夕闇色にそまるサウスタウンの路地をジョー・東はのんびりと歩いていた。
全米から押し寄せたキングオブファイターズの参加者で宿はどこも満杯だったが、やっとの思いでねぐらを確保し、次は空腹を満たすべくさらに足を動かしていた。
ふと目に入った明るい色彩のネオンにひかれてジョーは扉を押した。
店内は熱気に満ちていた。おそらくキング・オブ・ファイターズの参加者とおぼしき立派な体格の男たちが何人も席を占めていた。
「いっぱいだな、こりゃ」
つぶやきながら見回すジョーの目に白い星を背負った赤いジャンパーが飛び込んできた。
「テリーじゃないか」
カウンターに座っていた長い金髪の青年は振り返り、片手を上げた。
「えーっと、ジョーだっけ、横空いてるぜ」
「いらっしゃい、何になさいます」
腰を下ろしたジョーにカウンターの内から、マスターとおぼしき、ひげを形良く刈り込んだ男が愛想良く声をかけた。
「まず、ビール。あと、なにか腹にたまるもんないかな」
「わがパオパオカフェ特製ホットドッグなどいかがです?」
「じゃ、それ三つもらおうか」
マスターは軽くまばたきをすると、
「はい、ホットドッグ三つですね」
と笑顔で応えた。
「ここのホットドッグは味はともかく特大サイズだぜ、大丈夫か?」
「へーきへーき」
ジョーは目の前に置かれたビールをぐっとあおった。
「宿を見つけるのにさんざ歩いて、腹がペコペコだぜ。あんたのほうはどうだい、うまく見つかったか?」
「ああ、弟が手配していたみたいでね」
「へえ、そういえば弟さんは?」
「時差ぼけだとか言って、宿で休んでるよ」
「時差…?どっかよその国から来たのか?」
「ニッポンかららしい」
「へー、日本!俺の生まれ故郷だぜ」
「らしいな」
「俺はタイから飛んできたけど、時差だ何だって考えやしなかったなあ」
「タイ?ああ、ムエタイの本場だもんな」
「おおよ、タイトル戦だなんだって、しばらく日本に帰ってなかったから、今度弟さんに会って話を聞いてみたいね」
「お待たせしました。とりあえず、1つ目です」
皿の上にのったホットドッグはたしかに通常の1.5倍はありそうだった。
「おっ、んまそうだな。じゃ、いただきます」
ジョーは両手を合わせてペコリと頭を下げると、やおらかぶりついた。
ジョーの食べっぷりを見て、マスターは2つ目を作り始めた。
またたく間に特大ホットドッグを腹の中に納めて、ジョーは店内を見渡した。
「ずいぶん繁盛してるね」
「はい、キング・オブ・ファイターズの時期はいつもこうです」
ふと舞台というにはいささか広い空間が目に入った
「あすこで歌謡ショーでもするのかい」
「いやまあ、ショーというよりエキシビションですが、大会直前に怪我をしても困るので休み中です。」
「あそこで普段はファイトできるのか?」
コーラに口をつけながらテリーが聞いた。
「ええ、まあ。もっとも大会が始まれば多分ここも会場になるでしょう」
「会場?」
「お二人はキング・オブ・ファイターズに出られるのは初めてですか?大会の仕組みをあまりご存じないようですが」
「ああ」
「ストリートファイト方式の異種格闘技戦だってことは知ってるが」
「そう、予選がちょっと変わってましてね。対戦相手同士が了解していれば、いつどこで戦っても構わないのです。サウスタウン中が会場みたいなものです。だから、明日、ここであなたと私が戦っているかもしれない」
「俺とあんたって…あんたも出場すんの?」
「ここに来てリチャードを知らないなんて、兄ちゃんモグリかい」
後ろのテーブル席の男が声をかけてきた。
「リチャード・マイヤは準優勝経験者だぜ」
「へー」
二人は目の前の落ち着いた物腰の男性を改めて見直した。
「あんた、格闘は何やってんだ」
テリーがたずねる。
「カポエラ、ご存知ですか」
「あー、なんか足技主体とかいうやつ」
ジョーが声を上げる。
「そう、ブラジルの格闘技です。正直言いまして、カポエラはあまり知名度が高くありません。だから大会に出ることで少しでも広めたいと思っているのですよ。さあ、どうぞ」
リチャードは2つ目のホットドッグを差し出した。
ジョーは口にほおばりながら、さらに話しかけた。
「キング・オブ・ファイターズってけっこう有名な割には、内容がいまいち伝わってないのは会場とか無いせいか。にしても誰と戦うとか、わかんなくなりそうだぜ?」
「大会が始まればサウスタウン中にスタッフが配置されますからね」
「スタッフってハワード・コネクションの連中か」
テリーがキャップのつばをぐっと下げながらつぶやいた。
「ハワード・コネクションってなんだ?」
テリーは黙りこくってしまった。
ジョーは店内からいくつもの剣呑な視線が自分に突き刺さるのを感じた。
リチャードは穏やかな笑顔を浮かべて答えた。
「大会の主催者ですよ」
そして低い声で
「どの国のどの町にもその土地の顔役がいる。つまりそういうことです」
とジョーの耳元で付け加えた。
ジョーは頭をかきながら
「ふうーん、まあ、なんかそういうことなのかね」
とつぶやいた。
「しかしまあ、ずいぶんと気の利いた催しをしてくれるじゃないか。気前もよさそうだしな。ま、賞金はこの俺様がばっちり稼がせてもらうぜ」
ジョーは誰に言うともなしに、大声で宣言した。
「ま、頑張りな、若いの」
どこからともなく声が飛び、店内の空気がほぐれた。
リチャードは3つ目のホットドッグを差し出し、
「お互いに健闘しましょうね」
とウインクをした。
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