10年振りに生まれ育った街に戻り、義父の仇であり街を裏から牛耳る黒幕であったギース・ハワードを倒したテリー・ボガードは、そのままサウスタウンに腰を落ち着けていた。
日雇いのバイトやストリート・ファイト、その合間のゲーセン通いなど、穏やかだがそれなりに忙しい日々を送っていた彼のもとに、ある日一通の差出人不明の手紙が届いた。
封を破り、中の手紙を見たテリーは思わず目を見張った。そこにはこう印刷されていた。
「本年もキング・オブ・ファイターズを開催いたします。
つきましては前回優勝者である貴殿の参加を切に願う次第です」
そして、大会の案内を兼ねたレセプションの日時が記されていた。
場所はドイツ。
ベルリン行きの航空券も同封されている。
ギースは死んだはずだ。
今更キング・オブ・ファイターズが開催されるはずがない。
ならば、一体何者が…?
考え込むのはテリーの性に合わなかった。ともかく飛び込んでみるまでの事。
すべての決着は彼の拳がつけてくれるはずである。
いかにも格式の高いホテルの大ホールで、そのパーティーは催されていた。
いささか開始時間に遅れて到着し、いつも通り赤い革ジャンに帽子姿で臨んだテリーは、招待状を見せなければ係員に丁重に追い返されるところだった。
会場では大勢の着飾った男女がさざめいていた。慣れない雰囲気に、テリーは思わずきょろきょろとしてしまう。
「兄さん」
懐かしい声に振り返る。
そこにはダークカラーのスーツをぴったりと着こなたアンディが立っていた。
「久しぶりだな、アンディ!」
あの闘いが終わるとすぐ、アンディは再び日本へと戻った。これがほぼ1年ぶりの再会となる。
「やっぱり兄さんにも招待状が届いたんだね」
「というと、お前のとこにもか」
「僕だけじゃない。さっきジョーに会ったけど、彼も招待状を受け取っている。ほかにも世界各地の有名な格闘家を何人も見かけたよ。…それにしても」
アンディは軽くため息をついた。
「せめてネクタイを締める服で来られなかったのかい?」
「まさか、こんなに大層なパーティーだとは思わなかったんだ」
「現チャンプの格好がつかないね」
その時若い女性の声がした。
「アンディー!」
見れば色鮮やかな花柄の着物をまとい、黒髪を結い上げて花の飾りをつけた、東洋人の女性がスタスタとアンディに歩み寄り、腕を組んだ。
(ジャパニーズ・キモノ…、ゲイシャ・ガールって奴か?)
二人はテリーに聞き取れない言葉で二言三言交わすと、テリーのほうに向き直った。
「兄さん、紹介するよ。僕が日本で修行していた時の師匠のお孫さんなんだ」
「マイ・シラヌイです。はじめまして」
大きな黒い瞳をした娘はあでやかな笑みを浮かべながら流暢な英語で挨拶した。
「あ、は、はじめまして。弟がお世話になったみたいで…」
「いいえ、とんでもない。お世話らしいお世話なんて私は何も」
そう言いながらマイはちらりとアンディを横目で見た。
アンディはといえば笑いを噛み殺すような顔をしている。
「わざわざ日本からアンディの付き添いに来てくれたのかい?」
アンディが不意に当惑したような顔をした。
「いや、その」
「私もキング・オブ・ファイターズに招待されましたの」
マイが誇らしげな表情で告げた。
テリーは両手を広げた。
「冗談だろ?」
マイは反応を予測していたかのように、いたずらっぽい笑みをうかべた。
「こう見えても私、シラヌイ流ニンジュツの継承者なのよ。甘く見ていると大火傷するわよ。アンディのお兄さんだからあらかじめ警告しとくわね」
アンディは複雑な表情でため息をついていた。
「ところで、ここでキング・オブ・ファイターズの説明があるんじゃなかったのか?」
「兄さんがここにくる前に終わってしまったよ」
「なんだってぇ?」
アンディは軽く肩をすくめた。
「結局…あまり詳しい話はなかった。名前の通り、世界一強い人間を決める大会にするってことと、出場者にはそれぞれに大会スタッフから試合の場所や日時が指示されることくらいかな。どうやら試合場所は一箇所じゃなくて、世界各地にまたがるらしいね」
「そりゃあまた、スゴイな」
テリーはまばたきした。青い瞳に光が踊る。
アンディは長い睫毛を伏せた。
「どうも、このパーティーの手配をした人たちも、主催者の依頼を受けただけで、それ以上のことはわからないみたいなんだ」
「そいつは…たしかにうさんくさいな。だが、世界の強い連中と戦えるっていうのは悪くない」
「…兄さんってのんきだね」
アンディは苦笑を浮かべた。
「セニョール・ボガード?」
不意に掛けられた声にテリーが振り向くと、ダークブラウンの髪をした長身の男が立っていた。
手入れの行き届いた頬髭と口髭が端整な顔立ちを引き立てている。
「私はローレンス・ブラッド。この度の大会に参加を予定しているものです。今夜はぜひ前回の優勝者テリー・ボガード氏に挨拶をしたいと思っておりました。どうか、よろしくお見知り置きを」
「あ、ああ、よろしく」
テリーは手を差し出した。
ローレンスは微笑みながらその手を握った。
「お会いできて光栄です」
「あんたは、何の格闘なんだ?」
「さて、それは大会が始まるまでのお楽しみとしておきましょう。対戦できる日を楽しみにしていますよ」
ローレンスは優雅な仕草でお辞儀をすると立ち去った。
何の気無しにその姿を目で追っていて、テリーはローレンスが次に話し掛けている人物になにやら見覚えがあるような気がした。
だがしかし、漂白した様な白金の髪に思い当たらず、気のせいで片付けたのだった。
「挨拶はしてこないのか、ビリー」
ショット・カウンターにもたれてワインを手に取りながらローレンスは尋ねた。
「お互いの健闘を誓って乾杯でもするのか?馬鹿馬鹿しい。試合の時に顔を合わせりゃ十分だ」
「それにしても非常識な男だ。パーティーにあのような薄汚い格好で出席するとはな。所詮は低俗な人種よ」
ビリーはそれについては言葉を挟まなかった。彼自身の服装はといえば普段とは打って変わってタキシードに身を包み、バンダナを外してプラチナブロンドの髪を撫でつけている。
ローレンスはそんなビリーの全身にちらりと目を走らせた。
「『馬子にも衣装』とでも言いたいんだろ」
ビリーはローレンスの視線を受けて、投げやりな口調で言った。
「『マゴ』…?」
「いや…なんでもねえ」
ビリーは顔を背けた。その、視線の先にとある人物を認め、舌打ちをする。
「ちっ、あいつも出場するのか」
テリーのそばに、7フィートはありそうな巨漢が歩み寄った。
「久しぶりだな、テリー」
「あんた、ビッグ・ベアじゃないか」
テリーの目の前に立ったのは、ここ数年リングから姿を消していたが半年前に突然カムバックした人気プロレスラーだった。
「話が出来て光栄だけど、前に会ってたっけ?」
「確かに、この格好じゃわからないのも無理はないかな。マスクを外しているからな」
ビッグ・ベアはそう言うと身体を揺すって笑った。
テリーは目を細めた。
「あんた…ライデンか!?」
「なんだって?」
アンディがテリーとビッグ・ベアの顔を交互に見た。
ライデンといえば、ギース・ハワード配下の、悪役レスラーで、昨年のキング・オブ・ファイターズではさまざまな反則技でテリーを苦しめたのだった。
「その通りだ。あの時は世話になったな」
「あんたとのファイト、忘れちゃいないさ」
テリーはまっすぐビッグ・ベアの顔を見上げた。
「俺もだ。あの後、どういう訳か、もう一度クリーンファイトに戻りたくなってな。色々と汚いことから足を洗って、一からやりなおしてみたのさ」
「そうか…!今度の大会でまた戦えるかもしれないんだな」
テリーはニッと笑うと手を差し出した。
「ああ、その時は正々堂々と勝負させてもらう。受けてくれるな」
ビッグ・ベアも分厚い手を差し出す。
「もちろんさ!」
二人は固く握手を交わした。
「かつての敵同士が、健闘を誓い合っているぞ」
ローレンスがワインを口に運びながら、傍らのビリーに声を掛けた。
「馬鹿馬鹿しい…。顔を知られた奴に会うのも面倒だ。オレはもう帰るぜ」
ビリーは空のグラスをカウンターに置いた。
「この機会に、もっと顔と名前を売り込んでおけ。後々役に立つぞ」
「めんどうくせえ。どうせ大会が始まればいやでも名前が流れるんだろ。それで充分だ」
ビリーはぐしゃり、と髪を掻き回しながらローレンスに背を向け歩きはじめた。
「手ぶらでこういうトコにいるのは、どうにも慣れないし、な」
口の中で呟く。
ローレンスは肩をすくめると、ルビー色をした液体を飲み干したのだった。
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