「山の中でひとり」  第147話
2cb900a038-1235550390.png  空が赤くなってきたので、水着を脱いでそのまま服を着た。
「おじいちゃん、パンツは?」
「タオルしか持ってきてないぞ?」
 そう言えばおばあちゃんの家で水着に着替えて、その上から服を着て出てきた。
「えっと…。わすれた。」
 まったく。と呆れながらおじいちゃんはタオルで私の髪を拭く。その間に前ボタンを締めて紐を締めた。
 帰り道、岩場を登る途中、少し立ち止まって二人で海を見た。海から吹く風と波の音が涼しかった。
「おじいちゃん、少しお話しして?」
 おじいちゃんは私の隣まで上がってきて岩場に腰を下ろして海を見た。

「子供の頃、私は対話と言うことを知っていた」
 おじいちゃんが静かに話し始めた。
「ところが文明人になってから…、部族を離れ、国のために戦えば、今よりも部族の社会的立場や生活は良くなるだろうと思い、軍隊に入って、自然科学を学ぶ内に、そういう優雅な振る舞いを忘れてしまった。そして、どうしても思い出すことが出来ない。その事に気が付いたとき、とても悲しかったよ」
「勉強をしたこと?」
「違う。尊敬する心を忘れていたことが、とても悲しかった。」
 おじいちゃんは私の頭を撫でる。
「学ぶと言うことは尊いことだ。学びなさい。そして沈黙しなさい。」
「どうして?」
「沈黙によって身体と精神と魂。完全な均衡が保たれる。そうすればたおやかでいられる。そして尊敬しなさい。木の葉が揺れること、海や川や湖が波打つことに、風が吹くことに、自分を生かしている全ての物に。」
「何だか難しいな。よく分からない…。私に出来るかな?」
「まずは感謝しなさい。朝起きて、太陽の光と、お前の命と、お前の力に。そして、学びなさい。注意深く。もし、どうして感謝しなくてはならないか分からなくなったら、用心しなさい」

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