四角い空を切り裂いて


 ダンデの業務は、秘書がオーナー室のデスクに並べた新聞に目を通すことから始まる。チャンピオンに就任したばかりの彼に、世の中の動きを知っておくことの重要性を教えたのは前リーグ委員長とその秘書だ。釈放後にガラル地方から姿を消した男の名前は、今でも紙の上に踊ることがある。
 政治、経済、社会、文化、エンターテイメント。ポケモンに関する事柄も、紙面では扱われる。ダンデが目を留めたのは、ピカチュウを集めた発電所の建設計画だった。
 頬の袋で電気を作るピカチュウは、外敵との戦闘や仲間の看護、木の実の調理など、あらゆることに電気を用いる。「プロジェクトP」と命名されたアローラ地方の事業は、ストレス発散のために放電するピカチュウの性質を活用したもので、発電所の建設に先駆けて周辺住民への説明会が行われたという。
「ピカチュウは寝てるあいだに電気を作るから、仕事中に昼寝の時間があるかもしれないわね。たくさんのピカチュウが働く発電所って、どんな感じなのかな?」
 研究所でダンデの電話を受けたソニアは、率直な感想を口に出した。ピカチュウは世界各地に野生種が生息しており、多くの人々に親しまれている。数多くの電気ポケモンの中から、発電所の運営という史上初の試みに彼らが選ばれたのは、人間が日々の生活やバトルを通じて付き合い方を知っているからだ。
「つまり、ピカチュウが傷つくようなことはないわけだな」
「そんな計画だったら、新聞に載る前に中止になってるわよ」
 電力と引き換えにピカチュウが犠牲になるようなことがあれば、アローラの人々が黙ってはいないだろう。だがこの世界に生きる全てのポケモンが、人間と対等の存在として権利を守られているわけではない。ナックルシティの地下プラントで、膨大なガラル粒子を投与され続けていたムゲンダイナがその例だ。
「ポケモンの力でエネルギーを得るって言うと、危ないことや悪いことをしているようなイメージがあるけど、それは偏ったものなの。例えば、ひこうポケモンがトレーナーの指示でかぜおこしを使うのは、おかしなことじゃないわよね?」
「相手のポケモンがそらをとぶやとびはねるを使うのなら、いい判断だ。確実に攻撃が当たる」
「だったら、かぜおこしをポケモンじゃなくて風車に当てたら、何が起きると思う?」
「羽根が回る。そうか、風力発電……」
 ダンデの脳裏に実家の側に建つ風車が思い浮かんだ。羽根の回転エネルギーを電気に変える風力発電には、風が吹かなければ発電ができないという欠点が存在する。だが飛行ポケモンの技を使えば、天候の影響を受けることなく電気を作ることができる上に、ポケモンが酷使されることもない。
「エネルギーを作るにあたって、ポケモンに求められるものはポケジョブと同じぐらいなんだよね。だからムゲンダイナのようなことにはならないの」
「そうか。なら、良かった」
 映像と写真でしか見たことのない南国に思いを馳せながら、ダンデは息をついた。彼は人とポケモンが全力でぶつかり合うポケモンバトルを心から愛するからこそ、彼はポケモンが徒に傷つくことを好まないのである。
「ガラル地方でも、似たようなことはできないだろうか?」
「発電所ほど大きな物を作るのは難しいわね。だいたい、千年先の問題を解決するなんて今すぐにはできないんだから、まずは身の回りでできることから探せばいいんじゃない?」
 ソニアの声に続いて、スマホロトムが電子音を拾い上げた。研究所では何らかの測定作業を行っていたらしい。ホップが彼女の名を呼ぶ声が、ダンデにも聞こえてくる。
「ゴメンね、また今度!」
「ああ、分かった」
 たとえ助手であっても、研究者は暇とは遠い人種だ。博士号の取得に前後して業務量が増えたにもかかわらず、ソニアは専門外の文献に手を伸ばし、惜しみなく知識を与えてくれる。それを活かすのはダンデの行動次第だった。
「そういうことでしたら、こいつをおすすめします」  若いオーナーの提案を聞いた育て屋の主人は、腹を揺らしながらタブレットの画面を示した。バトルタワーのレンタルポケモンは、ダンデの人生の倍以上をポケモンの育成に捧げてきた男が一手に引き受けている。ベテランの目は、レンタルという制度やバトルそのものに適していないポケモンを決して見逃さない。
「いい技を持ってるんですが、ポケモンに当てたがらないんです。自分も相手も傷つくのがイヤなんでしょうな」
「だったら、バトルにこだわる必要はない。環境を変えれば、活躍できるはずだ」
 軽く肩をすくめ、ダンデは視線を上に移動させた。ねがいぼしによるエネルギー供給の限界を知っていたものの、ローズはマクロコスモスグループのトップという立場上、自社ビルの発電システムを変えることができなかった。ガラル粒子に、そしてねがいぼしに魅入られた結果、外国で研究開発が進んでいる安全なエネルギー事業に目を向けようとしなかったことが彼の破滅を招いたのかもしれない。
 だが、超高層ビルの新たな持ち主となったダンデは、経営者ではなくガラル地方屈指のポケモントレーナーだ。チャンピオンを退いても、多くのスポンサーがついている。資金面に不安はなかった。

 若きオーナーの挑戦! エネルギー問題の解決なるか!? 

 バトルタワーに導入されたポケモンによる発電システムを、メディアは大々的に取り上げた。
 家屋の屋根やビルの屋上に設置したソーラーパネルで電気を作る太陽光発電は、設備投資と発電にかかるコストや、耐用年数を過ぎたソーラーパネルの処分方法などが問題視されている。バトルタワーではエレザードに発電を任せることで、太陽光発電のデメリットを解決しようとしていた。
 エレザードは襟巻きに太陽の光を集めて電気を作る習性を持つ。理論上、その発電量は高層ビルの消費電力に匹敵するが、家庭やオフィスでそれらを使用するには、電流を電化製品向けに変換する必要がある。
 ポケモンが作る膨大な直流電力を効率よく交流電力に変換できるインバータが実用化すれば、バトルタワーは自家発電によって電力を賄えるだけではなく、余剰電力の売却によって安定した利益が期待できるのだ。
「この会見室の照明は、エレザードの電気です」
 ダンデが高い天井に視線を送ると、記者達から歓声が上がった。設備が整い次第、バトルタワーの電力はエレザードに委ねる予定だが、現在、彼の電気が使われているのは、ごく一握りの施設に過ぎなかった。
「でんきポケモンによる発電を長期的に、かつ安全に継続するには、ポケモンと心を通わせることができるトレーナーが不可欠です。そのための人材の育成が、ガラルの皆で強くなり、ひいては未来を守ることにもつながるのだと考えています」
 言葉を切ったダンデの顔を、カメラのフラッシュが照らした。
「ダンデくん、若手実業家って感じだね」
 定期点検のためにバトルタワーを訪れたソニアは、スマホロトムにニュースサイトの写真を表示させながら微笑んだ。ポケモン博士である彼女が、エレザードの太陽光発電に興味を持たないはずがなく、緑色の瞳に好奇心の光が宿っている。だが、ランチタイムが終わって間もないシュートシティの太陽は、厚い雲に覆われていた。 「お天気ばかりはどうしようもないか」
 エレザードは空を見上げ、不満そうに鼻を鳴らした。遠い砂漠からガラル地方に渡ってきたポケモンは、太陽との関わりが深い。発電量が天候と時間の影響を受けるという太陽光発電の課題は、なおも人間の前に積み上げられているのだった。
「今日は午後から夕方にかけて、天気が荒れるらしいぜ。電車が遅れないといいんだが」
「ただの雨だと思ってたのに、そこまでなの? だったら早く点検を済ませないと」
 エレザードに見送られ、ソニアはエレベーターへと歩き出す。ポケモン博士の立ち会いのもとでバトルタワーが定期点検を行っているのは、施設の利用者や近隣住民に、パワースポットの安全性をアピールするためだ。私有地の孤島ならばダイマックスしたポケモンを沈静化させれば問題が解決するが、大都市の中心部ではトレーナーとポケモンの意志によるダイマックスの制御こそが望まれる。
 開業以来、バトルタワーでダイマックス絡みのトラブルが発生したことはない。だがガラル粒子の正常値を示すモニターをソニアが覗きこんだ瞬間、データルームの照明が消えた。
「何、どうしたの?」
 ソニアの問いに答えられる者はいない。奇妙なほどに静まりかえったバトルタワーに、空の鳴る音が近づいてきた。


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