
99/12/31(金)
18:00。いよいよ1000年代最後の日が暮れようとしています。今日は朝からなんとか年賀状を出しに行くことができました。おそらく元旦には届かないでしょう。みなさんごめんなさいね。今、テレビでは2000年まであと6時間という事で何が起こるのかを盛んに予想しています。ちょっとドキドキしながら2000年を迎えることにしましょう。さあこれから新年に送るデジタル年賀状の作成をすることにします。
99/12/30(木)
22:15。午前中、本年最後の練習を行いました。参加者は16人でした。練習のあと部室と体育館の大掃除をしました。新年最初の練習までわずか3日ですが1年の締めくくりとしてのけじめは必要です。午後、公私ともに通帳の記入をしに各銀行を回りました。私が実行する唯一のY2K問題への対処です。周りの人に聞いてみても2000年問題対策など何もしていないという人ばかりです。それなのに学校の備品で石油ストーブを購入しようとしたら、2000年対策で売り切れだと言われます。いったい誰がそんなことしているのでしょうか。それとも「何にもしていないよ」というのはウソで、実はみんなウラでは対策万全で新年を迎えようとしているのでしょうか。
99/12/29(水)
23:31。朝からショートステイをさせていた母親を迎えに行きました。ホームの職員さんからは機嫌良く過ごしていた、と聞かされましたが、本人に言わせると「意地の悪い年寄りがたくさんいた」と言っていました。果たしてどうだったのでしょう。これからも、ときどきは利用しなければならないこともありそうなのですが、本人はどう思っているか気になるところです。午後は学校に行き年賀状を作りました。投函できるのは明日の夕方か31日になりそうです。
99/12/28(火)
22:04。沖縄から帰ってきました。こちらに帰ってきてもけっこう暖かいと思いましたが、沖縄では半袖でも十分なぐらい。半袖・短パンで歩いている小学生を見ると、まるで夏休みかと思うほどです。ホテルのエアコンも冷房だけでした。でも町にでるとストーブを売っている店がありました。何に使うんやろう。試合の成績の方は個人戦ダブルス・シングルスとも1回戦負け。団体戦も1回戦負けですが、わたしは2番手で出場し1勝を上げました。滋賀県選手団では50歳代女子でA中学校のM先生が3位入賞を果たされました。滋賀県としては快挙だと思います。ところで沖縄に行っている間にびわこカッ

プがありました。水口中は4人の2年生のうち2人がケガをして十分な試合ができない状態ながら、3位に入ることができました。ケガさえなければ優勝も十分にあり得たのですが、仕方がありません。状況からすればよくやった方だと言えるでしょう。これを教訓として来年の近畿・全国をめざしてがんばってほしいものです。
99/12/24(金)
22:12。明日から全国教職員卓球大会に出場するため沖縄に行きます。試合の方は勝てないだろうと思いますが、今回は平成13年度滋賀大会に向けての視察が第1の目的です。ゆっくり観光している時間はないでしょう。せっかくの沖縄なのに残念です。母親は町の特別養護老人ホームにショートステイ入所をさせたのでとりあえず安心です。がんばってきましょう。
99/12/23(木)
23:24。三重県の強化練習会に参加しました。朝になって急にエースの選手とダブルスの一人が、こけて腰を打ったとか足を挫いたとかで不参加となりました。2年生2人と1年生4人では勝てるわけがありません。結局予選リーグ3位、午後の下位チーム戦で2勝2敗という成績に終わりました。滋賀からは兄弟社・八幡東・日枝・石部の各チームが参加をしていました。参加していた中では熊取が強いように思われました。滋賀県1位の兄弟社は朝暘と熊取に負けました。やはり今年の滋賀のレベルは低いようです。チャンスといえばチャンスですが、すこし情けない気がします。
99/12/22(水)
22:05。2学期が終わりました。なにかバタバタしている内に時間だけが過ぎていきます。まだ年賀状も書いていないし、年内にやらなければならない仕事もたくさん残っています。25日からは教職員卓球大会のために沖縄へ行かなければならないし、残された日は本当にわずかです。ほんとうにあたふたとしているうちに年が暮れるていきます。2000年はいい年になるのでしょうか。
99/12/21(火)
23:58。甲賀オープン卓球大会のプログラム原稿がようやく出来上がり、印刷屋さんに持っていくことができました。毎年のことですが、広告集めや出場チームの交渉、プログラムの作成までほとんど一人でやらなければなりません。この大会は本来甲賀郡で実行委員会を作って運営するはずだったのが、郡内のチームでさえお客さん気分で参加してきます。甲賀オープンというより事実上中野オープンといった方がいいかもしれません。プログラムにある「主催:甲賀オープン実行委員会」を「主催:水口中学校卓球部」と変えようかとさえ思います。とにかく水口を出るまではやりますが、転勤したらもう知らないっと。その後誰かが引き継いでくれるか、それとももうそこで終わるのかは後の人まかせとしましょう。
99/12/18(土)
22:47。今日は午後から大津市の仰木にある、写真家今森光彦氏(幼なじみなので以下みっちゃんと呼びます)のアトリエに招かれて行ってきました。今日の催しは「虫屋」とよばれる昆虫の好きな仲間の
集まりでした。さすがに世界的写真家と呼ばれるみっちゃんのことですから、そのメンバーは「虫屋」の世界ではそうそうたるものらしく、中には有名大企業の社長もおられました。わたしは小学生のころみっちゃんとは虫仲間(わたしは蝶専門)で、よくいっしょにあちらこちらに採集にいきました。しかし中学校に入る頃から私の方はだんだん虫の世界から離れていったので、中学を卒業してから長い間みっちゃんとは出会っていませんでした。ところがみっちゃんが彼のエッセイ集のなかで、小さい頃の思い出として私を紹介していてくれたことから、またときどき出会うようになり、今回初めて彼のアトリエに招かれたわけです。驚いたことに、集まっている虫仲間の間では、わたしはすっかり有名人だったようで、みんなから「あなたがエッセイや雑誌の記事に出てくる方ですか」とかけられました。酒を飲みながら、目を輝かせて蝶やカブトムシの話に熱中するみんなを見て昔の自分が思い出されて、とてもたのしいひとときを過ごすことができました。
今朝の各社の新聞に昨日の裁判の記事が出ていました。
99/12/17(金)
23:30。今日は午後「N・Kさん強姦未遂および殺害・死体遺棄事件」の論告求刑裁判が開かれました。この裁判では被告側は、殺人・死体遺棄の事実は認めたものの強姦目的という動機の部分については全面的に否認をし、無罪を主張していました。検察側は強姦目的であるとした、捜査段階での自白調書は、死体鑑定結果や現場の尿反応、隣人の証言からまったく自然で信用性が高いとし、その上でなんら落ち度のない被害者を、自らの欲望のためという身勝手な理由で暴力を振るい、首を絞めて殺した行為は極めて残虐であり、また公判に於いて強姦目的を否定するという態度はとても反省しているとは言えず、情状の余地はないと、懲役18年を求刑しました。それに対して弁護側は、強姦目的という動機はあくまで警察による誘導である主張し、被告の11歳の子どもが成人になるときには刑務所から出られるような情状を訴えました。被告は裁判官から最後に何か言いたいことはありませんかと尋ねられて、涙ながらに「被害者やその家族のみなさんにとても悪いことをした。もうしわけありません。」と述べましたが、留置中に態度が不真面目であるとして懲罰を受けていることから、到底本心からの言葉とは思えませんでした。ところでこの懲役18年という量刑はどうなのでしょうか。人によれば、懲役18年というのは無期や死刑を除くともっとも重いとのことだそうです。一人を殺しただけでは死刑や無期はないだろうとも言われました。しかし今日のニュースで二人の死刑囚に対して死刑が執行されたと報道されましたが、そのうちの1件は老女を殺害し2万円を奪ったという強盗殺人事件です。たった2万円でも奪えば強盗殺人ということで死刑判決が出され、強姦目的と言うことであってもそれが未遂であれば、ただの殺人ということでこんなに罪が軽くなってしまうのでしょうか。すこし納得がいかない感じがします。また懲役としては18年が最高だとのことですが、別の事件(連続婦女暴行事件)では懲役20年という判決もでています。とはいえ、求刑が18年である以上、それを上回る判決が出るはずもなく、結局は15〜18年の間で決着するのだろうということで、被害者の家族や関係者にとっては不満の残る形で終わってしまいそうです。判決の言い渡し期日は2月15日午前10:00ということになりました。
99/12/16(水)
22:50。今日は水口中学校での貴生川クリニック。木曜日は相変わらずたくさんが参加してくれます。今日は甲西高校の選手も4人来てくれました。その中で本校の卒業生であり、秋の高体連で県チャンピオンになった子が、2時間の練習が終わってから「回り込みについて教えてほしい」と言ってきました。彼は中学生時代、一時モチベーションが落ち込んだ時期があったのですが、ここに来てずいぶん意識が高まってきているようで、とても嬉しく思います。うれしさのあまりついつい話が長くなってしまいましたが、こういうときは疲れも飛んでしまいます。
99/12/14(火)
23:15。貴生川クリニックの日でした。今日は石部の子と水口の1年生で20人ほどの参加でした。石部の子は基本練習の中でも、コースを変えたりツッツキの練習を入れたり、あるいはフットワークをしたりと、一人一人の選手が高い意識を持って練習をしています。いっぽう水口の選手はそういったことができません。石部の強さの秘密が垣間見られたような気がします。貴生クリのあと貴生川クラブで10時まで卓球をしました。やっぱりしんどい。
99/12/13(月)
21:38。朝から母親を健康診断に連れて行きました。暮れの25日から教職員卓球大会のため沖縄へいくので、その間母親をショートステイで預かってもらうためです。母親は乗り気でないようですが、先日の風呂の湯沸騰事件のようなことがあるとやはり心配だからです。
99/12/12(日)
25:25。先週に引き続きまたもや悔しい結果となってしまいました。2年生チームは予選リーグを1位で抜けたものの、決勝トーナメント2回戦で石部中に1−3で敗れてしまいました。少しチーム全体に元気がないように思われます。石部中は準決勝で八幡に勝ち2位になりました。また1年生チームの方は、けっこう自信があったのですが、なんと1回戦で竜王中に敗れました。けっきょくこの竜王中が1年生の部で優勝をしました。竜王中の選手は入れるのがうまく、センスの良さを感じました。いっぽう草津で行われたクラス別団体戦に出場していた1年生の残りの子どもたちも全敗だったようです。これは仕方がないかな。う〜ん、びわこカップ第2ステージでは雪辱できるでしょうか。
チームが早く負けたおかげ?で大船鉾の忘年会に最初から出席することができました。2次会のカラオケで敗戦の憂さを思いっきり晴らしてきました。でもしんどい。
八日市卓球協会長盾争奪大会の結果
99/12/11(土)
21:22。午前中貴生川の体育館で3時間ほど練習してから、中心選手を連れて近江高に練習にいきました。県内トップクラスの高校生にカット打ちをしてもらい、うちのカットマンにはとてもいい練習になりました。またふだんとは違った環境で練習でき、他の選手達も得るところが多かったと思います。明日の八日市協会長杯で成果を少しでも発揮してほしいものです。
99/12/10(金)
23:03。きょうはとんでもない大事件がありました。9時過ぎに家に帰って戸を開けたとたん、風呂場から真っ白な煙とボコボコという不気味な音とものすごい熱気。どうやら母親が風呂を沸かしたまま眠ってしまったようである。最初はとても中に入れないほどの熱気に、外の元栓を閉めるしかないと思ったのですが、意を決して中へ飛び込み熱湯のしぶきを浴びながらもやっとの思い出コックを閉めました。その騒ぎで目を覚ました母もさすがにショックを受けたようです。この月末に教職員卓球大会の視察で沖縄へいくことになっていたのですが、その間絶対に施設には入らないと言い張っていた母親も、このことがきっかけで特養ホームのショートステイを利用する気になったようです。ほんとうにそうしてもらえればとっても安心なのですが。
99/12/ 8(水)
21:33。朝、半月ぶりぐらいに走りました。いつもは貴生川駅方面まで走りに行くのですが、きょうは気分を変えて1周865mの学校の外周を8周走りました。いつもは一人で走るのですが、外周は朝練の子どもたちがたくさん走っています。私が走っているのを見ると、子どもたちはすごくうれしそうな顔をして挨拶をしてくれます。また一緒について走ってくれたり、意地になって追い抜かそうとしたり、また後ろから近づくと私に追い抜かされないようにと急にダッシュをしてみたりと、とっても反応が面白いです。ひとりで走っているよりずっと楽しいので、これからはできるだけ外周を走ることにしましょう。夜、家に帰って「大津卓球クラブ」の忘年会の件で会員に電話をしていたら、私と中学校の同級生でもある、そのうちの一人が、「あのな中野!、実は俺会社やめたんや。大阪の会社で総務をしてたけど、仕事で200人の首を切る先兵のようなことをしたんや。それでそのリストラが終了した時点で会社に辞表を出して俺も会社辞めたんや。そんでいま運送業を始めたとこで、とても忘年会どころやないんや。」と言われました。不況とは無縁の世界で働いている私にとってはとてもショッキングな話ですが、会社をやめた経緯に、なにかしら彼の心意気のようなものを感じて、ちょっぴりうれしくなりました。たいへんやろうけどがんばってな。
99/12/ 6(月)
21:30。来年度の予算要求のヒアリングが15:00からあるということで、朝から泥縄仕事の状態。14:00にようやく予算要求資料ができあがって、さあプリントアウトをし始めたらこれが時間のかかること、かかること。これだからwin版は嫌いやっていうの。いつまで考えとんのやこのプリンターは。プリントが終わったのが16:00の10分前。1時間の遅刻で教育委員会へ駆けつけました。15:00〜17:00のヒアリング予定がけっきょく16:00〜19:30となりました。来年度は小学校の分離を控えて教育費関係は厳しそうです。そんななかでも少しでも予算を取ろうとあの手この手で説明をしましたが経常経費は本年度当初の90%となるだろうと言われています。築25年になる校舎なのでとにかく修繕費がほしいのですが、さてどうなることやら。
99/12/ 5(日)
22:31。びわこカップ第1ステージ。はっきり言って惨敗でした。決勝トーナメント1回戦で守山南にはエースをラストに置かれ、注文通りラストで1ゲーム先取したものの、逆転負けを喫してしまいました。その後5位決定戦でも甲西北中に完敗し、最悪の結果でした。大会終了後、すっかり気分が落ち込んでしまいましたが、事前に作成していた第2ステージの組み合わせ表に、各ブロックから送られてきた結果を当てはめていたら、そんなに悪い組み合わせではないことがわかり、とたんに気持ちが持ち直しました。現金なものです。終わったことはしかたがないのでもう一度出直すことにしましょう。
99/12/ 4(土)
23:56。今日は朝から大忙しの日でした。文章で書くとたいへんなので箇条書きにすると
5:15 起床
6:35 家を出る
6:50 学校到着
6:55 予算要求に必要な改修箇所の写真撮影
7:25 母親の病院の順番取り
7:40 学校に戻り写真撮影の続き
8:15 母親を迎えに学校を出ていったん帰宅
8:50 病院到着
9:20 診察が終わり家まで母親を送る
10:05 再び病院にもどり会計を済ませ薬を受け取る
10:15 学校に戻り予算要求に関わる仕事をする
11:15 きょう水口で行われた「水口囃子全国講習会」に参加をされる
京都大船鉾の囃子方の知人を貴生川駅まで迎えに行く
11:35 その方と昼食を摂る
12:15 「水口囃子全国講習会」会場へ
13:00 開講式と模範演奏の見学(わたしは講習会には出ないので)
13:35 学校に戻りクラブを見ながら仕事と明日のびわこカップ卓球大会の
会場準備を並行しながらやる
16:35 練習を終わり全員で明日の会場準備
17:45 準備終了
18:05 「水口囃子全国講習会」交流会に出席
23:35 事務局の部屋に上がり込んで話に花を咲かせたあと帰宅
と、まあこんな状況で今に至っています。でもよく考えてみたら毎日これに近いものがあります。まあなんと落ち着きのない生活なんでしょう。明日はまた朝が早いのでもう寝なければなりません。とりあえずこれだけは打っておかなければと・・・
99/12/ 2(木)
22:52。貴生川クリニック水口中学校会場編でした。他の学校もテストが終わったらしく、また30人以上の参加となりました。水口卓球クラブのYさんや石部中学校時代の卒業生Nさん、甲西高校のS先生の3人が来てくださって子ども達の相手をしてくださいました。うれしいかぎりです。一人だけではちょっとつらいものがありますから。
99/12/ 1(水)
21:45。今日は水口地区の厚生事業で授業は午前中で終了。午後は部活停止だったので、貴生川クリニックの特別編を2時間半ほど行いました。12月は試合が多く、たちまち5日にびわこカップの第1ステージがあるので少しでも練習をしておきたかったからです。
終了後、卓球専門店「山本」へ支払いがあるので行きました。水曜日は大津クラブの練習日になっていますが、もうずいぶんと練習には参加できていません。きょうも少しだけ覗いてみたのですが、本来の大津クラブの部員は二人だけでした。勤労者体育館を使用していたときは10人以上が参加をして、とても活気があったのですが少し寂しい気がします。とりあえず忘年会をするという話がまとまったので、部員のみんなに声をかけてみましょう。