輪環

仕掛け人の呼びかけに、奴はゆっくりと立ち上がった。

やがて歩き始める。

その背は思いがけずしっかりとしていた。

振り返り、龍との契約者の屍を見つめ、また歩き出す。

「…俺の望み…」
そうつぶやくのが聞こえた。

お前の望みを…まだ、かなえる気があるなら…

俺は、あの建物へと飛び、奴が着くのを待った。



何度倒しても、よみがえる金色の羽の存在。
体を這い上がるおぞけを押さえ込み、俺は翼を広げる。
青と金の姿となって、蓄えた力をすべて注ぎ込んでも、
金の羽の存在は、いともたやすく俺たちを打ちすえる。
奴は立ち上がる。
俺は黒い翼を広げる。
力を使い果たしても、まだ、動けるなら。



叫びが、聞こえた。


金色の存在が、滲んで消えた。


いきなり、ぽっかりとあいた空間に、
「それ」はふわふわと浮かんでいた。

奴がゆっくりと指を伸ばす。





奴は、「向こう側」へと戻っていった。

俺は、あの建物の前に
翼を閉じ、佇んでいた。

奴には、もう俺はいらない。

俺は目をつぶる。

奴の行き先はわかっている。

そこで奴は、あの龍との契約者と、同じ顔をするのだろう。



俺の体に絡んでいた力の糸が、
ほろほろと
ほつれて
消えていく。


枷は、消えた。


俺は、動かなかった。








どこかで

声がする。



あの、建物から。


あの声は、そう、たしか
ニンゲンの「笑い声」というやつだ。

やわらかく

絶え間なく

響いて…



キン…と、俺の中に覚えのある感覚がよぎった。
いつか、金色の存在のせいで同じことを繰り返したときに似た…

だが
今度は
何もかもが、砕け
塵になっていく。
いや…きらきらと
光のつぶに…



響く…「笑い声」…



俺は…理解した。
俺は、「なかったこと」になるんだな…

なら、奴の命は…



なにもかも、
おれのからだも
きらきらとくだけて…

ああ…

…まぶし…い…

author's note
RYUKI