お出かけですよ♪

1話 では出発


今朝のメニューは、トワイニングのプリンスオブウェールズが薫り高い湯気を立てている中、

フレンチトーストシナモンシュガー風味にスクランブルエッグ、

新鮮な野菜のサラダ、かぐわしいフルーツとヨーグルトが並んでいます。

征樹君は、朝食の席に着くフェル君の為に椅子を引き、ナフキンとエプロンを整えて差し上げると

自分も席(フェル君のお向かいさん)に着きました。

優雅に食事をすすめながらフェル君は征樹君の顔を見つめつつ、

前々から考えていたことを口にしていました。

「マサキ、お前の住んでいた街を見てみたい。」

「わかりました、では、プルクシュタール閣下に視察の手配をつけて頂きましょう。」

「違う、私はお前と二人っきりでこっそりと見にゆきたいのだ。」

征樹君のこめかみに冷や汗がたらり。

「・・・それは、お忍びという事でしょうか?」

「うむ、そうなるな。」

征樹君は頭を抱えてしまいました。

フェル君のようにただ者ではない雰囲気をまとう人目を引く美貌の持ち主が、

お忍びなど出来るとは思えません。目立ちまくるに決まっています。

「人間どもの街をこっそり歩くなど危険きわまりない事を望まれても困るのですが・・・。」

「? 危険? 何がだ? 私とお前に危害を加えられる物などいるわけがなかろうに。」

いや、そういう危険とは違うんです・・・、

あなた様のように美しく輝いているお方の場合別の意味の危険が・・・、

街で撮られたフェル君の生写真がアイドルショップの店頭に並んだり、

デジカメ写真がインターネットで飛び交い、

今時の子ギャル達に取り囲まれプリクラの餌食にされている図、

等々が次々に浮かんでくる中、

征樹君は懸命に違う危険について説明するのですが、

フェル君には理解不能らしく(そりゃそうでしょう)首を傾げるばかりです。

「お前の言う事はよく分からないが・・・、つまり私の望みを叶える気は無いという事なのだな。」

説明を続ける征樹君から顔を背け、不機嫌と言うよりは拗ねた表情で悲しげに呟きました。

「・・・!!」

その悲しげな風情が征樹君を直撃しました。

フェル君必殺のツンドラタイガーブリザードにさらされ、氷点下になってしまった征樹君は、

悟りを開いた高僧の気分で応えました。

「分かりました・・・、何とかしましょう。」

「そうか、遊びに出てもよいのだな。」

嬉しそうに頷くフェル君を見ながら、『これで良かったのかも』なんて思ってしまう所が親馬鹿な征樹君でした。
 

しかし、いくらフェル君の希望でも征樹君がかつて暮らしていた東京の散策は不可能です、

なんといってもクラウドゲートのお膝元、

数多くのゾアノイドの思念波が飛び交う中ではフェル君の存在など

プルクシュタール閣下にすぐに知られてしまうでしょう。お忍びどころではありません。

『マサキの暮らしていた街を歩きたいのだ』と駄々をこねているフェル君を

なんとか言い聞かせて地方都市で遊ぶ事を承諾して貰いました。
 

しかし、街を、しかもお忍びで歩くのならば、目立つわけには行きません、

フェル君が一般人の中に紛れ込むためにはなんとかして目立たない様にしなくてはならないっと

不可能を可能にするため、征樹君は考え込んでしまいました。

・・・その前に自分も相当に目立つのだという事には思い至らないようですね。
 

その時ふと思いついたのは、フェル君がお休みになる石室の一角にしつらえてある

何故か化粧道具一式が揃えてあるドレッサーと

女物の衣装が溢れんばかりのクローゼットの事でした。

実はバルカスじーちゃんが眠っているフェル君に化粧をしたり着替えをさせたりして楽しむ為の

アイテムなのですが、征樹君は勿論悪戯されている当の本人も

仮死状態で眠っているため、何も知らないのでした。

しかし、知らなくてもアイテムは活用できます。

征樹君は美貌の青年よりは美女の方が目立つまいと、化粧道具を握りしめて気合いを入れました。

「とりあえずそこにお座りになって、良いと言うまで動かないでくださいね。」

「分かった。」

異様な迫力を放つ征樹君に気圧されたのか、少々不吉な物を感じつつも

フェル君はおとなしく着慣れない衣装に着替えさせられ、メイクを施されたのでした。
 

よし、これで良い、完璧な仕上がりだっ、

最後の仕上げに形の良い唇に紅を差し終わって会心の笑みを浮かべた征樹君、

芸術作品とも思える出来上がりに見とれてしまいました。

美しい・・・、ただでさえ常人離れした美貌の持ち主がメイクアップしたものですから、

絶世のを通り越してしまうほどの美女が出来上がってしまったのです。

あまりの美しさに幻惑された征樹君、我慢できずにフェル君に覆い被さっていきました。

「マサキ? あ、ああ〜?」

・・・しばらくお待ち下さい。

・・・何をやっているんだ、私は・・・。

せっかく着せ付けた衣装を滅茶苦茶にしてしまい、もう一度着せ直しながらただただ反省する征樹君でした。

しかし、出発前からこんな調子でお忍びが無事に進むのでしょうか・・・?
 

さて、フェル君のお忍びスタイルを(なんとか)完成させた征樹君、自分の準備に取りかかりました。

といってもフェル君と違い自分の場合は普段着に着替えるだけで簡単な話だと

思っていたのですが、ここにとんでもない落とし穴。

ラフなGジャンを着てみた征樹君、鏡を見て愕然となりました。

「マサキ・・・、全っ然似合わない様だが。」

「言わないで下さい〜。」

そうなのです、まるっきり似合っていないのです。

そんな馬鹿な、とあれこれ着替えてみるのですが、どれもこれもミスマッチ。

自分はこの格好で今まで取材やら何やらをこなしてきたのに、何故だっ・・・、

と考えてからハッと気づきました。

原因はこの髪だ・・・と。

獣神将となってから伸ばした長髪がラフな普段着と合わないのです。

それならばっと、ひとまとめに縛ってまとめようとするのですが、

彼の髪は揃えていない為、(早い話がざんざん)うまくまとまってくれません。

いっその事ヴィジュアル系で、いやいやそれでは目立ってしまう・・・。

それでは何の為にフェル君に女装して貰ったのかわかりません。

深い苦悩の末、征樹君は帽子を取り出しました。

その中に長い髪をまとめてしまい込み・・・、ゴーグルも外してしまうと、

おお、普段着スタイルが似合うようになりました。

これならなんとかなりそうだと一人頷く征樹君を

見た目が美女のフェル君は不思議そうに見つめていました。
 

「手荷物はこれでオーケー、旅館の手配も済ませてあるし、乗り物の方も大丈夫。」

出発直前の確認も無事に終わり、何とかお忍び旅行の準備は整いました。

とはいえ、クロノス総帥のお忍びです、護衛役の(お守り役とも言いますが)責務は重大です。

戦闘開始並の気合いを入れた征樹君、恭しくフェル君の手を取ったのでした。

「それでは、参りましょうか。」

「うむ、楽しみだ。」


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