北アメリカ東海岸に接する都市、サウスタウンで一人の男が死んだ。
大型都市の宿命として貧困と混乱を抱え込んだこの街ではありふれた事件のはずだったが、死亡したジェフ・ボガードは東洋拳法を修めたストリートファイトのチャンプとしてその存在を知られていたため、人々の注目を集めた。
警察の発表では喧嘩のうえでの事故(相手は不明)ということであったが、それを信じる者は少なかった。ジェフ・ボガードが、かつての同門であり今やサウスタウンを陰から牛耳る組織の幹部である男と正面から対立していたことは、よく知られた事実だったからである。
だがその男の名を口にする者はほとんどいなかった。
そしてまた、ジェフ・ボガードが二人の身寄りの無い少年を養子として引き取り面倒を見ていたことはほとんど知られていなかったのである。
サウスタウン駅に到着した列車から一人の青年が降り立った。
年の頃は二十前後。キャップを目深に被り、長い金髪を無造作に後ろで束ねている。背中に大きな白い星が浮かぶ赤い革ジャンにジーンズとスニーカー。肩からサックをさげている。
青年は駅前からメインストリートを抜けて裏通りへと足を向けた。
「変わらないな、この街は」
そう呟きながら歩いていた青年はふと足を止めた。
薄汚れたビルの壁面に巨大なポスターが貼られていた。ボクシングのグローブを着けた二人の男が向かい合ってファイティング・ポーズをとっている図柄の上に
“KING OF FIGHTERS”
という文字が躍っていた。
青年はしばらく睨むようにしてポスターを眺めていた。が、やがて
「ずいぶん派手にやってやがる」
と吐き捨ててその場を立ち去ろうとした。
その時
「あんたも出場するのかい?」
とずいぶん聞き取りづらい英語で声がかかった。
振り向くとやはり二十くらいの東洋人が立っていた。
「誰だ?」
「俺はジョー・ヒガシ。一応タイのムエタイ界ではチャンピオンを張らせてもらってる。そろそろムエタイじゃ相手になる奴がいなくなってきたもんでね、異種格闘技大会として知られたキング・オブ・ファイターズに出場して自分の強さを再確認しようかと思ってるんだ」
ジョーと名乗った青年は自信満々といった態度で語った。
「サウスタウンに乗り込んだはいいが、ちょいと道に迷っちまってね。あんたもキング・オブ・ファイターズに出るんだったら会場を教えてもらいたいんだ」
皮ジャンの青年は軽く肩をすくめて言った。
「会場ってサウスタウン・スタジアムのことか?」
「ああ、そうだ」
「ならわかると思うぜ。ついてきな」
「ありがたい!」
歩きながら青年は名乗った。
「俺はテリー・ボガード。サウスタウンには人に会いに来たんだ」
「それは悪かったな、邪魔したんじゃないか?」
「いや、かまわないさ。約束までまだ時間もあるし」
「そうかい、すまないな、テリー…ん?」
ジョーは首をかしげた。
「テリー…テリー・ボガード…、どこかで聞いたような気がするなあ。そうだ、マーシャル・アーツでけっこう有名なんじゃないか」
「いや、有名ってほどでもないが…よく知ってるな」
「そりゃあ、ムエタイのチャンプから世界のチャンプになろうってんだから、他の格闘技についても調べてるさ」
「それはそれは、光栄だな」
テリーは入り組んだ裏道をすいすいと進んでいった。
「なあ、テリー。ずいぶん道に詳しいな」
「昔、この街にいたことがあるからな。といっても10年ぶりだが」
キャップを目深に被り直しながらテリーは答えた。
ふいに大通りに出た。
「ほら、あれがサウスタウン・スタジアム…」
指差しかけてテリーは絶句した。
スタジアムを十重二十重に囲むように大勢の男たちがひしめいていた。
「何時の間にこんなに大掛かりになっちまったんだ?」
「こりゃ受付を済ませるだけでも大仕事だな」
ジョーが嘆息した。
その時
「兄さん、兄さんか?」
という声が聞こえた。
テリーはキャップのつばを上げて声のした方向を懸命に探し、人込みの中にやや小柄な青年の姿を見つけ出した。
「アンディか?」
「やっぱり兄さんだ」
ジョーは駆け寄ってきた青年とテリーの顔を見比べた。兄弟と言われればたしかに似ている。どちらも女性にモテそうな甘いマスクだが弟の方がやや線が細い。
「アンディ、なんでここにいるんだ? 父さんの墓の前で会う約束だったじゃないか」
「キング・オブ・ファイターズ出場の申し込みに来たのさ。兄さんも出るんだろ?」
「いや、俺はまだ決めていない」
「兄さん、10年間修行してきたんだろ。これは力を試す機会だ。それに…」
言いかけてアンディはジョーの存在に気がついた。
「兄弟久々の再会って奴か。なにやら積もる話もありそうだし、これで失礼するぜ。テリー、試合でまた会えるのを楽しみにしてるぜ」
ジョーはピースサインをすると足早に立ち去った。
「兄さん、今のは誰?」
「いや、さっき知り合ったばっかりだけど面白い奴だったよ。ジョー・ヒガシってムエタイのチャンプだそうだ」
「東丈のことかな。日本出身のチャンピオンがいるって聞いたことがある」
「そういえばアンディ、お前この10年どこで何をしていたんだ」
「僕はずっと日本にいたんだけど…こんな所で立ち話は人の邪魔だね」
「ああ、そうか。それじゃ最初の約束の場所へ行こうか」
「そうだね」
テリーとアンディは郊外の墓地へ向かった。人影は無く閑散としていた。
“JEFF BOGARD”と刻まれた薄汚れた墓標の前で二人は立ちどまった。
「父さん、今までずっと一人にしてごめんよ。俺達帰ってきたよ」
「ねえ、兄さん。あの日ここで話したこと覚えてるかい」
「忘れるもんか。父さんに負けないくらい強くなって、10年後に会おう、そして二人で父さんの仇をとろうって誓ったよな」
「そう、あの後僕は日本へ行って骨法を習ったんだ」
「コッポウ?」
「日本古来の武術なんだ。身体の小さい僕にとってその技を身につければ有利だと思った。十年間修行してそこそこは強くなれたと思うよ。兄さんはどうだい?やっぱり強くなったんだろ?」
「そうだな、俺はマーシャルアーツを習った。でも、父さんの見よう見まねで、なんでもありのストリートファイトをしていることの方が多かったな」
アンディは微笑んだ。
「兄さんは父さんの格闘スタイルを受け継いでいたもんね。兄さんの戦う所を見てみたいよ。だからね、さっきの話の続きだけど、僕たちはお互い強くなって帰ってきた。キング・オブ・ファイターズは力を試す絶好の機会だよ」
「だが、あの男の主催の茶番劇だぜ。直接奴をぶちのめせなければ意味が無い」
「そうかもしれない、でも大会の優勝者はハワード・コネクション直属のファイターになれるという噂だ。僕たちが勝てばきっと接触してくるよ」
「そうか!それに大会に出てくる奴の手下をまずのしちまうのも悪くないな」
テリーはこぶしを握り締め、街中でひときわ目立つビルを睨みつけた。
「待っていろよ、ギース・ハワード!」
サウスタウンにおいてもっとも高い建物、ハワード・コネクション・セントラル・ビルの最上階の部屋から一人の男が腕を組み下界を見下ろしていた。極上のイタリアンスーツに身を包み、プラチナ・ブロンドの髪をオールバックにセットしている。40がらみの紳士的な容貌は端正と呼ぶのに相応しかった。
「ギース様、今日の正午の時点で大会の申込者数が昨年を超えています」
ダークスーツに黒眼鏡という出でたちの男が書類を見ながら報告した。
「海外からの参加も多数あります。このキング・オブ・ファイターズも10年を超えて知名度が上がってきたようです」
ギースと呼ばれた男は無表情のまま肯いた。視線は相変わらず窓の外に向けられている。
「いよいよ、ですね」
傍らに立っていた目つきの鋭い青年が声をかけた。
室内に控える他の男たちが皆黒尽くめの中でオーバーオールにバンダナという軽装が浮いている。手には朱塗りの棒が握られていた。
「調子はどうだ、ビリー」
「別に、いつもと変わりませんよ」
「そうか、ならいい」
二人は窓ガラスに写るお互いの姿を見ながら会話していた。
「試合で手応えのある相手がいたら報告しろ。もう少し手駒を増やしたいのでな」
「わかりました。ライデンとホア・ジャイにも伝えておきます」
ビリーは軽く頭を下げ、2、3歩後ろにさがった。
黒服の一人が声をかけた。
「おい、ビリー。前回優勝でシードがあるからってトレーニングもせずにここにいていいのか。油断してると足元をすくわれるぞ」
ビリーはじろりと視線を投げかけた。
「言われなくてもわかってるさ。オレのいない間、ギース様の警護を頼んだぜ」
軽く手を振りビリーは大股で歩き去った。
「あいつ、最近少しいい気になっているようですね」
「自信があるのは悪いことではない。それだけの力はあるのだ。ただ願わくば…」
ギースはその時初めて氷のような微笑を浮かべた。
「今年は楽しませてくれる人材が出てきて欲しいものだ」
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