塩津浜は古くより塩津港として、海津港、大浦港とともに湖北三湊と称せられ、陸上交通では、塩津港と敦賀港を結ぶ塩津街道が走る陸海交通の要所であった。
塩津城は熊谷兵庫直高の居城であったと言われ、塩津浜の集落と北隣の集落祝山(ほおりやま)との間にあり、東から西へ突き出した山の尾根を堀切し、独立した山地に城を築き上げたものと思われます。
城跡は一面杉と竹薮に覆われ、内部は3〜5段の階段状に郭が放射状に配され、まさに環郭式。
格郭の段差は1m〜4mあり非常に切り立っているので、木の枝に捕まりながら攀じ登ることとなります。

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