赤い髪と翼を持つバルタンと、ピンク色の三角帽子をかぶった美貌の魔女が二人一緒に行動すると、実によく目立つ。戦場に立てば味方の士気を高め、解放軍に勝利をもたらす二人だが、町を歩いていても、際立った容姿で人々の注目を集めるのだ。そのうえ、二人は事あるごとに、激しい口喧嘩をする。 人の往来が少ない上に娯楽もない山あいの村でも、彼らは注目され、村人たちは風変わりな来訪者をひと目見ようと、村の広場につめかけた。村人たちは知らなかったが、村の広場は昨年の秋の収穫祭以来の賑わいを見せたという。 「だから、羽を抜くんじゃない」 横から伸びてきた手を軽く払いのけた次の瞬間、カノープスは思わずうなり声をあげていた。後ろから伸びてきた手に、羽を一枚むしり取られたのだ。 「あら、カノぷ〜。何て顔してるのよ。ほら、笑って笑って」 苦虫を噛み潰したようなカノープスの表情を見とがめたデネブが、カノープスを軽く肘で突いた。彼女が笑顔で手を振るたびに、男たちは歓声をあげたり、顔を赤らめたりしている。 「冗談じゃない。ここにいたら、俺は夕方までに、羽を全部むしられちまう。それと、俺のことをカノぷ〜って呼ぶな!」 彼らに悪気がないことは分かっていた。だが、バルタンへの物珍しさだけで翼に触られたり、羽をむしられてはたまらない。 「解放軍のひとたちは、何をしに来られたのかしら?」 「なんでも、カボチャを買いにいらしたんですって。さっき、女のかたが自分で言ってらしたわ」 「あっちの男の人とは、どういう関係なのかしらねえ」 小声でささやき合う村人たちから、気配を感じて、カノープスは振り返った。彼らを取り囲む群衆の中から、かすかな、しかし確かな敵意を感じたのである。今までに、帝国の支配から逃れたすべての都市の人々が、解放軍に感謝し歓迎してきたのではないことを、カノープスはよく知っていた。 「これがグリフォンっていうのか。はじめて見た」 カノープスの後ろでは、デネブが乗って来たグリフォンが、村人に巨体を撫でまわされている。ギルバルドたちが根気よく教え込んだので、グリフォンは多少のことでは暴れないが、明らかに迷惑そうな顔で広場を睨みつけていた。 カノープスは、デネブに付き合って村に来たことを、後悔しはじめていた。 カストロ峡谷北東の貿易都市、アルマリークの北にあるホルキン村は、帝国の地図にも載っていない小さな村である。人の行き来が少ないのは付近の街道が整備されていないためで、行商人が村を訪れるのは月に一度きりだ。村人たちは畑仕事や狩猟を生業としていて、ほぼ自給自足の生活を送っている。 辺境と言ってもよい地にあるホルキン村は、当然、戦略上の要地と見なされることもなかったが、それが幸いして、ひと月前にカストロ峡谷で解放軍と帝国軍が激突した時も、戦火に巻き込まれなかった。 その小さな村で、良質のカボチャが育つという。カボチャをこよなく愛するデネブは、それを聞くなりホルキン村へ行く準備をはじめたのだった。 「カノぷ〜、最近退屈してるでしょう? せっかくだから、荷物持ちに連れてってあげるわ」 デネブの軽口などカノープスは無視するつもりだったが、山奥にモンスターや帝国の敗残兵が潜んでいるかも知れないからと、リーダーにデネブの護衛を命じられ、渋々ながらホルキン村に同行したのだった。 「それでね、村長さん、この村でとれるカボチャのことなんだけど……」 年老いた村長は、デネブが村に来た目的を話している間、デネブの帽子のてっぺんからつま先までを、落ち着かない様子で眺めていた。 「解放軍の方々に、この村のカボチャをお納めできるとは光栄です。昼食を用意させていただきました。どうか、ごゆるりと私の家でおくつろぎください」 デネブが笑顔で礼を言うのを聞き、カノープスは広場から離れられることに安堵した。どうやら、これ以上は羽をむしられずにすみそうだった。 カノープスとデネブは村で一番大きな家に案内され、村長夫婦から改めて歓迎の挨拶を受けた。屋敷と呼べるほどの大きさではないが、村長一家が暮らすには十分に余裕のある家だ。 「どうぞ。お召し上がりください」 村長夫人が、パンの入ったバスケットをテーブルに置いた。この秋に一番早くとれたカボチャが練り込まれているのか、パンの生地は橙がかっている。 村長夫人に続いて、野良着の女性が水さしとコップを運んで来た。水の入った入ったコップを受け取ったカノープスは、彼女の日に焼けた顔が村長夫婦のものと似ていないことに気づいた。 「息子の嫁のティアナです」 思ったことがカノープスの顔にでたのか、村長は問われてもいないことを口にした。その後ろで、ティアナと呼ばれた女性が丁寧に頭を下げる。 「しばらく、世話になります」 挨拶を返しながらカノープスは家の中を見回した。ティアナの夫、つまり村長の息子は姿を見せない。真っ先に村長から紹介されても良いはずなのだが、何か込み入った事情があるのかも知れない。そこまで考えて、カノープスは詮索するのをやめた。 「ただいまぁ」 「ジェイン、帰って来たのね。早くいらっしゃい」 ティアナが呼びかけにこたえて、七、八歳の男の子が入ってきた。眉は村長に似ていたが、鼻と唇の形はティアナに似ている。 「お孫さん?」 「ええ。今年で八歳になりますの。ジェイン、カノープスさんとデネブさんにご挨拶なさい」 野菜スープを運んできた村長夫人が、カノープスの質問に答えながら孫を二人の前に引き出した。 「はじめまして。僕、ジェインです」 ジェイン少年は礼儀正しく頭をさげた。彼の栗色の瞳に、カノープスは見覚えがあった。広場でも、少年はカノープスを見ていたのだ。 「坊やはカノぷ〜が珍しいのね。確かに、こんな鳥男、そこらへんにはいないものね」 「誰が鳥男だ! それと、俺の名前はカノープスだ」 カノープスが、怒鳴り声ではなく低い声でデネブに詰め寄ったのは、村長夫婦とティアナ、ジェイン少年が周りにいたからである。 「あら、自分が鳥だっていう自覚はあったみたいね」 「何だと!?」 村長夫婦とティアナは途方に暮れたようにカノープスとデネブのやりとりを見守っていた。不意に、ジェイン少年が二人の間に割って入った。 「ねえ、二人は解放軍の人たちなんでしょう? どうして、この村に来たの?」 二人に代わって、村長が説明した。 「この方たちは、村でとれるカボチャを買いにいらしたんだ」 ジェインは思いきり顔をしかめた。 「カボチャなんか、ちっともおいしくないよ。わざわざあんなものを買いにやって来るなんて、物好きだね」 「ジェイン!」 村長夫婦とティアナが同時に怒鳴った。物好きと言われたデネブは気にした様子もなく、「好き嫌いは良くないわね」とつぶやきながら、カノープスの隣で肩をすくめている。 「普段からカボチャを食べもしないのに、何てことを言うの」 「まずいものをまずいって言って、何が悪いんだよ。なんであんなものを、みんな大事にしてるのさ」 ふて腐れた表情で言い返したジェインの顔を、ティアナが引っぱたいた。 「ジェイン、いいかげんにしなさい。ティアナさんも、何もぶつことはないだろう」 見かねた村長が、二人を止めに入った。 「ふん。僕はカボチャなんか大嫌いだ!」 大声で言い放つと、ジェインは家の外へ飛び出していった。村長とカノープスに一礼して、ティアナが追いかけていく。 「お恥ずかしいところをお見せしましたな」 「私たちは畑仕事で忙しくて、なかなかあの子に構ってやれないのです。ジェインには寂しい思いをさせていますわ」 村長夫婦が語る家庭事情よりも、ジェインの態度がカノープスには気にかかった。食堂でのジェインは行儀は良かったが、その表情は決してカノープスたちを歓迎してはいなかったし、広場で感じた敵意をこめた視線がジェインのものであったことを、カノープスは先ほどのやりとりの中で確信していた。 「あの子のことは気になさらずに、どうかお召し上がりください。スープが冷めてしまいます」 村長が再び昼食を勧め、カノープスはジェインを気にかけながらも、パンを手に取った。 村長夫人が焼いたパンとティアナが作った野菜スープに、カノープスとデネブは十分に満足したが、内心では、昼食が終わっても戻ってこないジェインのことが気にかかっていた。 「ねえ、カノプ〜。せっかくだから、お散歩にでも行ってきたら? カボチャの取引なんて、つまんないでしょ?」 デネブの提案を、素直にカノープスは受け入れることにした。商談に興味はなかったし、外に出て体を動かしたかった。 「俺は村を散歩してきます。昼飯、どうもごちそうさまでした」 戸口に歩きだしたカノープスを、デネブが呼び止めた。振り返ったカノープスの手に、放り投げられた布の包みがおさまる。それは柔らかく、かすかに甘い匂いがした。 「忘れ物よ。しっかり届けてね」 デネブは、笑って片目をつぶった。 |