逡巡

〜KNIGHT SIDE〜

人ひとりの命なんだ、と顔をゆがめて口にするあの男を
あの時、俺は甘いと切り捨てた。
ひとたびライダーの道を選んだ人間なら、
その瞬間から自分の命を失うことの覚悟はできているはずだ。
倒しても、通常の人殺しとは意味が違う。
…はずだったのに。

ひとつの命を12の命であがなわせる。
人が聞けば狂気の沙汰だと言うだろう。
だが、人の命の価値なんぞ
受け取る側によってまるで違う…はずだ…

それなのに…

ひとりの命と叫ぶ声が
契約相手にむさぼり食われた男の姿が
うざったい男の言葉が
振り上げた俺の手を止めた。


病室の扉に背を向けた俺に行くあてなど無い。

あの日。
奪われたものを奪い返すために腕を伸ばし
つかんだ小さなデッキ。
それを手にして見つめながら、
俺はいつの間にか座り込んでいた。


「キイ」
背中で、あいつの声がした。
そばに来ていることに気付かなかった。
あいつもかなり苛立っているだろう。
あいつにも…すべてが終わったら、つぐないをさせるつもりだったのに。

たぶん、今、あいつは俺を狙っている。
だが、俺は動くことができなかった。
膝に力が入らない。

俺は死ぬのか…
他人事のように、ただ頭の片隅に浮かぶだけ。


だが…
いつまでたっても、何も起こらなかった。

ナイトとしてあいつを使役しているときと同じように
その存在を背で感じながら
俺はただ座り続けていた。

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