『お稲荷さん家の場合』
                                                    みちあきりゅうじん    
  

                                     (1)




  初めての体位に、彼は戸惑いながらも――やはり興奮しているようだった。
  さっき、四つん這いになってお尻を彼の方に差し上げたときから、何の優しい言葉も掛
けてはくれないし、愛撫もおざなりになってしまったけれど、ハッ、ハッ、ハッ、と殺し
きれない息遣いが、真っ暗な闇の中、背中に伝わってくる。
(……獣みたい)
  そう思うと、息を吹き掛けられているわけでもないのに、玲の背骨に沿ってぞくぞくと
痺れが広がった。
  幾度も抱き合って馴れ親しんでいるはずの彼のものが、いつもとは違う角度から差し込
まれ、あまり使い込んでない部分を擦り、突き上げる。それだけで形も硬さも、太さや長
さまで変わってしまったかのように、新鮮に感じる。
  まるで見知らぬ男に犯されているようで、唐突に心細くなった玲は左手を後ろに回し、
腰を掴む彼の手を闇雲に求めた。
「ん、どうかしたか、玲」
  動きを中断することなく、彼は玲と自分の指を絡めると、指先から手の平、そして肘へ
と口唇で彼女の肌を優しく擦ってゆく。それからいつものやり方で指を吸い、噛み、舌先
で弾き、爪を立て、舐める。腕に受ける愛撫をしばらく楽しんでから、玲は手をほどき、
安心してまた自分の膣の中を前後する彼に意識を集中した。
  動きが速く大きくなるにつれ、慣れない後背位に彼のものが抜けそうになる。それを追
って無意識のうちに尻を突き出した自分に気付き、玲は恥ずかしくなって自分の顔をシー
ツへと押し付けた。それによってさらに高く尻をかかげるかたちになり、彼の一層激しい
根元までの出し入れを誘うことになる。
(……まるで、犬だ)
  何時の間にか彼に合わせて自分も腰を振っていると知りながら、玲は止めるどころか、
さらに力を込めて自分自身で彼のものをしごいた。頭がぼうっとして、体は勝手に動き続
ける。
(犬だ犬だ、私がやっている相手はイヌだ)
  そろそろ絶頂が近いのか、彼が後ろから圧し掛かってきた。 濡れた肌を張り付け、温
度の違う二人の汗を混ぜ合わせてゆく。右手で体重がかからないように体を支え、左手で
抱きしめるようにわざわざ奥の、玲の右乳房を揉みしだく。
  耳元の荒い息に感じ、胸に立てられた指の一本が乳首を捏ね回すのを喜びながら、自分
の上に乗っている愛しい愛しい男を、犬だと感じる。
(人間のくせに、私は犬とやっている!)
「ああああああああっ――――!」
  沸き上がるままに声を立てる玲を、彼はきつく抱き、深く強く突く。
(犬が犯す!  犬が犯す!)
  一際深く差し入れながら、彼は玲の首筋に歯を立てた。
「ああっ!―――――――――」
  放心する玲の中に、ゴム越しとは言え彼がたっぷりと出しているのが伝わってきた。
  しばらくの間、二人は重なったまま何も言わず、互いの血の流れる音を聞き、交じり合
う体臭を嗅いでいた。玲の最も好きな時間の一つだ。
  やがて彼が自分の中から出ていっても、目を閉じたまま、余韻と雰囲気に浸り続けてい
たその髪を、優しく手がすく。わざと知らない振りをしていると、その手はゆっくりと背
筋をなぞり、もう片方の手が腹の下から彼女の股の間へと潜り込んだ。
「――――あっ」
  思わず小さな声を玲が漏らした途端、彼の指がクリトリスの先に触った。いつものよう
に指の腹でこねて、擦る。
「やッ!」
  しかし指先は動きを止めず、それどころか別の指がスリットの周辺をなぞり始めた。硬
い爪と柔らかい指が交互に上下しながら、ふっくらと盛り上がった大陰唇から襞の奥へと、
次第に内側に向かって近付いてくる。そして入り口で、ゆっくり何回も縁をなぞり焦らし
てから、いきなり浅く指先を潜らせた。
「あっ……」
  軽く腰を浮かせ上半身を寝台に押し付けていた玲は、半ば期待していた刺激に、シーツ
を強く握り締めた。無意識のうちに胸をさらに押し潰して、乱れたシーツの皺に乳首を擦
り付けている。
  それまでとは打って変わって、彼の指は激しく前後に動き、クチュクチュクチャ、と何
回聞いても慣れることのない音を立てている。真っ赤になった玲の首筋の汗を、熱い舌が
舐め取る。
「んんっ!」
  予期していなかった刺激に、玲は顔を逆に振り向けたが、舌は再び首筋を左右に舐め上
げ、耳元へと迫る。そこが弱点だと知っているのは、今までのパートナーの中でも彼だけ
で、だからこそ執拗に責められるのは恥ずかしかった。
  冷たい耳の溝を、彼の湿った舌先が優しく這ってゆく。強く息が吹き込まれ、同じ穴に
硬く尖らした舌が差し込まれる。舌先でリズミカルに耳たぶが弾かれ、あるいは歯や口唇
で甘噛みされる。
  その一つ一つを楽しみながらも、だんだんと動かなくなる彼の指を追い掛けるように、
玲の腰は振られていた。
「なに?」
  もう何度も繰り返した質問を、彼はわざとらしく口にする。喘ぎ声の隙間から、玲もま
たいつもの返事を繰り返す。
「――最低。……そんなこと、聞く?」
  耳元に顔を寄せ、彼は甘く囁いた。
「大丈夫。手抜きはしない」
  同時に中指と薬指を深く根元まで差し込みながら、人差し指でアヌスを突く。声も上げ
られない玲の様子を楽しむかのように、二本の指を抜き差しし、人差し指でとんとんとん、
ともう一つの入り口を叩く。玲が菊口を引き締めれば引き締めるほど、一緒にすぼまる膣
の中で二本の指を曲げ、残りの指の背を閉じた口に押し付ける。
  真っ白になっていく頭の中で、ふと、玲は昔に犬を飼っていたことを思い出した。まだ
好きな人とすることといえば、一通りの知識はあってもキスかその少し先までだった頃だ。
中学生の夏だったと思う。家には大きな秋田犬がいた。子犬の時から飼っていたせいかち
ょくちょく洗っては家の中に上げていたが、学校で性教育を受けて興味の高まっていた玲
は、子供の残酷さで時々相手のいないその犬のペニスをしごいては、変化を楽しんでいた。
ある日、親の留守に涼しい座敷で漫画を読んでいた玲は、何時の間にか寝入ってしまった
自分の上に、誰かが圧し掛かっているのに気付いた。うつ伏せになった薄い短パン越しに、
熱いものがぐいぐいと尻に押し付けられ、荒く生臭い息が首筋に吹き掛けられている。
  恐怖に見開いた玲の目に最初に入ってきたのは色褪せた畳と、爪の生えた獣の足だった。
(あの時、私はどうしたんだっけ……すぐに跳ね除けて、怒って追い出したんだっけ……
噛み付かれるのが恐くて、じっと寝た振りをしていたんだっけ……それとも……)
  ゆっくりと、短パンとその下のものを膝まで降ろす。まだ第二次性徴が終わっていない、
つるつるとした尻を高くかかげ、細長く硬いモノを右手で優しく導く。ナプキンもタンポ
ンも未経験の少女は、つがう相手のいない雄犬を可哀相に思い、今までのお詫びのつもり
でそんなことをしたのか、それとも本や話でしか知らない世界への動物的な興味が抑えら
れなかっただけなのか―― 
(……どうしたんだろう……最初は前……それとも後……)
  矛盾する二つの映像。
  ――割れ目でしかない部分に、犬の赤黒いペニスがゆっくり差し込まれてゆく。熱い腹
がせわしなく尻に擦り付けられ、独特の毛と皮膚の感覚に、それまでぎゅっと目を閉じ耐
えていた少女の顔が次第にゆるむ。しばらくして、今度は別の何かを耐えていたその子の
股の付け根から、透明なものがつつっと流れ落ちた―― 
  ――初めてだった少女とその飼い犬は、まだ肛門性欲の強かった小さな体の自然な欲求
と、自制のきかない獣欲に従い、近い方の穴でお互いを結び付けた。それまでにも何度か、
気持ちいいという理由で、風呂場や布団の中で唾液に濡らした自分の指をそこに押し入れ
たことのある少女は、細長い犬の一物が激しく出入りする快感に、四つん這いになって腰
の動きを合わせ続ける。喜びに溢れるその顔は、もう少女ではなく女のものだった―― 
  そんな遠い記憶とも妄想ともつかないものが一瞬に浮かび、消えていった。
  彼が後ろへの刺激を止め、ねっとりと濡れた二本の指を玲の中から抜き出す。脱力した
彼女は、その姿勢のまま、ぼんやりと汗だらけの自分の格好を思った。
「ひっ!」
  いきなりアヌスに舌を差し込まれ、 小休止のつもりだった玲は、無防備な反応を返し
た。ほんの先っぽだけとはいえ、尻を左右に押し広げられ、そんな所に顔を押し付けられ
いるのは恥ずかしい。
「や……汚い………そこはだめ……」
  力の入らない声でそう言うと、あっさりと舌は抜かれた。そのまま穴の周りをからかう
様に突つき、愛撫すると、舌はもう一つの敏感な場所へとゆっくり這い進んで行く。それ
がたどり着くかどうかというところで、抜かれたはずのアヌスに、別の濡れた物が差し込
まれた。
  それは今までのとは違い、唾液と彼女自身の愛液でぬるりと根元まで滑り込む。 
  ──まるで、 何か動物の小さなペニスのように。
「あ、嫌っ……それは─────」
  そう言って玲が締め付けるたび、彼は節のある中指を出入りさせる。
「……やぁ……そこは止めてよ…………お願い……」
  しかし聞こえない振りをしたまま、指は彼女の腹の中をかき混ぜ、舌は濡れている部分
を舐めまわす。
「止め……やだぁ………」
  泣き声となっても舌と指は動き続け、ぐちゅぐちゅと散々に玲をいじり尽くしたところ
で、ようやくそれは止められた。
  ウエットティッシュで指を拭く音が聞こえ、アヌスの周りの汚れも拭き取られる。
  まだ涙が零れる玲の顔に、そっと彼が手で触れる。
「玲?」
  それが先程まで中に入れられていたのとは逆の手だと気付き、玲はその上に自分の手を
重ねた。あんなことをされたのに、こんな些細な思い遣りが嬉しくてたまらない自分は、
どうかしてる。
  覗き込む彼の顔をしばらく睨み付けてから、玲は彼の手首に噛み付いた。痛がるのを放
っておいて、充分に歯型がついてから、唾液の糸を引きつつ放す。
  顔を顰めて歯型を舐める彼に、玲は笑う。
「ばか。今度何の断りもなく、あんなことやったら大切なとこにそれがつくからね。それ
か、私の指を倍にして入れ返してやるから」
  そうして歯型の前の彼の舌に、玲はゆっくり自分の小さく赤い舌を差し出し、絡めてい
った。




    

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