琵琶湖水鳥・湿地センター ラムサール条約 ラムサール条約を活用しよう

「アジア湿地シンポジウム」
公開セミナー『ラムサール条約がめざすもの』
(1992年10月17日)での講演

ラムサール条約のねらいと役割

マイク・スマート

ラムサール条約事務局次長

アジア湿地シンポジウムの開催とM・スマート氏の講演

 琵琶湖は1993年にラムサール条約の登録湿地となった.それまでラムサール条約とはどういうものかについて滋賀県の人々はほとんど知らない状態だったが1992年に翌年の第5回ラムサール条約締約国会議が日本国内(北海道釧路市)で開催されるに先立ち開催されたアジア湿地シンポジウムを通して条約への理解が進み,翌年琵琶湖が登録湿地となる契機とになった.
報告書表紙 (7KB)  アジア湿地シンポジウムは1992年10月15〜20日に滋賀県大津市(10月15日〜17日)と北海道釧路市において,環境庁・滋賀県・北海道・(財)国際湖沼環境委員会(ILEC)・ラムサールセンター・ラムサール条約釧路会議地域推進委員会の主催で「湿地の保全と賢明な利用をめざして」というタイトルで開催された.海外からラムサール条約関係者が多く集まり,湿地とラムサール条約を巡る講演が多く行われた.
 これらの内容はILECから出版された報告書(磯崎博司・安藤元一・名執芳博編.1993.アジアの湿地の賢明な利用をめざして:アジア湿地シンポジウム議事録.(財)国際湖沼環境委員会,草津,285pp.)によって知ることできる.M. Moser氏(国際水鳥湿地保護機構)による「湿地の賢明な利用を進めるためのツール」など興味深い報告が多く含まれているが,英文のみの報告書である.

 ラムサール条約についての多くの講演・報告は,滋賀県の多くの人々にとってははじめて聞く内容であり,ラムサール条約がどのようなものかもう一つ把握できないままシンポジウムが進んだ.しかし10月17日に公開セミナーで行われたラムサール条約事務局次長のマイク・スマート氏の「ラムサール条約のねらいと役割」と題する45分間の講演は,ラムサール条約について基礎的な事項を述べられたものであるが,滋賀県の関係者にとって「目から鱗」の理解を得られた講演であった.
 それまでは,ラムサール条約が対象とする「湿地」のイメージが判らない人が多く,「はたして琵琶湖は湿地なのだろうか」という疑問も残っていたが,講演を聞いて「やっぱり琵琶湖は湿地なのだ」と,琵琶湖が登録湿地となる第一歩の納得が得られた.ラムサール条約はそもそも最初にできた国際環境条約なので,非常に敷居が低く各国の主体性にまかせられている部分が多いという指摘,その関係で「登録湿地」の考え方にも幅があるという指摘,水鳥とラムサール条約との関係,さらに「賢明な利用」のアイデアの展開など,基本的なポイントについて非常に分かりやすい講演だとの印象が残っている.
 残念なことにこの講演の内容はILECから出版された報告書にも掲載されておらず,原稿や講演の録音テープなどが残っていないようなので,当日の聴講者のメモと記憶に基づいてスマート氏の講演の骨子を以下にとりあえず紹介する.

(須川恒,琵琶湖ラムサール研究会)

講演骨子

 ラムサール条約の発足には水鳥が大きなかかわりがあった.1960年代に,国境を越えて渡りをする水鳥にとって重要な湿地の保護に各国政府がなんらかの措置をとってもらうにはどのようにすればよいかと,水鳥の研究者や関係者の中で模索があった.
 1971年にイランのラムサール市で「特に水鳥によって国際的に重要な湿地に関する条約」が締結された.湿地(wetland)と言う言葉は,幅広い意味を持った造語である.干潟や湿原はもちろん,川でも湖でも,珊瑚礁でも入る.海については深さを限定しているが,湖はどんな深くても全て湿地である.そのように湿地と言う言葉はいくらでも広く解釈できる.条約の正式名称にはそういう歴史的経過で水鳥という言葉が入っているが,湿地は動物の生息地として役割を果たすだけでなく人間にとっても重要な役割を果たす.
 ラムサール条約は最初にできた国際環境条約である.あまり最初から敷居を高くしてしまうと参加国がなくなるかもしれないと配慮して,できるだけ規制するといった義務を課すことを避け,各国の主体性にまかせる部分を多くした.
 締約国は以下の3つの責任がある.
 第1は,保護区となる湿地を少なくとも1ヶ所国際的登録簿に載せなさいというものである.これは当時にあっては革新的な考えであった.ただし,その保護区に関して国が主権を失うわけではない.
 第2は,湿地のワイズ・ユースの計画を立てなさいということで,これは登録湿地はもちろん,登録簿に載っていない湿地に関しても必要である.この考えは条約本文に述べられており,20年前には進歩的な考えであった.しかし湿地のワイズ・ユースに関する考えは長期間無視されていた.開発途上国がラムサール条約へ参加することがきっかけになって再度注目されるようになった.開発途上国では,湿地は水鳥保護のために必要ですと訴えても笑われてしまう.開発途上国では,湿地は大多数の国民の生活の維持に重要な役割を果たす点が認識されてきた.大きな工場をつくっても,国民の一部の人が儲かるだけである.しかし,湿地を保護し生かせば,多くの国民を食べさせることができる.ワイズ・ユースの考えは,1987年のカナダや1990年のスイスの締約国会議の際に,その考えを明瞭にする作業が進んだ.
第3は国際協力である.
 ヨーロッパでは,大きな河川は複数の国に渡って流れていることが多い.こういう河川の水資源の保全は国際協力なしには達成できない.また,国境地帯に重要な湿地がある場合に湿地の保護は両国の協力なくしてはできない.さらに,先進国が開発途上国へ湿地保全にかかわる援助をすることも重要な責任である.

 日本は1980年にラムサール条約に加入した.この年札幌で水鳥会議があり,釧路湿原が最初の登録湿地となった.ウトナイ湖,伊豆沼,クッチャロ湖も登録湿地になっている.
 どういう湿地を登録湿地とするかについて,ラムサール条約は条件は示している(たとえば渡来する水鳥の個体数が多いとか)が,どういった湿地を登録湿地とするかは,締約国にまかされている.大きく分けると,法的な保護が十分されている湿地を登録湿地とする厳密な考え方と,ともかく国際的責務から価値のある湿地を登録して,保護策は後から行う国がある.日本は,どちらかというと前者の厳密な考え方をしている国である(国設鳥獣保護区の特別保護地区として法的保護が担保された場所を登録湿地としている).しかし,別の考え方もあることにも注目して欲しい.登録湿地は,できれば広い集水域をカバーしたものであることが望ましい.
 ラムサール条約には締約国の拠金により事務局がつくられている.地域の代表による常設委員会が1年に1回開かれている.最高の意志決定は,3年に一度の締約国会議で行われる.ラムサール条約はその発足からNGOと密接な関係を持っている. ラムサール条約と関係の深い国際NGOは,IUCN,WWF,IWRB(現 Wetlands International),ICBP(現 BirdLife International)である.
 来年釧路で開催される第5回締約国会議は,イランを除くとアジアではじめて開かれる締約国会議であり,ラムサール条約の進展に重要な役割を果たすことはまちがいない.


琵琶湖ラムサール研究会,2001年6月1日掲載.

[ Top ] [ Back ]


第1部:ラムサール条約とはなにか?

  1. 『ラムサール条約とは』
  2. 『ラムサール条約のねらいと役割』
  3. 『ラムサール条約とこれからの湿地保全のありかた』
  4. 『水鳥を通して知る琵琶湖周辺の注目すべき湿地の存在とその保全』
  5. 『東アジアガンカモ類ネットワークの発足とその意義』
  6. 『湖北地方のオオヒシクイの生態と生息地保全』
  7. 『ラムサール条約登録湿地として見た琵琶湖』

琵琶湖水鳥・湿地センター ラムサール条約 ラムサール条約を活用しよう

Copyright (C) 2001 Ramsar convention's group for Lake Biwa . All rights reserved.