麻の歴史

 人類の歴史は麻の歴史に通ずるといわれてきた様に、古くは紀元前四千年頃にエジプトの遺跡から亜麻の布が出土しており日本でも弥生式土器文化の時期に苧麻(からむし)で紡績された布断片が発見されている。
また奈良時代の仏画や調度品にも麻布が使用されていることが明らかである。
近江麻布の歴史

 近江上布(古来、麻織物は上布と呼ばれた。)の起源は不詳だが湖東の名刹金剛輪寺に室町時代の文書が現存し、その当時麻布の製織が行われたことが記録されている。
 そもそも近江は、四周を山々に囲まれ中央の琵琶湖より発する湿気が麻の製織に最適であることが当地の麻布発展の大きな原因となった。
 江戸時代に入り、彦根藩は農家の副業として麻製造に大いに力を入れ奨励した。製織された麻布は、近江商人により全国に行商販売され各地の物産の交流の中心となった。この様に織屋、織手、仕入屋、商人が打って一丸となり、勤勉努力を重ねた結果たいへん繁栄した。

 経糸又は緯糸、あるいはその両方の糸を染め分けて絣糸を作り、織合わすことによって柄を表現した先染め織物。
 わが国の絣技術は、おそらく東南アジアから先に伝えられていたものが、九州に上陸し、その後四国や本州の各地に広まって行ったと考えられている。江戸時代半ばの事である。
 「括る」や「縛る」という意味のインドネシア(マレー)語のイカット(IKAT)が今日、世界で「絣」を意味する共通語として使われている。
絣は先染め織物なので生地の表裏がない。また用いる緯糸の色彩により、織上がりに変化が現れ、ソフトな感じが生まれる。
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ほぐし

 経糸を整経し、その経糸に型染め(捺染)する方法。
フランスで経糸捺染絣とよばれる技法があり、それが日本に明治の頃、伝えられたと考えられる。
 本来、緯糸を粗く仮織りした織物に捺染を施し、その緯糸を解しながら、また新たな緯糸を織ったところから、ほぐし織と呼ばれるようになった。
かすみ

 糸を綛の状態で部分的に染める方法。
染まり方が、かすみがたなびくようなので、かすみ染めと名づけられた。絣技法の一種。
ちぢみ

 ヨコ糸に撚糸(ねんし)を用いて織り上げた後、水に浸して揉み込みシボをだしたもの。今では機械を利用して布を揉むが、上質な薄い生地においては、職人の手で揉み込むことにより独特のシボ感を作り上げている。
撚り(より)方を強くすると、現れるシボが強くなり楊柳と呼ばれる。
シボの表面効果により、布が肌に面ではなく点で接触し、独特な肌触りと、肌と布の間を風が通る清涼感を体感できる。

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