奴は突然俺の前に現れた。
ひ弱でもろいニンゲンの姿の上に黒い皮を被って。
「力が欲しい」と奴は言った。
手にしたあのカードをちらつかせて。
我らを縛るあの『力』のこもった、憎々しい紙片。
何のつもりではじめたか知らないが、我々を駆り出し、弱々しいニンゲンどもに仕えさせるやつがいるとは聞いていた。
あの『力』を使って。
《見返りは何だ》
俺は聞いてみた。
奴がその気になればカードの力で俺を屈服させることができると知りながら。
ただ、その前に奴の喉笛を噛み切ってしまえばいいと。
「倒したやつらはお前のものだ。好きに食えばいい」
奴は律儀に答えた。
俺にとってはたいしたうまみのない申し出だった。
俺たちは食い食われることもあるが、必要以上にお互いに関わらない。
わざわざ争いを仕掛けてまで強くなる気は俺にない。
《お前は何を賭ける》
俺は聞いた。
「俺の命」
奴は答えた。
これはゲームだ。
誰が仕掛けたかしらないが。
勝ち続けることだけが奴に残された道。
負けてしまえば他のやつらに食われるか、俺が食うか、どちらかだ。
丈ばかり長くて、筋張ってまずそうではあるが。
あまりに分の悪いゲームに挑む奴の酔狂さに免じて。
俺はこの脆弱な生き物に手を貸す気になった。
今から思えば、奴にとって契約する相手は俺でなくてもよかったのだろう。
奴の前に最初にあらわれたのが俺だったから。そうに違いない。
俺はそれほど強くはないのだから。
鋭い爪も、太い手足も、頑丈な角も持っていない。
ただ、この翼と様々な技を使って今まで生き延びてきた。
奴がまず生き残ること望むなら、俺を選んで正解だったのだ。
あの時、奴はまっすぐ俺を見て言った。
「俺にはやらなければならないことがある」と。
もうずいぶんと戦って、ほかのやつらを吸収してきた。
いよいよ他のニンゲンどもとの戦いも始まったようだ。
せいぜい前を向いて走り続けろ。
足を止めたとき、俺がお前のその細い首筋に牙を突き立ててやる。
まあ、なるたけ、楽しみは長いほうがいい。
生き延びて見せろ。