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(1)は,東海道(1)で記述した義仲寺です。
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(2)は,旧東海道に面した法傳(伝)寺と石坐(いわい)神社です。 |
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(a)法傳(伝)寺:
天智3年(664年)建立された天智天皇(626〜671,在位668〜671)ゆかりの寺です(真宗,仏光寺派)。
壬申の乱で叔父の大海人皇子(後の天武天皇)に敗れ,25歳で自害した大友皇子を,子の與多王(よたおう)が
住職となり,弔いました。その後は,代々の大友一族によって守られてきました。現在も大友家がお守りしており,
63代めにあたるそうです。
しかしこの寺には「(天皇に背いた国賊としての大友皇子を祀っていることを)言うな,見せるな」という厳しい規律が
あったようで,長い間世間に伏せられて来ました。
公開されたのはつい最近,25年前に1,300年祭を行ってから後だそうです。
(NHKの「その時歴史が動いた」の番組で公開されました<平成18年2月8日>。)
なお,大友皇子は,我国最初の漢詩作りの元祖ともいわれ,明治になって正式に「弘文天皇」と追認されました。
(根拠は,神武天皇から堀川天皇までの記述がある平安時代末期の「扶桑略記」や,神武天皇から仁明天皇までを記して
いる12世紀成立の「水鏡」に,大友皇子が近江朝廷で即位していたと書かれているため。)
大友皇子を祀る鳥居川御霊神社が,Bの地域(16)にあります。
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(「天智天皇御尊牌奉安 法傳寺」とあります。) |
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(表の表札は,大友姓です。) |
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(天智天皇と大友皇子の位牌,大友皇子の像,與多王の木造などが祀られていました。) |
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(b)石坐(いわい)神社:
この神社の祭神は,(a)海津見神(わたつみのかみ),(b)天智天皇,(c)大友皇子,(d)伊賀采女・宅子(いがのうぬめ ・やかこ)
<大友皇子の母>,(e)豊玉比古命(とよたまひこのみこと),(f)彦坐王命(ひこいますおうのみこと)です。。
大友皇子座像,伊賀采女・宅子座像などが祀られています。
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社伝によれば,干害の際,お祈りをしたら願いが叶ったので信仰が厚かったそうです。
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