賃貸不動産に係る家賃等の督促行為

今回のホームページでは、ここ数年問題とされてきた家賃の督促等の行為につき、何が問題となるかを改めて整理・概観して、今後の業務の参考にしていただくとともに、現在招集さている第174回通常国会には、悪質な家賃等の取立て行為を規制する法案が政府から提出されていますので、その内容についても紹介することにします。

1.はじめに

 賃貸不動産、とりわけ賃貸住宅の家賃等の督促の在り方については、一昨年暮れごろから、一部の家賃保証会社等における悪質な取立て行為(鍵の交換、居室内の動産等の搬出、深夜早朝に及ぶ取立て等)が社会問題化され、昨年2月には、国土交通省住宅局住宅総合整備課長名により、家賃保証会社等における督促行為の在り方につき注意を促す通知が関係団体あてになされたところです。
 しかし、その後も一部業者ではありますが、同様の行為は繰り返され、裁判等においても、当該行為が不法行為に当たるとして損害賠償等の請求がなされています。
 そこで、この問題について改めて整理・概観するとともに、現在提出されている法案の内容についてもみてみましょう。

2.家賃取立てに関し、問題が生じる可能性がある場合の対応

 家賃等の滞納は、借主としての基本的な義務である賃料支払い義務に反する債務不履行行為に当たります。不払い等に対しては、債権者である貸主や、その委託を受けた業者において、債務者である借主等に対して不払い等の事実を告げ、支払いを促すことは、当然に権利として認められる行為です。しかし、その方法には一定の制限があり、その制限を超えた対応は、不法行為と評価されることになります。
 家賃等の徴収、督促等については、現在のところ法律上、明文化された規制はありません。しかし、専門家としてのコンプライアンス(法令遵守)の観点からは、何をやってもよいということには当然になりません。例えば家賃の徴収、督促等は、金銭債務の徴収等という点において、消費貸借上の貸金の徴収等と同様の性質を持ちます。貸金業者が行う貸金等の徴収等については、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」といいます)や金融庁が示すガイドラインで、明文でルール化されているところであり、その考え方は、必要に応じて家賃の徴収、督促等にも十分に参考にすべき場合があります。
 ここではまず、家賃等の徴収、督促等に関し、問題が生じる可能性がある対応として従前から指摘されてきた事項を、過去の裁判例や貸金業法における取扱い等も参考に整理してみましょう。

A.家賃等の滞納の事実を文書の貼付け等により公表すること

 家賃等の滞納は、賃貸借契約上の問題であり、貸主対借主の個人間の問題です。にもかかわらず、その問題を第三者の目にも触れるような形で、しかも金銭債務の不履行という事実が明らかになるような形で公表することは、督促方法として合理性・相当性を欠くものであると考えられます。
 貸金業法でも、取立て行為の規制として、「はり紙、立看板その他何らかの方法をもってするを問わず、債務者の借入れに関する事実その他債務者等の私生活に関する事実を債務者等以外の者に明らかにすること」が禁止されています(貸金業法第21条第1項第5号)。

B.いわゆる深夜の時間帯における電話・訪問等による督促

 借主に家賃滞納という債務不履行があるとはいえ、その督促は、借主らの私生活の平穏を保持するという観点から、社会通念に照らし合理的な方法で行われなければなりません。
 借主側の都合により訪問時間の指定等がある場合や、どうしても連絡がつかない場合などの正当な理由がない限り、深夜時間帯の督促行為は督促方法として合理性・相当性を欠くものと考えられます。
 深夜0時過ぎまで督促がなされたことに対し、慰謝料請求が認められた判決もあります(福岡簡裁判・平成21年2月17日判決)。
 ちなみに、貸金業法では、取立て行為の規制として、「正当な理由がないのに、社会通念に照らし不適当と認められる時間帯として内閣府令で定める時間帯(夜8時以降翌朝7時まで)に、債務者等に電話をかけ、若しくはファクシミリ装置を用いて送信し、又は債務者等の居宅を訪問すること」を禁止しています。なお、この場合の「正当な理由」としては、債務者等の自発的な承諾がある場合、債務者等と連絡をとるための合理的方法がほかにない場合」があげられているところです(貸金業法第21条第1項第1号、同法ガイドライン)。

C.勤務先等借主の居宅等以外の場所に電話、訪問等をして督促すること

 借主に家賃滞納という債務不履行があるとはいえ、その督促は、借主の社会生活上の平穏を保持する観点から、社会通念に照らし合理的な方法で行われなければなりません。
 借主側の都合により連絡先を居宅居宅等以外に指定している場合や、どうしても連絡がつかない場合などの正当な理由がない限り、居宅等以外の場所への督促行為は督促方法として合理性・相当性を欠くものと考えられます。
 この点、貸金業法では、取立て行為の規制として、「正当な理由がないのに、債務者等の勤務先その他の居宅以外の場所に電話をかけ、電報を送達し、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は債務者等の勤務先その他の居宅等以外の場所を訪問すること」を禁止しています。
 なお、勤務先等に督促することが認められる「正当な理由」としては、
・債務者等の自発的な承諾がある場合
・債務者等と連絡をとるための合理的方法がほかにない場合
・債務者等の連絡先が不明な場合に、債務者等の連絡先を確認することを目的として債務者等以外の者に電話連絡をする場合
があげられています(貸金業法第21条第1項第3号、同法ガイドライン)。

D.督促のために借主の居宅等を訪問した場合、借主から、その場所から退去するよう要請されたにもかかわらず退去しないこと

 借主に家賃滞納という債務不履行があるとはいえ、その督促は、借主らの私生活の平穏を保持するという観点から、社会通念に照らし合理的な方法で行われなければなりません。
 居宅内で督促をした際に、借主側から退去を求められたにもかかわらず退去しないことは、督促方法として合理性・相当性を欠くものであるとともに、不退去罪等にも該当しうる不法な行為です。
 管理会社担当者からの督促に対し、借主が退去を求めたにもかかわらず、担当者がそれに応じず督促行為が長時間に及んだ事案につき、慰謝料請求が認められた判決があります(福岡簡裁・平成21年2月17日判決)。
 ちなみに、貸金業法では、取立て行為の規制として、「債務者等の居宅又は勤務先その他の債務者等を訪問した場所において、債務者等から当該場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、当該場所から退去しないこと」を禁止しています。しかも、この場合には、一定時間帯外の取立てのように、「正当な理由がある場合には禁止されない」といった趣旨の例外事由は定められていません(貸金業法第21条第1項第4号)。

E.借主等滞納家賃の支払い債務がない者に対し、弁済を要求すること

 賃貸借契約において家賃滞納があった場合に、その支払義務を負うのは、借主と契約において借主以外の第三者が家賃等を支払うものとの取り決めがあった場合の当該第三者、保証人です(さらに、同居の配偶者も、日常家事連帯債務者として支払い債務があるとした裁判例もあります)。
 したがって、それ以外の同居人や、親族に対し請求することは、義務なき者に対し弁済を求める行為に当たるため、督促方法として合理性・相当性を欠くものとなりましょう。
 貸金業法では、取立て行為の規制として、「債務者等以外の者に対し、債務者等に代わって債務を弁済することを要求すること」を禁止しています。しかも、この場合には、一定時間帯外の取立てのように、「正当な理由がある場合には禁止されない」といった趣旨の例外事由は定められていません(貸金業法第21条第1項第4号)。

F.借主等が支払いを拒否しているにもかかわらず、引き続き督促を行うこと

 借主等が支払いを拒否している場合、拒否の理由にもよりますが、一応は、家賃債務の存在そのものを争っていると評価できます。
 したがって、この場合も引き続き督促行為を行うことは、弁護士法で禁止されている「弁護士以外の者が報酬を得て法律事務を行うこと」に該当する可能性が高いものといえます。

G.家賃等の滞納があった場合に、物件の開錠を阻害する行為を行うこと(いわゆるドアロック行為)

 家賃等の督促の方法として鍵の交換等を行うことは、自力救済禁止の法理(権利を実現するために強制力を行使する場合には、原則として裁判所等公権力の力を借りる必要があり、私人がそれを行うことはできないという取扱)に抵触し、かつ、必要性・相当性等も認められないことから、不法行為に該当します。
 また、契約書中に、あらかじめそのような対応がなされることを借主が条件つきで承諾する旨の規定が設けられることがありますが、このような内容の規定は、消費者契約法等により無効とされたり、特約が不存在とされる可能性が高いと考えられます。
 家賃滞納の場合に鍵の交換が可能とする賃貸借契約条項に基づき、借主が物件の使用を阻害した事案で、貸主および管理会社に対し、損害賠償を命じた判決があります(札幌地裁・平成11年12月24日判決)。

H.一定の事由が発生した場合に賃貸借契約を解除する(賃貸借契約の解約の申入れをする)権限を、あらかじめ借主が保証会社等の第三者に付与すること

 賃貸借契約上、借主に家賃滞納等の債務不履行があった場合、貸主側は契約解除をすることができますが、その場合には、単に債務不履行があったということだけではなく、そのことにより当事者間の信頼関係が破壊されたと評価される必要があります。家賃滞納の場合、一般的には3ヶ月程度の滞納が、解除が認められる一つの目安とされているところです。
 上記約定は、家賃滞納があれば、保証会社などの第三者が借主を代理して解除することになり、信頼関係破壊の法理の適用を回避して容易に契約を終了させることができるという効果があります(貸主側は家賃滞納があれば信頼関係は破壊されていると考えますので、借主側から解除・解約申入れがあれば、そのまま応じ、契約を終了させることが通常と評価されます)。
 しかし、契約を終了するか否かは、借主にとって重大な問題ですので、契約を終了させる時点においても、現実にその意思があることが要請されます。
 したがって、解除権等の行使に係る代理権があらかじめ授与されていたとしても、解除等の時点で改めて借主自身の意思を確認するか、あるいは借主が改めて第三者に当該代理権を付与する旨の表明がない限りは、代理行為としての法的効力が生じえない(解除・解約申入れは無効である)ものと評価される可能性が高いと考えられます(なお、これは家賃滞納等の場合に限られるものではなく、その他の債務不履行の場合でも同様です)。

I.家賃滞納があった場合、物件内の動産を搬出し、処分をすること

 契約が終了した場合でも物件内に借主等の所有物が残っている場合には、当該所有物(残置物といいます)の所有権は借主等が有しているため、所有権の放棄や当該処分等を貸主等に委任する意思がない限り、裁判所の力を借りないで勝手に処分することは、所有権を侵害し、または自力救済禁止の法理に触れ、不法行為となります。
 ましてや、家賃等の督促方法として、物件内の動産等を搬出し、処分することが自力救済禁止の例外として認められる余地はほとんど考えられません。
 また、この問題を回避すべく、家賃等の滞納があった場合、借主が物件内の動産の所有権を放棄したものとする旨をあらかじめ当初の契約書で定めておく方法も見られますが、所有権の放棄という重大な問題については、表示の時点において現実にその意思があることが要請されます。このような定めのもとに示された事前の条件付きでの借主の所有権放棄の意思が、家賃滞納の時点でも有効に存在すると評価されるかは極めて疑問です。また、消費者契約法や公序良俗の観点からも無効とされる可能性が高いでしょう。

3.家賃取立てに係る法規制の動き

(1)法案提出までの流れ
 家賃等の徴収、督促に関しては、従前から一部の悪質な取立て行為が問題とされてきましたが、直接の法規制はないことから、民法や刑法などの一般法の適用や、他の法制度の趣旨等を類推して、コンプライアンス等の観点から、これらの問題が取り上げられてきたところです。
 ところが、一部の家賃保証会社等の悪質な取立て行為が社会問題となったことなどに伴い、政府部内で法規制の動きが急速に進み、平成22年2月23日に「賃借人の居住の安定を確保するための家賃債務保証業の業務の適正化及び家賃等の取立て行為の規制等に関する法律案」が閣議決定され、第174回通常国会に政府提出法案として提出されたところです。
 この法案は、家賃保証会社をめぐる最近の諸情勢をふまえ、家賃保証会社や家賃等弁済情報提供事業者につき業規制および行為規制を行うこととしています。しかし、上記2.で指摘した鍵の交換、深夜に及ぶ督促等、家賃等の悪質な取立て行為は、家賃保証会社だけではなく、貸主や、貸主から家賃徴収等の委託を受けた者が主体となる場合もありえます。
 したがって、この法案では、「賃貸住宅の居住の安定を確保する」という観点から、同時に、賃貸事業者(貸主)や貸主から委託されて家賃等の徴収等を行う者等も広く対象として、賃貸住宅における悪質な家賃等の取立て行為について罰則付きで行為規制を設けているところです。
 まだ国会審議中の法案ですが、成立すれば賃貸住宅に携わるさまざまな関係者にとって大変重要な法律となりますので、家賃取立て行為の規制に係る部分につき簡単にその概要を紹介しておきます。(法律案の全文等は、国土交通省HP上に掲載されています)

(2)家賃等に関する債権の不当な取立て行為の禁止
@本法案で家賃取立て規制の対象となるのは、
ア.家賃債務保証を業として行う者
イ.「賃貸住宅」を賃貸する事業を行う者
ウ.ア・イから家賃関連債権を譲り受けた者
エ.ア・イ・ウから債権の取立てを受託した者
です。
 宅建業者は、このうちのイまたはエに該当しうることになりましょう。

A禁止される家賃取立ては、「賃貸住宅」の「家賃の取立てに際し」行われる次の行為です。
ア.面会、文書の送付、はり紙、電話をかけること、その他いかなる方法をもってするかを問わず人を威迫する行為
イ.人の私生活もしくは業務の平穏を害するような言動
<例>
(a)鍵の交換等によって、「賃借人」が当該賃貸住宅に立入ることができない状態とすること(いわゆるドアロック)。
(b)賃貸住宅から衣類、寝具、家具、電気機械器具その他の物品を持ち出し、及び保管すること。
(c)夜間(国土交通省令・内閣府令で時間帯が定められます)、「賃借人」・保証人を訪問し、または電話をかけたところ、当該「賃借人」・保証人が、今後はしないよう申し出があったにもかかわらず、その後、夜間に連続して訪問し、または電話をかけること。
(d)「賃借人」に対し上記(a)〜(c)の言動をすることを告げること、保証人に対し、上記(c)の言動をすることを告げること
※なお、本法案では「賃借人」とは、「賃貸住宅の賃借人(法人及び当該賃貸住宅を転貸する事業を行う個人を除く)をいう」とされています。したがって、行為の相手方が法人借主や転貸事業を行う個人が借主の場合には、(a)〜(d)には該当しません。

Bこれらの行為規制に違反した場合、「2年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」とされています。

4.最後に

 家賃等の徴収、督促については、「3.家賃取立てに係る法規制の動き」で述べたように、まだ国会審議中ですが、罰則付きで法規制がなされる動きもあります。また、コンプライアンスの観点からは、直接の法規制の有無にかかわらず、「2.家賃取立てに関し、問題が生じる可能性がある場合の対応」で指摘したような取立て行為は問題とされますので、そのような取扱いはしないよう注意する必要があります。
 この問題は、宅建業法上の問題とは異なり、貸主から委託を受けた場合に限らず、宅建業者が自ら貸主になる場合にも等しく問題とされる点にも注意が必要でしょう(3.の法案が成立すれば、貸主から委託を受けが場合でも宅建業者自らが貸主の場合でも、等しく法律の適用対象となります)。
 一方、これらの動きは、正当な権利行使としての滞納家賃の回収に対する委縮効果も懸念されるところです。
 宅建業者としては、上記2.の内容をふまえ、かつ、今後3.で示した家賃取立てに係る法案の審議過程や成立後に示されるであろうガイドライン等、今後の情報に十分留意して、悪質な取立て行為を回避しつつ、正当な方法による滞納家賃等の回収につとめ、賃貸住宅の適正な契約関係の保持にご尽力いただくことが期待されます。


株式会社フジヤ
〒520−0046
滋賀県大津市長等2丁目3−28
TEL 077-525-2233 FAX 077-523-5392