それは、永遠の別れなどではなくて、再会を願う為のほんの儀式。
けれども、失ったものを見つけた者、大切な何かを掴んだ者
それを再び手放させるようなことは出来なかった。

「何も無理してついてこなくてもいいんだぞ?」
一人きりになることは正直寂しかったけれども、それでも彼女達の自由を奪うような真似だけは絶対にしたくなかった。
「何いってるの?私の探し物はまだ見つかってないんだよ、一緒に探してくれるんじゃないの?」
出会った頃と同じような無邪気な笑顔にほんの少しだけこのくらいの年頃少女特有の子悪魔的印象を加えて、
白い子犬を肩に乗せた少女はおれの隣で笑っていた。

見つかるはずの無い探し物、それは薄々彼女も気がついていたはずなのだが、
その答えに反論する気にはなれなかった。

「お前の不幸は折り紙つきだからな、シロ連れてってやっとつりあいが取れるってもんだろう?」
いつの間に説得したのだろうか、長年の友人達はちゃっかりと彼女の旅支度まで整えていた。

「いつか、二人とも見つかるといいよね、探し物」
一足先に探し物を見つけた友人達がやさしくおれの背中を言葉で押す

「いってらっしゃい」

その何気ない言葉がそのときは無性に心に染みた。

自分の探し物が何なのか、それすらまだよくわからない
一時は、それがつらくて、無意味に焦ったりもしたけれども、
結局は自分のできることをすればいいんだと考えることにした。

「いっそ、旅に生きるって言うのもかっこいいと思うけどな」
くるくると、体重を感じさせない飛ぶような足取りで、跳ねる。

それじゃあ、逃げることにはならないのか?
答えを出さないで保留にしたままのものがたくさんあることを忘れてはいけない
いつまでも待っていてくれると自惚れているのかも知れないけど。
「それもひとつの『こたえ』だよ」
少し荒くなってしまった語尾に気を悪くするわけでもなく、反対におれらしいと苦笑しながら答えた。

「わたしは、置いていかれたくないからついて来ちゃったけどね」
「帰るところがあるなら、帰ればいいだろう?」
「それ、そのまんま返してもいいんだよ?」
いつからこんな生意気な口を利くようになったんだろうか、
まだまだ子ども…いや、それ以下だと思っていたら、いつのまにか母親代わりからも十分に認められるほどの冒険者になって、
気がつけば面影を残しつつも、すっかり一個人としての独立も果たしてしまっている。
まるで、追い抜かれたような気持ちになるまでに。

この幼い少女に妬くなんて、情けない話しだけれども実際におれはそうだった。
だから、まだまだ甘えるような仕草を見つけると、ついつい嬉しくなってしまうのだ。
そして必要以上に父親ぶってしまう自分に苦笑する

それは、反対におれが甘えている証拠なのかもしれない。
そう遠くない未来、この少女もきっとおれの元から巣立っていくのだろう。
そのとき、おれは何かを見つけているのだろうか、

「ルーミィ」
ふと、思い立って先をゆく少女を呼び止めた。
「なぁに?」
「もし、…いや、なんでもないよ」
喉まででかかった台詞を何とか飲み込んだ。
おいていかないでくれ、なんて言えるわけがない。
ルーミィは苦笑いするおれの顔をしばらく不審にのぞき込んでいたけれども、
これから先に待つ冒険に胸躍らせているのか、すぐに気を取り直して再び跳ね出した。
「次は、どこに行くんだった?久しぶりにリーザの方見て回るんだったよね」
お下がりの使い込まれた地図を広げて歩くその様はまだまだ見ていてすこし危なっかしい。
「前、ちゃんと見て歩かないと危ないぞ」

おれの胸下ほどしかない華奢で小柄な体。
あどけない笑顔。

でも、そんな小さな彼女ひとりから、感じるのは5人ぶんの暖かい、なにか。
二度と会えないわけじゃない、無くしてしまったわけじゃない。
確かにそれらはそこにあって、いまもおれの周りを取り巻いている。

何も見つからなかった幾年月はすべて無駄に終わった訳じゃない。
足取りは旅立ちにふさわしく軽いものになっていた。
 「ありがとう」
無性にそう言いたかったが妙に照れくさかった。

 


町へはまだずいぶんと距離があり、その日は野宿になった。
ふたりと1匹の寂しい設営になるかと思ったけれども、そんなことは杞憂だったようで
相変わらずのにぎやかなその様子にほっとして、いつもなら叱りつけるわがままも多少は見逃してしまう。
結果、困ることになるのは自分なのだが、まあ、それも徐々になれていけばいいさと思う。
簡単な食事を済ませて、今夜の寝床を作る。
と、おもむろにルーミィは自分の鞄を広げ始めた。

「おいおい、こんなところで店開いてどうするんだよ」
「だって、石鹸が見つからないんだもん」
どうやら顔を洗いにいこうと思ったが、肝心の石鹸が見つからなかったらしい
「石鹸くらい、なくても大丈夫だろ?」
「……」
反論こそしなかったものの、明らかに不機嫌な顔。
「ほら、おれのでよければ貸してやるよ」
もともと、一人で旅立つつもりだったから、一通りのものはおれも準備している。
ザックのポケットからすでに小さくなった石鹸の包みを取り出し、放り投げてやる。
「ありがとう!」
ボディーガード兼オプション(言い得て妙)のシロを抱きしめたまま、近くの河原へと走っていった。

鞄の中身は広げたままで…

ほうっ、とため息をつきながら仕方なしに適当にまとめ始める。
パステルが必死に鞄に納めたんだろう、見た目に反して鞄の中身はかなり盛りだくさんだった。
どれも、見覚えのあるものばかり。

下がりは地図だけではなかったらしい。
古びた刺繍入りタオルにブラシやレースのリボン。筆記具や雨具などもすべてパステルが使っていたものだった。
’いいものを、安く買って長く使う’と染みついた主婦根性を自慢げに話していたっけ。
 それらを眺めていると、まだ、振り返ればそこに彼女がいるような気分になってしまう。
もし、今、ここにいるのがおれと彼女だったら、どうなっていたのだろう。
ずいぶんと前に考えることをやめてしまっていた想いが不意によみがえってくる。

気づかないままに、通り過ぎてしまったあのころ

 

吹っ切るかのようにいつの間にか握りしめていたリボンを鞄に入れ、再び広げられた荷物に目を戻す。
「ぷっ、こんなもの持ってたらろくな事無いぞ…」
見つけたのは、折り畳み式の皮財布、可愛い少女が持つには不似合いなそれはトラップのものに間違いない。
アイツは何を考えてこんなものをルーミィに渡したのか、
いつでもすっからかんに近かったその財布は、やっぱり軽い。
一体、何が入っているのだろうと中を見ようとして、やめておいた。

まあ、空っぽだとは思うけれども、あまり良い趣味じゃないしな。
そこにルーミィが帰ってくると、おれの手にある皮財布をみて急に大慌てで奪い返す。
「なっ…勝手に見ないでよ!」
「あ、いや…かたづけようとして…」
散らかしていったのはルーミィ自身なのだから、非難される筋合いは本来無いはずなのだが。
こう勢いに押されると、どうにも弱くなってしまうのは相変わらずで
「なにか見られるとまずいものでも入ってたのか?」
「……みて、ないの?」
「ああ、人の財布の中身みるのはおれの仕事じゃないしな」
見ようかと思ったとは言わないでおく。

「そっかぁ、そうだよね、クレイがそんなことするわけないもんね」
軽く冷や汗が流れたが、まあ、見なくて良かったと言うことにしておこう。
「何か、大事なものでも入ってたのか?」
そう聞くと、ルーミィは一瞬、驚いたような顔をした後
「うん、そうかもしれない…」
そういって愛おしそうに財布を胸に抱く。

その姿があまりにひとりの「女」を感じさせる。
まるで、自分の知らない誰かのようで

「…お父さんはお前まであの盗賊にやるのは嫌なんだけどなぁ…」
ついばかげたことをつぶやいてしまった。
彼女は抱きしめた財布に気を取られていただろうから、聞こえたかどうか、それはわからない、
そのかわり、ばっと俺を見上げると、突然こんな事を言いだした。

「さて、問題です」
「…??どうした?」
「いいから、すこしややこしいからちゃんと聞いてよね

 

あるところに彼女を探している彼がいました。
そして彼女も彼を捜していました。
探し続けていた彼が、ある時彼女をとうとう見つけるのですが
彼女は彼を捜すことに夢中だったので、いつまでたってもその背中は小さいままでした

彼女もあまりに一生懸命に探し続けたものだから、
ずうっと同じくらい一生懸命に追いかけていた彼はいつまでたっても追いつけなかったのです。
彼女に見つけて欲しい彼は思いました。
彼女に見つけてもらうためには方法はふたつ、
彼女が疲れて立ち止まるのを待つか。
彼女より頑張るか。

でも、立ち止まるのを待っていてはいつになるかわからないし、
彼女より頑張ろうにも彼だってもうこれ以上ないくらい頑張っていました。

ところが、彼は策士でした。
一か八か、近道をしたのです。
はじめ、その近道は失敗しました。

先回りをするはずの道はあっさりと見当違いの方向に出てしまい、こんどは彼が彼女を捜すことになりました。
ところが一度見失ってしまった彼女はなかなか見つけることが出来ません
だから彼はより必死になって彼女を捜し続けました。

でも、本当は近道は成功していたのです。
ただ彼があまりにも急いでしまったためにずいぶんと彼女の先に進んでしまっていたのです
だから彼は知りませんでしたが、今度は彼女が彼に追いつこうと一生懸命だったのです。

「さあ、彼と彼女が出会うために足りなかったものはなんでしょうか?」
「ボク!その答え知ってるデシ!」
膝の上で丸まっていたシロが嬉しそうに答えようとしたけれどもすぐさまルーミィに止められた。
「ダメよ!シロちゃんは答えちゃぁ」
「答えないデシ!」
くすくす笑っているところを見ると、初めからシロは答える気はなく、ただ、おれにプレッシャーをかける為だけだったようだ。

「足りなかったものなのか?方法じゃなくて?」
「うん、とても簡単なことだよ」
すこし考えた後聞き返す。
「で、ルーミィはすぐにわかったのか?」
「やだ、どうして聞いた話だって分かったの」
そうでなければ突然こんな事を言いだした理由がわからなかった、半分は勘だったけれども、
おそらく出発前にパステルから聞いたのだろう。
「わたしはね、全然わかんなかったんだ、だって、そんなこと考えたこと無かったもの」
「まあ、ルーミィはそういうところは根性あるからなぁ」
諦めると言うことを知らないのか、とにかく我の一点張りで押し切られたことは数知れず。
多少の譲歩はあるものの、誰に似たのか、相当な意地っ張りでもあった。
「で、答えはいったいなんだったんだい」
「だめだめ、言わせようったってだめだからね、わたしだって一晩教えて貰えなかったんだから!」
腰に両手を当て、偉そうに胸を張って言った。
「わかったよ、おれも一晩考えれば良いんだろう?さあ、明日も早いんだからもう寝よう」

まだ起きていたそうなルーミィをせかしながらふと思う。
たとえ、その答えが何であったとしても、彼と彼女はお互いを見つけることが出来たのだろうかと
問題の答えよりもおれはその結末が気になってしまって、しばらく考え込んでいたのだけれども
すぐにひとつの答にぶつかった。

見つけることが出来たからこその問題なのだと。

「…それは、よかった…」
夢の中で幸せそうに笑う彼と彼女の姿ににやにやしていたらしいおれは
翌朝、変な寝言だとさんざん笑われてしまったのだった。

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