人の嫌う仕事にいそしむ心。
それがあなたの本当の香りなのです。
ニーティはお便所の掃除(そうじ)が仕事でした。それで着ているものばかりでなく、体にまでにおいがしみついていました。仕事中はもちろん、そうでないときでも、人々はニーティをさけて通りました。
ニーティはさびしく思いました。友だちが欲しいと思いました。
「そうだ、においのしみていない服を作ればいい」
ニーティはこまめに集めた布きれをつづりあわせて服をこしらえました。
「これで友だちができるかもしれない」
ひそかに胸おどらせてニーティは町へいきました。
人々はニーティを見ただけで顔をしかめました。いつもほど、においがしないことにだれも気づいてくれません。だれもが“ニーティはくさいに決まっている”と思いこんでいるようでした。
ニーティはいっそうさびしくなりました。
「ぼくがくさいのはだれのせいだ。だれのおかげで毎日用が足(た)せるんだ!」
いつもこえを捨てにゆく町はずれの広い原っぱを、ニーティは大声でわめきながら走りました。
ちょうど足にふれた石ころを思いっきり遠くへ投げました。それから草原に大の字になって、空を見つめていました。
するとどこからか声がしました。
「どうしたんだい。今日(きょう)は機嫌が悪いようだね」
ニーティはびっくりして起き上がりました。
だれもいないと思っていた原っぱのむこうから、やせた老人が杖(つえ)にすがってやってきます。近づくと、老人の眼が見えないことがわかりました。
「わしはここで虫や鳥と同じように生きている。おまえさんはいつも重いこえをここまで捨てにきているんだね。ご苦労な仕事だ。わしはこのとおり貧乏(びんぼう)ぐらしだが、何も不満はない。ただ一つだけ、おまえさんがうらやましいんだ」
「えっ、ぼくがうらやましいだって?」
「そうだよ。人の役に立つ仕事ができることだ」
ニーティは驚きました。
−−ぼくのことをそんなふうに見ていてくれる人がいたのだ−−
それだけでニーティの心はすっかり晴れました。
「今日はいつものようなにおいがしないね。どうかしたのかい?」
老人に尋ねられて、ニーティは照れながら答えました。
「いえ、別に・・・はい、とってもいいことがあったんです。おじいさん、ありがとう」
次の日からニーティはまた仕事に精を出しました。すれ違う人が顔をそむけても、ちっとも気にならなくなりました。
そのころ、この町へおシャカさまがおいでになりました。
人々はお話を聴(き)きにゆきました。
ニーティもいきたいと思いましたが、やめました。においが邪魔(じゃま)になるからでした。
ある日、ニーティがこえをかついで町の路地を歩いていると、むこうから托鉢(たくはつ)の一行(いっこう)がやってきました。
中の一人がおシャカさまだとすぐにわかりました。
「何という尊いお姿だろう」
ニーティは心をうたれましたが、我に帰って急いで横道へ折れました。
お顔を拝めた喜びをかみしめながら歩いていると、また前方からおシャカさまの一行がやってきます。避けても避けても同じことです。あわてたニーティはあやまってころび、こえをこぼしてしまいました。
−−どうしよう、おシャカさまの通る道が汚(よご)れた−−
困りはてているニーティの肩に、おシャカさまは手をおいていいました。
「避けることはないのだよ、ニーティ。あなたはわたしたちと同じ衣(ころも)を着ているではないか。人の嫌(きら)う仕事にいそしむ心。それがあなたの本当の香りなのです」
ニーティは喜びにふるえる手をあわせると、おシャカさまの姿に野原の老人が重なって見えました。
[大荘厳経論(だいしょうごんきょうろん)]
本当の香り・・・大事に出来たら良いですよね。
合掌
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