近江町の東端、大字多和田の背後、近江町と米原町の境に位置する兜山は、主として北峰・中峰・南峰からなり、北峰からは、更に尾根が北と西の二方に延びる。南峯もまた、西南及び西に尾根が張り出しており、総合すると多和田を囲む形で馬蹄形をしています。
三峰とその鞍部には山城の遺構が存在するが、北峰から西方に張出した尾根上にも存在します。
三峰の各頂上付近には2〜3mの巨岩を還状に巡らし、石塁や石垣を構築した得意な遺構である。
なかでも、中峰遺構は頂上部を取巻くように緩斜面に南北に153m、東西長径約55m、短径約31mの長楕円形形をなし、東西側2ヶ所で列石が途切れた状態になっている。
従来神籠石様列石と呼ばれているがその構築の起源や目的等については神籠石(霊域)説・神籠石(古代山城)説・烽火台説・高地性集落説等々諸説あって定かではない。
南峰遺構は竜宮の森の中央に祠があり、郭の北部には幅1m高さ0.6mの土塁が約20mあり、その東部に有る丘が郭部となる。この曲輪一帯には巨石が散在し、その配列は不規則で、これまでに見て来た近世の城郭構造とは明らかに異なり、目的が想像つかない。
北峰はハイキングコース伝いに、多くの曲輪及び取り巻く石塁を確認できますが、明確な遺構は確認できなかった。
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