鎌刃城跡発掘調査現地説明会

2001-10-21(日)

 

上図の各遺構にはにリンクが貼られています。

 

 

【主郭虎口北斜面】

 主郭虎口へ至る通路部分が確認された。構造は5段の石垣と高さ3m以上の石積みと整地土による路面から構成されている。

 当初の予想では、虎口へは斜面を斜めに登るルートを想像していたが、調査状況から北の郭から直登る通路であったことが明らかになった。これは安土城跡に見られるような大手道と呼ばれる本格的な城道の初現形態と言える。

 

【主郭南辺石塁】

 地山を削りだしたあとにその両側面に石積みを施した石塁で、幅6m、高さ約3.5m以上を計る。当初は土塁と考えられていたが、平成12年度の発掘調査で主郭内部側面で石積みが検出された事から、石塁である事が判明した。

 今回は主郭の外側の石積みの有無とその構造を検証する為に、3箇所のトレンチを儲けて調査を実施。結果全てのトレンチで石積みが確認された。鎌刃城の石積みの特徴としては、未だ、裏込めの技術が導入されていない事と、石積みに傾斜を付けず殆ど垂直に立ち上げている点であろう。

 破城のため、石塁の天端から中腹にかけて石積みは崩されているが、、崩落した石材を観察する限り石積みの上部に巨石を使用していた形跡が認められる。これは石積みに土留めや防御機能以外に、”権威の誇示”の意味合いを持たせた結果であろうと思われる。

 

【主郭南西部】

 主郭内部では始めてとなる礎石建物の一部が検出された。

 建物の全容は明らかでないが検出状況から、縁側を有する構造の礎石建物の可能性が高い。礎石は6尺5寸を一間として非常に規則正しく配置されており、この建物が当時の”番匠”達の手によって極めて計画的に建築されたことが推測される。

 

【主郭〜郭間を隔てる掘切】

 城内の郭郡内部に存在する唯一の堀切である。当初、素堀りの堀切と予想していたが発掘調査の結果、堀幅2.4m、深さ3.5mの規模で、堀切の両岸に石積みを有する構造である事が確認された。南側の石垣の残存高は約2mであるのに対して、北側の石積みは殆ど人為的に壊されている。これも過去の発掘調査で確認されている”破城”の一端と考えられる。

【遺物】

 土師器皿、瀬戸美濃皿、瀬戸美濃天目茶碗、鉄釘、銭貨、石臼などが出土した。出土量については過去の調査地点に比べて非常に微量であり、遺物の構成も、既存の調査結果との差異は見られない。

 特筆すべき遺物としては、石臼の存在があげられる。用途としては、穀物の調理器具が考えられる。このような当時の普遍的な調理器具の出土は、城内における日常生活の一端が垣間見える資料として貴重である。

■平成13年度 米原町指定史跡鎌刃城跡発掘調査説明会資料から抜粋