ビリーが常宿にしているロンドン郊外のB&Bに二人の男が訪ねてきた。
「貴方が元キング・オブ・ファイターズ優勝者のビリー・カーンですね」
見るからに上等そうなスーツを着込んだ男の一人が丁寧な、やや硬い英語で尋ねた。
「確かにオレがビリー・カーンだが、キング・オブ・ファイターズなんて何の意味も無いぜ」
「ふふ、貴方に逢いたいと言う方がいらっしゃいます。我々と御同行願えますか」
「何処の誰が、オレに何の用事だっていうんだ」
「それは、ここで申し上げられません」
「そうかい」
ビリーは、す、と棒を握った。
「オレは今、後ろ盾のない流れモンでね。自分の身を守るためにゃ妙な相手にノコノコついていく訳にはイカねえんだよ」
「その後ろ盾についての申し出なのですが、ね」
「なんだと」
「貴方の力を買おうという方がいらっしゃるのですよ」
「ほう」
ビリーは棒を降ろした。
「物好きもいるもんだな」
「そうでもありませんよ。キング・オブ・ファイターズ過去3回優勝。前回惜しくも準優勝という実力者ではありませんか、貴方は。それにある都市の支配者の右腕と呼ばれていたのでしょう」
ビリーは鼻を鳴らした。
「あんたら、何を調べてきたか知らないが、持って回った言い方はよしてくれ。オレはそんなに頭の回る方じゃないし、気だって短けえんだ」
「わかりました。正直に言いましょう。あるお方が、キング・オブ・ファイターズの現在の優勝者の力の程を知っている人物を、求めているのですよ」
「テリー・ボガードのか?」
ビリーはその忌まわしき名前を吐き捨てるように口にした。
「一体どこのどいつが何をたくらんでやがる!」
「あまり詳しくは申せませんが、貴方さえお望みならボガード達と再戦する機会を作る用意は出来ています」
慇懃な男たちは笑いを浮かべた。
「…オレは誰に会いに行けばいいんだって?」
「ヨーロッパの闇の帝王と呼ばれるお方、とだけ今は申し上げておきましょう」
ビリーにある記憶が浮かんだ。
キング・オブ・ファイターズ開催も近い日のことである。ギース・タワー最上階の会長室で、何の話がきっかけであったろうか。ビリーがギースに向かって何気なく言った一言があった。
「ギース様には恐れるものなど何もないのでしょうね」
だが予想とは異なる答が返ってきた。
「…ビリーよ、私にも恐ろしいものはある」
「ギース様?」
「…私がまだ少年の頃、完敗した相手がいる。私はいつかその相手と決着を着けねばならぬ。その日はもうそれほど遠い先ではないだろう」
「ギース様が完敗した相手…?」
ビリーにとってギースは絶対無敵の存在であった。とても信じられる話ではない。
「ギース様を負かす人間がこの世に存在するんですか?」
「この海の向こうで帝王と呼ばれる男だ。遥か、彼方だ…」
窓の外に向けられたギースの目は、ビリーには知るべくも無い、遠くの何かを見つめていた。
己の主人の今まで見せた事のない表情に、ビリーはそれ以上なにも訊く事ができなかった。
…もしかするとコイツはギース様が唯一恐れていた人物かもしれない。 だとしても…
ビリーは再び棒を握った。
「あの胸くそ悪い奴等ともう一度やれるっていうんなら…しばらくの間、飼われてやってもいいぜ」
ビリーは不敵に笑った。
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