…う……るぅ…

聞き覚えのある誰かの泣き声で目が覚めた。
気になって布団から出るとひんやりとした空気が肩を冷やす。
すっかり暖かくなってきたとはいえ、深夜ともなればまだまだ肌寒い
その肌寒さがまだ夜明けにはほど遠いことを俺に知らしていた。

起きあがって上着を羽織り、部屋の扉を開ければ、
今度ははっきりときこえる泣き声。
「ぱぁーるぅ…」
聞こえてきたのはパステルの部屋から、どうやらルーミィが泣いているらしかった。
一体何があったのか、その鳴き声はだんだんと大きくなってきている。

こんこんこん
軽くノック

「パステル…??」

しばらく待ってみたけれども、返事はない。
今度はもう少し強くノックをしてみた。
ぴたり、と鳴き声がやんだ。
「くりぇー」
しばらくの沈黙の後ぎぎぃっと低い音を立てて扉が開き
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたルーミィが飛び出してきた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
部屋の中を覗き込んでみたけれども、特に変わったようなところは見受けられない。
「怖い夢でも見たのか?よしよしパステルはどうしたんだ?」
ゆっくりと頭をなでてやりながら抱きかかえて部屋に入る。
そこで、やっと何かがおかしいことに気が付く。
特に何の変哲もないただの部屋、何もない…

「パステルはどうしたんだ?」
さっきと全く同じ質問、でも意味は全く違っている
そう、本来そこにいるはずのパステルのベットはもぬけの殻だったのだ。

ふと目を覚ましたところ隣で眠っているはずのパステルの姿がなく、ルーミィは泣いていたのだ
「もしかしたらトイレとかかも知れないだろう?」
そう思って一通り宿中を探してみたけれども、やっぱりどこにもパステルの姿がない
流石に不安になってみんなをたたき起こし始めた。
はじめに納屋で眠っていたノル、それからキットン。シロ
そして最後は…パーティ最悪の寝起きを誇るトラップ。
まぁ、どういうわけだかしてことパステルに関しては異常なまでの能力を発揮するトラップだからして、こう言うときだけはさっさと起きるんだろうな。
そんな呑気なことを考えながら一応のノックの後に扉を開ける。
「トラップ、起きてくれパステルが急にいなくなったんだ」
予想外、すんなりと声を掛けただけで部屋の主はのっそりと起きあがる。
「…なんだよ…うるせぇなぁ…」
「だ・か・ら!パステルがいないんだってば!」
半ば詰め寄るようにして言い直す。

「たく…またあの馬鹿なにかしでかしやがったのか?」
「そんな言い方はないだろう、ルーミィなんてずっと泣きっぱなしなんだ、お前も探すの手伝ってくれるよな」
「へーへーわかったよ。で、残りの奴等は?」
「みんな下の食堂で待ってる」
「じゃあ、おまえもそこで待ってろや、あと5分で行く」
絶対に二度寝するなよと念を押して言われたとおりに下の食堂で待つことにした。
流石にまだ眠気がすっきりとしないのかどことなくぼうっとした顔をしている
半ば夢でも見ているようかな気分、
もしかしたらこれは全部夢で本当はみなすやすやとベットの中にいるのかも知れないと思いたかった。

 

キットンがルーミィから事情を聞く。

「じゃぁルーミィが寝るまではパステルはいたんですね?」
「ご本読んでくれたんらおー」
そう言って少し嬉しそうに両手に抱えていた絵本を前に差し出す。
今日(正確に言えば昨日か)の昼間にパステルの買ってもらったばかりの真新しい絵本。
可愛い動物たちの登場する暖かい感じがする物で、いかにもルーミィが好きそうな物だ。
案の定ルーミィは買ってもらってからと言う物の、たとえ食事中ともいえども一時も放そうとせずに、隙を見つけては俺やパステル、しまいにはキットンやあの無口なノルにまで読んでくれとせがんでいた。
まあひとり旨く逃げ回っていた奴も居たみたいだけど。
本来なら余り荷物になるような物は買わないことにしているはずなのにどうしてなのか聞いてみたらパステルは少し照れたように笑って
「あんまりにもルーミィがこれ、気に入ったみたいだったから、自分で読めるようになってもいいかなと思って、お気に入りの絵本ってクレイにもあったでしょう?」
と答えた。
そう言われてみれば、俺も幼い頃はいつも自分の枕元に一番お気に入りの絵本をおいて眠っていたような気がする。
どんなタイトルだったか、いまとなってはおぼろげにしか覚えていないけど
時には両親からもらったプレゼントだったり、人形だったり。

それらはどれも自分にとってかけがいのない大切な物で、それだけ手放したくなくて、そばにあると安心して眠れた物なんだ。

そのうちに約束の5分をやや過ぎたあたりでトラップがやっと降りてきた。
「で、何が起きたんだって?」
どかっと乱暴にイスに腰を下ろして不機嫌ありありに聞いてくる
そりやぁぐっすりと眠っているところを起こされたんだからして、腹が立つのは仕方がないだろうけれども、もしかしたらパーティの一大事かも知れないって時だ、しゃんとしてもらわなければ困る。
「何かあったのかも知れない」
心配性だと言われてもいい、リーダーとして考えることはまず第一にメンバー全員の無事なんだ。

「ふぅん、ちゃんと探したのか…?」
「ああ、トイレはもちろん、女将さん達の部屋だって確認したさ」
それでも見つからなかったからこうして皆を集めたわけで…
「ほーう、じゃあもっかい探してみようじゃんかよ」
ぎしぎしとノルを覗く全員を引き連れて階段を上る、
深夜と言うこともあってどんなに忍び足で登るけれども流石の安普請。これだけ大勢で登ると今にも落ちそうなくらいきしんだ音がたつ。
トラップは乱暴に一番奥のパステルの部屋のドアを開けて入り込んでいった。
迷いもなくパステルのベットの方へ。

「で、コイツが何なんだって?」
ソラ見たことかと言ったように振り返るトラップ。
その前には相変わらず主人不在で空っぽのベット
「だからいないだろう?」
「おーまーえーなぁ、あんまりにも長いこと一緒にいるもんだからこいつのおっちょこちょいがうつっつちまったんじゃねーの?」
ちょいちょいと手招きをするトラップ、呼ばれたとおりに近づいてみて、思わず、呆気にとられてしまった。
「…あ、ははははははっ…こりゃあ、やられたな」
なんてことはない、壁とベットの隙間にはすやすやと寝息を立てて眠り続けるパステル。
「ほら、起きろってんだよ、騒がせやがって」
トラップが器用に眠るパステルを蹴飛ばして起こす
「……トラップ…何するのよ!…ったたたっ」
よっぽどびっくりしたのか、慌てて飛び起きるとただでさえ狭い隙間のこと。
起きあがった拍子にベットの柱に頭をぶつけてしまい痛そうにさすっている。
「…まあ、とりあえずは良かったじゃないか」
早速抱きかかえていたルーミィを降ろしてやると一目散にパステルの元へと駆け出して、飛びついていた
「ルーミィ、こんどはパステルがベットから落ちないようにしっかりと見ててやれよ」
こぼれる口元の笑みを押さえつつ部屋を後にした。
「済まなかったな、手間取らせて」
「ふん、こちらとりゃいい迷惑だってーの」
「だから謝ってるじゃないか、ごめんって」
謝り倒してはみたものの睡眠を邪魔された怒りは大きいのか、一向に機嫌が直る気配はない。
キットンと別れ、トラップの部屋の前まで来た時。
「すこしは気ぃ効かせろってぇの、たく、何で俺がこんな苦労しなきゃ何ねぇんだよ」
ほとほと疲れ果てた様子でそれだけ言い残してさっさと部屋に戻っていった。
「…はぁ?」
一体何の事だかわからなかったもののそれを聞き直そうにも当の本人はおそらくもうすっかり夢の中にいってしまっただろう。

それは明日の朝にまた聞き直せばいいのだけれども、 このままじゃあ気になって朝まで眠れそうにない。
折角だから、今夜は大切な思い出達を抱きしめながら眠りにつくのもいいかも知れないなと
まだ実家の部屋にあるだろう俺のお気に入り達の顔を思い浮かべながら、再び自分のベットへと潜り込んだのだった。

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