させることが多くの場合に成功の鍵であることが証明されている.このことの重要性は1999年にラムサール条約締約国会議が採択した地元社会の参加指針に強調されている.

地元社会の参加指針,ラムサール条約決議.8附属書和訳]

 マリのニジェール川内陸デルタでは,牧畜民と農耕民ならびに漁民が発達させた管理システムを何世代にもわたって維持してきた.そのシステムは,一年の異なる時期にそれぞれのグループが氾濫原の資源を持続的に利用することを許すものである.最近数十年はしかし,人口の増加と厳しい旱魃が中央集権化に伴い,伝統的な慣習を変えなくてはならないようになってきた.その結果は貧困や争議,生態系の悪化を招いている.そこで,国際機関が地元民と国の政府の代表の協力関係づくりを支援して,地元社会の管理慣習を改良することをその解決策とした.このような地元社会主導の変化によって,この氾濫原における人々の伝統的ライフスタイルや文化の伝統の大半を維持できるようにすることができる.

[「Tikanga」 (マ+英) maori.org.nz

 地元の漁業者が魅惑的な伝統的管理システムを発展させて何世代も受け継いでいる例もしばしば見られる.ニュージーランドのマオリの人々にとって沿岸海域は彼らの漁場として陸上と同等の重要性をもつ.そこでかれらは高度に体系的な慣習をかれらの真理「tikanga」に基づいて発展させた.それは,海産物を集めたりやりとりする際には,その生き物の生態を詳しく理解することによって得られる精神的規範とその保全のための厳しい漁業規則に基づいて行なうということである.外の世界とつながってしまった今日では彼らがこれを維持することは,海産資源を利用しようとする他のユーザーからの要求と競合するなど,なかなか困難である.彼らの伝統的手法をいくつかの沿岸域で維持するために,ニュージーランド政府はマオリの人々に,彼らだけが非商業的な目的範囲内で海産物(魚類,貝類,海藻類)を収穫することができ,そして彼らの慣習とライフスタイルの実行可能性を保つことできるように維持管理してゆく権利を付与する特定の沿岸域を設定している.

2006 WWD Poster: Livelihoods at risk
2006年世界湿地の日のポスター危機にある湿地での暮らし.ラムサール条約事務局「World Wetlands Day 2006」 () より.

 セネガルのシネ・サルム川河口部では地元民が完全に統制する伝統的な漁業が人々の収入と食料の源として何世代も人々を養ってきた.セネガルの独立ののちより現代的な中央集権的な管理方法に道を譲り,その結果,沿岸域生態系の劣化に部分的に結びつき,小規模漁民と大規模漁民とのあいだの争議が起こり,最終的に伝統的ライフスタイルが崩壊してしまった.そこで,地元漁民,加工業者,卸売業者,地元の信仰と宗教の権威者を,研究者や政府の代表者とともに集めて,新たな管理計画づくりが進められた.その計画は,伝統的慣習を現代的な管理規則(新たな法制度を含む)と調和させるいっぽう,地元民に自分たちの漁業管理を自分たちで統制し完全な責任を持つことが盛り込まれている.この新たな戦略の重要な結果のひとつとして,魚の加工の役割を伝統的に引き受けてきた女性たちがこの意思決定プロセスに平等な立場で参加したことが挙げられる.女性が伝統的な漁業管理において本質的な役割を担ってきた同様の例は,エクアドルのグアヤキルや,コロンビアのカリブ海沿岸ならびに太平洋沿岸でも見られる.

 多くの場合,悲しい現実として,生態系が取り返しのつかない統制不能な変化を受けてしまった場合にもはや伝統的慣習は維持されえない.ネパールのラムサール湿地コシ・タップがこの例である.ここでは無統制の漁獲が資源を枯渇させてしまい,伝統的な漁民が生計を失なった.またその湿地生態系の生態学的特徴も害されてしまった.ラムサール条約小規模助成基金の支援で,漁民たちは養殖漁業の技術を学び,収入を得るための別の方法を獲得した.この場合,解決策はもはや伝統的技能の維持には役立たなかったが,事実上今日の新たな技能を発展させている.時間が経った将来に,伝統的な技能と文化遺産になることだろう.


The cultural heritage of wetlands 琵琶湖ラムサール研究会 [英語原文:Ramsar Bureau. 2001. The cultural heritage of wetlands. Ramsar Information Pack for World Wetlands Day 2002, 11 sheets. [on-line] http://ramsar.org/wwd/2/wwd2002_infopack_pdfmenu.htm.
[和訳と編集:琵琶湖ラムサール研究会,2005年.HTMLページ左側に緑色で示したリンクに,情報集本文の参考になると考えられるものを同会が独自に紹介する.]


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