アバレンジャー、そして宇宙捜査官たちとの戦いの場を後にしたシャドウとメドゥーサは、沖合に泊めていた彼らの宇宙船に乗り込んだ。
二人がブリッジに入ると暗かったコントロールパネルにふわりと灯がともる。
メドゥーサがいくつかのスイッチを入れると、宇宙船はおもむろに上昇を始めた。泡立つ水の他にほとんど音は響かない。
海面より浮上し、なおも上昇を続ける。
ついには大気圏を突破した頃、ようやく宇宙船は止まった。
シャドウがコントロールパネルの真ん中にある半球体の前に立ち、両手をかざす。
半球体は白い光を放ち、やがてその光はブリッジ全体を、そして宇宙船全体を包み込んだ。白く染め上げられたスクリーンは、やがて元通り黒い空間と星々、そして地球を映し出した。
…いや、眼下に映る地球はただ赤茶け、海も雲も存在していなかった。
シャドウは大きく息をつくとブリッジ後部の椅子に腰を下ろし深々と身を埋めた。
メドゥーサの長い指がなおもパネルの上をすべる。
「ただいまより自動航行に入ります」
機械的な声が告げた。
メドゥーサは笑みを浮かべると身を翻した。
まもなく、彼女がブリッジに戻ったとき、その手にはグラスが握られていた。中には赤い液体が揺れている。
メドゥーサは椅子に座るシャドウの横に立ち、腕を彼の首に回した。
「ヒカルも、もう追ってこられないわね」
「次元を超えたからな。奴らの船で『これ』をしようとすれば、大がかりな仕掛けが要る。それに相棒を潰しておいたから、しばらくそれどころではないだろうさ」
「あのお嬢ちゃんや坊やたちもずいぶん張り切っていたわね」
メドゥーサはグラスの中身を一口含むと、空いている手でシャドウの髪をまさぐった。
やがてメドゥーサはシャドウの首のマフラーをするりと抜き取った。
「けっこう派手にやってくれたものだから…」
メドゥーサの手はなおもひらめく。
シャドウは身じろぎ一つしなかった。
乾いた音がして、シャドウの身にまとう鎧の留め金が外れ、メドゥーサはそれを横に投げ捨てた。
「ずいぶんと」
黒いスーツにメドゥーサの手がかかる。
高い乾いた音を立てて引き裂かれた。
「やられちゃったねえ」
メドゥーサは微笑んだ。
むき出しにされたシャドウの浅黒い肌の上に、胸から腹にかけて大きく一筋、赤黒い痣が浮き上がっていた。
白く細く長い指が、傷をゆっくりとなぞり上げる。
「私の体は多少の手傷を負ったところで、たちどころに回復してしまう。この程度、何の問題もない」
「それでも…」
指が再びさわさわと傷を下っていく。
「痛みは感じるよね!?」
突然メドゥーサは尖った爪を傷口に突き立てた。
シャドウはわずかに口元を歪めた。
ぎりぎりと爪は食い込み、新たに赤いものが滲み出はじめた。
シャドウは喉の奥を小さく鳴らしたが、口を開かなかった。
「…まあ、いいわ」
メドゥーサは手を離した。
グラスを傾け、傷の上に赤い酒を垂らす。
それからシャドウの前にかがみ込むと、そこに舌を這わせ始めた。
顔を前方に向けたまま、シャドウが低い声で言う。
「メドゥーサ、アバレキラーの目を見たか」
メドゥーサは顔を上げた。
「キラー?あの若造のこと?」
肩をすくめる
「えらそうな口をきいていたけれど、踏んでいる場数じゃとうてい私たちの足下におよばない、ただの青二才ね」
「そう…かな。奴とは…なかなか面白いことになりそうだ」
「そう?」
「どうせデズモゾーリャには我々の力が必要になる。またキラーと出くわしたとき、何が起こるか…楽しみだな」
彼女に語りかけているというより、口の中でただ転がしているようなシャドウの言葉に、メドゥーサは軽く眉をひそめたが、黙ってグラスの赤い酒を紫の唇に乗せた。
そして立ち上がるとグラスを置いた。
掌をシャドウの頬に添える。
もう片方の手でサングラスを外した。
それが「合図」だった。
シャドウはゆっくりと口元を笑いの形に歪め、メドゥーサを見上げた。
彼女はくつくつと喉を鳴らしていた。
シャドウは腕を伸ばし、メドゥーサのスカーフに手をかけた。
メドゥーサの指が、シャドウの乱れた赤い髪を弄ぶ。
穏やかに上下を繰り返す彼の腹から、すでに痣はほとんど消えていた。
代わりに赤い小さな傷跡が彼方此方についている。が、それらも見る間にじわじわと薄くなっていった。
メドゥーサは上半身を起こし、シャドウの顔をのぞき込んだ。
メドゥーサの銀の髪がさらりとシャドウの胸をなでる。
普段サングラスを外さないシャドウの、このように無防備な顔を知っているのは自分しかいない。
「あの青二才の何が気に入ったのか知らないけど、思うように事が運べばいいわね。エヴォリアンはきっとすぐまた私たちを呼ぶ。だから…今は…」
メドゥーサはシャドウの閉じられたまぶたにくちづけた。
「おやすみ、シャドウ」