『お稲荷さん家の風邪』
                                                    みちあきりゅうじん    
  

                                     (1)




  そのまま学生服姿の悟を、清子はベットの上に押し倒した。
「わっ! 何すんのさ、清姉!」
「決まってるじゃない」
  すかさず四つん這いにのしかかって動きを封じると、風間清子は顔を近付けて囁く。
「食べちゃうのよ」
  中学二年でも、その意味は十分に分かる。たちまち、真っ赤になった大野悟を見て、清
子はそのボーイッシュな顔に、小さく笑みを浮かべた。
「フフッ、可愛い……」
「あっ!」
  ねっとりと頬を舐め上げられ、悟は目を閉じて顔を振った。しかし、それは反対の横顔
を晒すことになる。
「ンンッ!」
  身をすくませた悟の反応を、目を細めて伺いながら、さらに清子は赤い舌先を悟の頬か
ら喉へと這わさせる。
「や、止めてよ、清姉……」
「いや」
  そのまま舌による愛撫が続けられる。落ちかかる彼女の髪が肌をくすぐり、生暖かい舌が
唾液で濡らした所に、吐息がかかると、ぞくりとしたものが悟の中を走った。この状況に、
自分のモノが頭をもたげかけていることに気付き、慌てて意識を逸らそうとする。何も考え
ず、冷静になろうと試みる。だが――
  強張っている彼の体の上に、不自然な体勢で乗っている清子は、時々バランスを崩して滑
り落ちそうになる。その度に、柔らかいその肢体が悟の上でくねり、形を変える。思いの外
に軽い体。押え込む力も、悟が本気になれば振り解ける程度でしかなく、改めてもう彼女が
一緒にプロレスごっこをして遊んだ頃の清姉ではなく、女の子なのだと思い知らされる。
  清子は悟の首筋に顔を埋め、貪るように彼を責め続けた。そうしながら、だんだんと吐息
を荒げ、手首を押さえていた指を、すがるかの如く悟の指に絡ませる。
  もう片方の手が、すっと悟の太股を撫で上げたとき、一気に膨れ上がった快感への期待に
逆らおうと、悟は呻いた。
「だ、駄目だよ……」
  しかし、声に力が入らず、出たのは鼻に掛かった半泣き声に近いものであった。
「……なの?」
「……え?」
  その言葉に驚いて悟が瞼を開くと、真上から嘲笑にも似た笑みを浮かべて、清子が自分を
見下ろしていた。顔は笑いを形作っているのに、その中で目だけが冷たく笑っていない。
「嫌なの? そんなに、あたしとするのが気持ち悪い?」
  何か張り詰めたもので悟との間を隔て、彼女は言葉を紡いだ。
「ずっと、待ってたんだよ。悟君が大きくなって、気付いてくれるまでって。
  いつも一緒だった小さな頃から、男の子達とばっかり遊んで全然相手をしてくれなかった
時も、他の女の子達が悟君のことに気付いて、騒ぎ出してからも。ずっと、ずっと、我慢し
て待ってたんだよ。
  なのに。嫌? 抱くだけのことも出来ないぐらい、あたしのことが嫌いなの? 他の女の子
の方が良い?」
  ふてぶてしくも見える笑みを浮かべたまま、彼女は尋ねる。
  この顔を、悟は知っていた。友人や、教師や、彼女の両親でさえ誤解し続けてきたその表
情の意味を、悟だけは知っていた。彼女は恐いのだ。恐くて、不安で、辛くて、泣きたくて、
逃げ出したくて、でもそうするわけにはいかないから、彼女は笑ってみせるのだ。
  自分の後を追いてくる、ちっちゃな弟分を不安にさせないために。
「悟君はあたしのものだとばっかり思ってた。それで、あたしは悟君のものなんだって。
  でも、違ったの? 悟君はあたしのものじゃなかったの?」
  笑いながら、目の奥だけで震えながら、彼女は問う。悟は真っ直ぐ見返して、答えた。
「違うよ」
  離れかけた彼女の腕を強く掴んで引き止める。一音一音に力を込めて、はっきりと言った。
「俺は、清姉のものだよ」
「……ほんとに?」
  ぎこちなく呟いた彼女の体を、強引に抱き寄せる。
「あっ!」
  そうして自分の上に崩れ落ちた清子の唇を、悟は無理矢理奪った。
「ん……んんっ……」
  ついばむことも、舌を差し入れることも、緩急すらない、押し付け合うだけのキス。しか
し二人は互いを激しく求め合った。
  やがて離れた清子は、両目から薄く光るものを流しながら、屈託のない笑みを満面に浮か
べていた。
「悟君は……あたしの、もの?」
  囁くように問い掛ける。
「俺は、清姉だけのもの」
「じゃあ、あたしは悟君のもの?」
「清姉は、俺だけのもの」
「……本当に?」
「違うの?」
  再び、二人の顔が静かに重なる。
  悟の髪をまさぐっていた清子の指が、下へと移り、学ランの前ボタンを外し始めた。
「あ、清姉ぇ……」
「大丈夫。みんな、あたしがしてあげるから」
  そのままカッターシャツの前もはだけさせると、シャツを捲り上げ、その滑らかな肌に細い
指を走らす。それに合わせ、悟は小さく体を震わせた。中途半端に服を脱がされ、自由のきか
ない彼は、無防備に清子の行為を受け入れるしかない。
  いとおしむように胸板から脇腹へと指を滑らせていた清子は、薄く唇を開くと、小さく上を
向いていた彼の乳首を口に含んだ。
「あ、そこはっ……」
  軽く歯で挟んだ間から舌先で転がすと、すぐにそれが張って立つのが分かった。その反応が
嬉しくて、もう片方も同じように舌でいじる。悟の味を確かめるように、しつこく責めている
と、自分の腹に、何かが固いものが当たっていることに気付いた。
  見ると悟の腰で、ズボンを押し上げているものがある。彼女は、そっとそこに手を伸ばした。
「ンッ!」
  触れただけで、悟が今まで以上に切実な声を漏らした。一瞬、清子は身を竦めたが、すぐに
何事もなかったかのように動き出した。
「そろそろ、脱いじゃおうか」
  彼の肩先で引っ掛かっていた学生服とシャツを、手を貸して脱がせる。そのために寝台の上
で体を起こしていた悟は、上半身が裸になると、まだ制服を着たままの清子を抱き締めた。
「きゃっ」
「清姉っ!」
  興奮のままに、荒々しく彼女を求める。しかし、女性の扱いなど知らない悟は、服の上から
彼女の胸を鷲掴みしてしまう。
「痛っ!」
「ご、ごめん……」
  たちどころに我に返って、手を放す。しょげかけている彼に微笑みかけ、清子は頬に朱を滲
ませ、細いリボン状のカラーを引き解いた
「あせらなくても、あたしは全部悟君のものだから。だから――」
「あ……」
  開いたブラウスの胸元に、両手で悟の手を導く。
「だから、もっと優しく――清姉ちゃんにも、して」
  さらりとした触感の白いブラジャー越しに、意外と小ぶりな彼女の胸が、手の中に納まった。
ゆっくりと掌を動かすと、ン、と清子が声を上げた。
「ごめんっ。痛かった?」
「……ううん」
  首を左右に振る。布の下へと悟が指を潜り込ませようとすると、後ろ手に彼女は自らブラの
ホックを外した。
  形良く盛り上がった胸は、絹やナイロンとはまた違ったきめ細かさを持ち、押せば指先が軽
く沈み込むほどの柔らかさがあった。慣れぬ手付きでその心地良い感触に耽っていると、だん
だんとそれが固く弾力を増してきた。
「……ハァッ……ハァッ……」
  上半身だけを起こした悟の上に、またがっていた清子の漏らす吐息が、次第に低く湿ったも
のになってくる。
「アッ!」
  悟の指が、赤く小さな乳首をこすった途端、彼女は小さな叫びをあげた。
「あ、大丈夫?」
「……っと……」
「清姉?」
「……そこ……もっと…………して」
  最後は消え入りそうな囁きだった。恐る恐る、悟がもう一度指を当てると、何かをこらえる
ように彼女は顎を引いた。
  初めは指先で押し回す程度だったが、段々と大きくなっていく彼女の喘ぎに合わせ、こすり、
挟み、弾く。
「やっ……ハッ……あっ……ああっ……」
  自分の手によって感じている清子の姿は、たまらなく悟の欲情をそそった。思わず、その胸
にしゃぶりついた。
「アアッ!」
  清子は悟の頭を掻き抱く。舌が胸の柔らかい肉をほじるくすぐったさが、快感へと変わり、
彼女は無意識に自分の腰を動かしだした。熱くなっている部分を、彼のベルトの下の辺りにこ
すりつける。緩やかな動きは、すぐに強く規則正しいものに変わる。
「はあっ、アアッ、ハッ、ハンッ!」
「き、清姉……」
  胸に顔を埋めていた悟が、自分も腰を揺り動かしながら、くぐもった声をあげる。だが、指
を彼の肩と髪の間に突き立て、離すまいと彼女は叫んだ。
「あっ、悟……くんっ!」
「清姉、おれ、もう……」
「悟君! 悟君! 悟君!」
「もう、駄目だっ! 清姉ぇ!」
「んんっ!」
「うっ!」
  一際深く腰を突き動かし、頂点に達した二人は、抱き合ったまま固まった。しばらくの間、
荒い呼吸音と、互いの汗ばんだ肌の感触に酔い続ける。
「……うっ……うっ……」
「どうしたの?」
  突然の鳴咽に、驚いて清子は問う。しかし、懸命に声を殺して泣き続ける彼からの返事はな
い。そこで初めて、彼女は先程まで硬く自分と触れ合っていたものが、力無く沈んでいること
に気がついた。同時に、男の子の生理を思い出す。
「……そっか、いっちゃったんだ?」
  だが、悟は俯いて何も答えない。まだ童貞の少年には、残酷すぎる事実だ。
  と、清子は寝台を降り、有無を言わさぬ手付きで悟のズボンとトランクスを剥ぎ取った。そ
こにこびりついたものを、嫌な顔一つせずティッシュペーパーで拭き取り、手際良く綺麗にし
ていく。最後に、彼の股の付け根の精液も拭い去った時には、再び悟のものは起き上がっていた。
  彼女は素早く自分も衣服を脱ぎ去ると、目を合わせようとしない悟の横に、手をついた。
「ねえ、悟君……見て」
  自分の秘部に伸ばしていたもう片手を、真っ赤な顔で悟に差し出す。その先はぬめり気のあ
る液体で光っていた。
「濡れてるでしょう? ……私もいっちゃったの。悟君と同じ」
  恥ずかしいのを必死で堪え、優しく悟に語り掛ける。
「だから、大丈夫。――ごめんね、ちゃんとしてあげられなくて。全部してあげるって言ったの
に、あたしばっかり気持ち良くなって……最低だよね」
「…………」
「えっ?」
  次の瞬間、悟は思い切り清子を抱き締めた。突然のことに彼女は驚いたが、すぐに微笑み、悟
の背に手を回す。彼の横顔に頬を寄せて、囁く。
「……続き、しようね」
  一層強い抱擁が、その言葉に答えた。






    

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