賃料の増減請求問題について


 借り手市場と言われている昨今、オーナーからの賃料増額問題、あるいはテナント側からの一方的な賃料の減額請求など、「賃料の増減請求問題」が発生しています。今回は、これらの問題を焦点にあて、Q&A方式で解説します。


Q1.テナントが勝手に減額した家賃を支払ってきたり、新規賃料を下げたりした場合はどうなりますか。


A1.借り手市場の昨今、賃料の減額問題がクローズアップされています。テナントは家賃が高いと思っても勝手に減額することはできません。オーナーが応じない場合には賃料減額請求をし、その上で調停を起こす必要があります(調停前置主義)。調停でもまとまらない場合は、賃料減額請求事件を起こすことになります。そして、そこで減額が相当という判決が確定して初めて減額が認められるのです。この場合、オーナーは、減額請求があった日から判決確定までの従来賃料の差額に年1割の金員を上乗せして賃借人に返還する必要があります。
 したがって、テナントは、それまでは従前通りの額で賃料を支払う必要があり、勝手に減額した賃料を支払ってきた場合は契約違反(債務不履行)となり、オーナーは、従前通りの額で賃料を支払うように催告し、それでもテナントが応じない場合は、オーナーは契約解除の意思表示をすることができます。ただし、どのような場合でも解除できるかについては以下の参考判例のように信頼関係の破壊ということを一つの基準としていますから注意を要します。
 オーナーから賃料増額請求があった場合には、テナントは従前の賃料以上であれば自己が相当と認める賃料を支払えばよいのですが、それと混同しているテナントがたまにいますので法律関係をよく説明してあげてください。
 なお、減額してもらってきたものをそのまま受け取ってしまうと賃料減額についての合意が成立したものとされてしまう恐れがあります。したがって、あくまで賃料の滞納として取り扱う必要があります。相手が応じないときは、「○月分の賃料については賃貸借契約書での定めでは○○円をお支払いいただくことになっていますが、××円しかお支払いいただいておりません。これは賃貸借契約○条に違反する行為ですので、本書面到達後、○日以内に未納金××円をお支払いください。」と督促する必要があります。
 なむなく減額を認める場合には、約定賃料そのものを減額するのではなくて、以下のような一定期間賃料の一部の支払いを猶予するという内容にしておくべきです。いったん減額した上で一定期間後の増額の特約をしても賃借人にとって一方的に不利益な特約(借地借家法30条)として無効になってしまう可能性があるからです。少し高等戦術すぎるかもしれませんが、覚えておかれてもよいでしょう。
<特約例>
「甲乙間の平成16年○月○日付け賃貸借契約の賃料は月額金14万円であることを相互に確認する。ただし、平成16年4月分から平成17年3月分までの賃料の支払いについては月額金13万5000円とし、約定の月額賃料14万円との差額である金5000円の支払については支払を猶予する。平成17年4月分以降は、乙は約定賃料月額金14万円を支払い、次回の更新時まで約定賃料を滞りなく支払ったときは、それを条件に猶予期間中である平成16年4月分から平成17年3月分までの間、支払いを猶予した賃料合計6万円の支払いを免除する。」
《参考判例》
1.建物賃貸借において、賃料減額請求をした後、一方的に自己の主張する減額した賃料の支払いを継続した賃借人に対し、賃料不払いを理由として賃貸人のなした賃貸借契約解除が肯定された事例(東京地判平成10年5月28日、判時1663号112項)
2.建物賃貸借において、賃料減額請求をしたうえ、自己の主張する額の賃料の支払いを継続した賃借人に対し、賃貸人がなした賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除を有効と認めた事例(東京地判平成6年10月20日、判時1559号61項)
3.借家人が賃料減額請求したうえ提供した減額賃料の受領を拒絶されたために5ヶ月分の賃料を滞納したとしても、判示事項に徴して信頼関係を破壊するに至らない特段の事情が存在したとし、賃料不払いによる契約解除を認めなかった事例。


Q2.一棟の共同住宅において、賃料に格差が生じている場合の借主からの値下げ交渉について教えてください。


A2.これについては、@契約期間の途中でも値下げに応じなければならないか、A値下げを認めて契約書を作成する場合、労務報酬を取得できるか、その場合、誰から取得できるのか、がポイントとなります。
 @については、賃借人は減額請求できますが(契約書上「契約期間中でも増減請求できる」とするものが多い)、賃貸人が必ずしもそれに応じる必要はありません。なお、判例の中には、賃貸借期間は、原則として賃料の据置期間と推定するというものもあります(東京地判昭和55年4月14日判時982号134項)。また、賃料増額請求において、一定期間の経過は、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎないとした下記の最高裁判例があります(第2小判平成3年11月29日判時1443号52項)。
 「建物の賃貸人が借家法7条1項の規定に基づいてした賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が土地または建物に対する公租公課その他の負担の増減、土地または建物の価格の高低、比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない。したがって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過していないことを理由として、その間に賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料の増額請求を否定することは、同条の趣旨に反するものといわなければならない。」
 ただし、新賃借人に対して賃料、保証金を減額して賃貸したことから、既存の賃借人が減額を申し入れ、拒否されたことから生じた賃料不払いについて、信頼関係の破壊に至らない特段の事由があるものとして、賃貸人の明渡し請求を棄却し賃料の減額を認めた事例があります。保証金・敷金は賃料のように一方的な意思表示によって変更できる性質のものではないので減額請求は認められませんでした(名古屋地判昭和59年2月28日判時1114号56項)。
 Aについては、依頼者が賃貸人である限り、賃貸人から取得すべきで賃借人からは取得できません。賃料の交渉の途中で賃借人から賃料減額の申し入れがあり、交渉の結果、実際に減額が実現してもそれをもって賃借人からの依頼があったとすることはできません。これは宅建業法上の問題ではなく、民法理論の問題です(なお、社団法人東京都宅地建物取引業協会作成の労務報酬規定参照)。


Q3.賃料を減額しない特約の有効性について説明してください。


A3.長引くバブル崩壊後の不況下において、ビル賃料の減額をめぐる問題が多発しましたが、賃貸借契約において賃料を減額しない旨の特約があった場合、それでもなお減額請求ができるかということも一つの重要な問題となりました。
 「減額しない」という特約としては「減額しない」旨を明記した契約でないとしても、サブリース契約において賃料の最低額を保証する旨の条項がある場合も含まれるでしょう。また、一定期間の経過により一定割合を増額する旨の特約(2年毎に5%を増額する等)も、増額を約する以上減額はしない趣旨を含むものと考えられますから、減額しない旨の特約の一種とみてよいでしょう。
 賃料の増額に関し、借地借家法32条1項は、借賃(賃料)が「……不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、……増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。」と規定しています(なお、旧借家法の規定<旧法7条1項>も同様でした。また、借地に関しても同様の規定があります<借地借家法11条1項、旧借地法12条1項>。
 この規定によれば、一定期間増額しない旨の特約は有効だが、それ以外にどのような特約、すなわち契約条件があっても、「契約の条件にかからわず」増減請求ができるということになるのであり、減額しない旨の特約があっても、減額請求ができると解さざるを得ません。これはかねてからの判例(大判昭和13年11月1日民集17巻2089頁)でもあり、学説上も通説であり、異論がありませんでした。また、最近、最高裁は、「経済事情などに照らして、著しく不相当といえない限り」自動増額を認めるべきだといって賃貸人を勝訴させていた原審(東京高判平成14年1月31日)を破棄し、自動増額特約の有効性を認めつつ、その基礎となっていた事情(バブル)が崩壊して、その特約によって賃料額を定めることが不相当になった場合には、当事者は自動改定特約に拘束されず減額請求し得る旨の判決を下しています(最1小判平成15年6月12日、民集7.6.595、金融法務事情1686.122、最3平成15年10月21日、最1平成15年10月23日)。
 ただし、減額請求できるということと、裁判所がその減額請求を正当と認めて実際の減額を認めるかは別個の問題ですので注意をしてください。


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