お出かけですよ♪

6話 一般人のすすめ


足の向くままにあちこちを散策していた二人は、

広い敷地内にいくつもの塔頭が建つ広大なお寺に立ち寄りました。

縁日か何かなのでしょう、参道にいろいろな屋台が出ていて大変賑やかです。

フェル君は道行く人々が屋台のゲームをしたり、いろいろな食べ物を食べたりしているのを

じぃ〜と見ていたかと思うと、征樹君をつっついてこうのたまいました。

「マサキ、私もあれらの物を食べるぞ。」

「お待ち下さい、つまり、その・・・、歩きながら召し上がると・・・?」

「ここの連中はそのようにしているぞ。お前は私に一般人と同じように振る舞うようにと言いつけたではないか。

ならば私も歩きながら食べなくてはなるまい。」

自信たっぷりにきっぱりと言い切るフェル君の姿に、そうか、私は何を言っても何をしても

墓穴掘りにしかならないのだなと諦めの境地に入った征樹君は、

「では何を召し上がりますか?」

と注文を聞いたのでした。


嬉々として屋台巡りを開始したフェル君は、リンゴアメと綿菓子、チョコバナナ、カルメラを制覇した後、

お好み焼きに取りかかったのですが、これには割り箸がついていました。

「アルカンフェル、それを割って差し上げますからこちらへ。」

「マサキ、おまえ私を馬鹿にしていないか?」

フェル君、少々睨み気味になりながら、ちゃんと割り箸を割ってみせました。そこへ、

親切な屋台のおっちゃんが「そのままじゃ綺麗な服が汚れないか?」と、心配してくれています。

フェル君がちらと征樹君を見ると、悟りを開いた高僧の境地の征樹君がナプキンをセットして差し上げます。

服を汚す心配の無くなったフェル君はお好み焼きを美味しく頂いたのでした。


屋台を冷やかしながら歩いていくと、当然のごとく本殿に到着していました。

きょろきょろと当たりを見回したフェル君が、参拝している人々を指し示して征樹君に質問します。

「あれは何をやっているのだ?

鈴を鳴らして貨幣を投げて手を合わせているがどういう意味があるのだ?」

どう答えたものかと考えた征樹君は、当たり障りのない言い方を選びました。

「お参りをしているのですよ。」

「お参り・・・?」

当然の事ですが、フェル君には意味不明の単語でした。

「・・・ここではああいう行動をとるのが一般人なのか?」

「はいそうです・・・ぐがっ。」

うっかりと肯定しかけた征樹君、途中で事態に気づいて慌てて否定しようとしましたが、既に手遅れでした。

「では、私もああしなくてはいけないのだな。」

と、すたすた歩き出したフェル君をふらふらと追うしか無くなっていたのです。

誰か止めてくれぇ〜と言う心の悲鳴は誰にも届きませんでした。


本殿の前で立ち止まったフェル君は、何かが抜け去った表情の征樹君が賽銭の為にと財布を出すのを見て、

「マサキ、それを寄こせ。」

気力の無くなっている征樹君は自分で賽銭を選ぶのかと言われるままに財布を手渡してしまいました。

「普通は御縁をといって五円玉を・・・。」

言葉に詰まりました。

征樹君の目に信じられないフェル君の行動が入ってきたのです。

彼は、賽銭箱に向かって、ごくごく無造作に、財布を、丸ごと投げたのでした。

放物線を描いた財布が箱の中へと吸い込まれていく様が

スローモーションの映像と化して征樹君の目に焼き付きました。

数瞬遅れてコト〜ンという音が耳に響きます。

「マサキ、次はどうするのだ・・・?」

次の行動を質問しようとしたフェル君でしたが、顎を落っことした征樹君が、

ガニ股なスタイルで固まっているのを見て目を丸くしてしまいました。

「マサキ、だから次は・・・。」

「うわあああっ。」

意味不明の叫びを上げた征樹君は、フェル君を掴んでその辺の木の下まで連れて行くと、

「ここでお待ち下さい、よろしいですか、決してここから動いてはいけませんよっ。」

言い含めると、財布を回収すべく事務所へと走ったのでした。


参拝の途中の筈なのに、奇声を上げた征樹君に抱えられて

こんな所に置きっぱなしにされたフェル君はだんだん機嫌が悪くなっていきます。

自分が何をやらかしたのかさっぱり分かっていない彼には、

マサキが自分をほったらかして何処かへ行ったという認識しかありません、

なのですぐに退屈してしまった結果、(マサキは動くなと言ったが敷地内ならば別に構うまい)と、

勝手に理屈をつけてその辺をふらふらし始めたのでした。

趣のある建物や美しく整えられた風情のある庭園の様子は、

彼を充分に楽しませていましたから、だんだんと機嫌も良くなってきます。

「なんだ?」

がやがやと妙に賑やかな一角が気になって目をやると、

何やら人が大勢集まって何事かをやっている様です、

その様子が気になったフェル君はそちらへ向かいました。

どうやら現地の映像と共に地方の天気の様子を放送する予報番組のテレビ中継の様です。

にこやかにレポートしているお姉さんの後ろで

野次馬の皆さんが手を振ったりポーズを取ったりしています。

中には即席のボードをかざしている人もいてなかなか賑やかです。

一般人と同じ行動をと、しつこいほど吹き込まれていたフェル君、

実に嬉しそうに手を振る人々を眺めている内に

今この場ではあのように手を振るのが一般人の行動なのだなと思いこんでしまいました。

ふむっと頷いたフェル君は、そして・・・。


「アルカンフェル? どちらに行かれました?」

かなり恥ずかしい想いはしたものの何とか財布を回収して

フェル君を待たせていた場所に戻ってきた征樹君ですが、

肝心のフェル君の姿が消えていた為に真っ青になりました。

まずは屋台のでている場所に走って聞き込みをして境内の中にいることを確認、捜しに走り出しました。

(あれほどに目立つ美女ですから、聞き込みが簡単だったのは良かったのか悪かったのか)

獣神将の感覚で気配をたどれば簡単に見つけられる筈ですが、

焦ってパニック起こしている征樹君はただ走り回るばかりでした。


きょろきょろしていると、見覚えのある銀髪とピンクハウス衣装が視界をかすめ、そちらに向き直った征樹君ですが、

(・・・ぐぎゃああっ!!)

飛び込んできたあまりにも衝撃的な光景に飛び上がりました。

何とフェル君が、お天気おねえさんの後ろでギャラリーに混じって、手を振っているではありませんか!!

無表情ではあります、顔の横で小さく手を揺らしているだけではあります。

しかし、テレビカメラに向かって手を振っているのです。

モニターの中には画面の隅っこにいるにも関わらず、そのあまりの輝かしい美しさに

レポーターのお姉さんよりも遙かに人目を惹きつけてしまっているフェル君のお姿が映っています。

あまりのことに硬直した征樹君、

石化状態からの回復に時間がかかったためフェル君を引っ張るのが遅れてしまい、

(無愛想とはいえ)手を振る女装姿のフェル君のお姿は全国中継されてしまいました・・・。


「アルカンフェル〜、なんという事をなさったのですか〜。」

撮影現場からフェル君を引っ張って逃走した後、半泣きで問いつめる征樹君ですが、

肝心のフェル君は何の自覚も無いままのお返事しか返せません。

「一般人と同じように振る舞えと言うから、

他の連中の真似をしてあそこで手を振って見せたのではないか、何がいけないのだ?」

「・・・。」

その場その場の応用というものがあるでしょうと言いかけた征樹君でしたが、

フェル君にシチュエーションに応じた一般人の対応を自分で判断しろなどと言うのは、

要求する方が無茶だと思い当たり黙るしかありませんでした。

やむを得なかったとは言え、ついつい目を離してしまった自分が悪いのですから・・・。

こうなったらクロノス関係者の誰も今の番組を見ていない事を

祈るしか無いと諦めたのですが、時既遅し、

偶然にもこの番組を見てしまったプルクシュタール閣下が腰を抜かしていたのです。

幸い良識派のプルク閣下、

テレビ番組にスカート穿いて手を振っている我が君アルカンフェルの御姿など映る訳がない、

これは目の錯覚だと自分に言い聞かせて忘れてしまわれたので大事には至りませんでしたが。



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