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注意事項とあらすじ
深夜のチャットで後先考えずに語り始めたものに加筆修正したものです。
よって深夜のおかしなテンションそのままのアレなお話であることをご了承下さい
マリーナ好きは読まない方が良いかも。
パラレル定番の吸血鬼ネタ
孤高の神祖吸血鬼クレイとその娘パステル、
魔物退治師のトラップに魔族の孤児ルーミィの物語です。
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小さいながらも緑に溢れた山間の地方で人々の最大の関心事と言えば、明日の生活と…それからここ数年急激に活発化してきた魔物達の動向であった。
以前からぼつぼつと被害は起きていたもののそれは毎年春山で猟師が遭難する程度のことで「運が悪かった」程度の事であったのが、この数年間は特に増え続け流石に困った住人達が領主に元に駆け込んだモノの、財産分与による土地分配解決には自信のあるロードも魔物退治には全く疎く、己の力だけではどうにもならないことを悟るとあっさり中央教会への要請を行うことにしたのである。

対する教会側も一応はその手のプロフェッショナルであったが、きりのない避難者等の対応に必死で、その尋常ではない被害者の増え方に頭を悩ませて最後の手段を取ることになった。

対魔物を専門とする戦闘集団。
ダークストーカーハンターと言えば聞こえはよいが、実際のところはただの暗殺者集団、人こそ殺めはしなくても、幼い頃から徹底的に人なざる物との戦い方をたたき込まれた集団で、救いを基本とする教会がそんなところに助けを求めるしかないところまで事態は緊迫していた。
しかし、裏では今まで何度も交流のあったことも確かで…実際ギルド運営費の何%かは教会から出ているとも言う、
何はともあれ、密書を送ってから数週間後、1人の男が現れたのだった。
迎えたのは中央でも指折りの司祭ノル、
慈悲深く、信仰に厚い彼もこの今の状況にはほとほと心を痛ませていたのである。
ステンドグラスから差し込む薄暗い明かりの下、帽子を目深にかぶった男の顔はよく見えない、黒のコートに身を包んだその姿は旅の牧師といえないこともない、
が、多少の訓練を積んだ者ならその違和感に気が付いたかも知れない。
闇に生きる者の気配を。
「この事態の原因を探り、何とか収集をお願いしたい」
そう言って胸のロザリオを外すと男に手渡す、
これがあれば教会直属の者としての身分証明証となり、どこにいてもその恩恵を受けることが出来るのだ。
首に掛けようとした司祭の手から半ばひったくるようにロザリオを受け取ると、そこで初めて男は顔を上げた。
初めに感じたのは、何ものも恐れないような強い光を放つ瞳。
赤みがかった髪を掻き上げて彼は笑った。
「へっ、任せときなって。おれは一度だって獲物を逃したことはねーんだ」
その顔は、どこまでも楽しそうで、司祭は少し面食らう
「トラップ…トラップ神父、宜しくお願いいたします」

中央から徒歩で15日ほど、その村は果樹園と森に囲まれたごくごく普通の村であった。
ひとまず情報収集が先と言うことで一通りの酒場と、宿をハシゴしてみる。
自分の容姿は暗殺者としてはこれ異常なく目立ったものであったが、教会の保証付きという事もあってその待遇はなかなかに気持ちのいい物で、ついあちこちに寄り道をしてしまい実は2週間で到着する予定が1月近くかかってしまい少々焦って行動する羽目になった。
とにかく一通り聞いた範囲で解ったことは、教会からの報告とそう大差のないもの。
魔物達…特に吸血鬼が異様なまでに活発な動きを見せていること、おおよそ4年前 、初めは数人の被害者だったのが団子状に膨れ上がり、初めは村人達で対処していたものの、いまでは夜に家の外に出る者は誰もいないということ。
根本的に初めに動き始めた吸血鬼は何物なのか、聞けば聞くほど混乱が深まり、4年前から継続して現れていると思われるその吸血鬼はどうやら2人
幼い少女の姿の吸血鬼と美しい美女
しかし、依然としてその正体はつかめるはずがなかった。

流石に多少疲れて座り込んだ商店の軒先で1人の老女のつぶやきを聞いたのはそんな時。
「昔はさ、なんだか吸血鬼にもえらい男爵さまがいてそれなりにあたし達とも上手くやってたって言うけどねぇ」
聞き漏らすはずもなく、すぐさま老女に詰めよる、 ただでさえ少ない情報にうんざりしていたときだけに自然とその口調はきついものになっていた。
「おい、そいつのこと、もっと詳しく聞かせてもらおうじゃねーか」
言わないとどうなるかわかったもんじゃないぞ、そんな意味合いさえ含ませて詰め寄ったのだが老女は元々おしゃべり好きだったのか、雪崩のように話しはじめ、トラップはほんの少し後悔した。
「男爵様は、昔この地方一帯にいた吸血鬼の長だよ、今みたいにばかすか魔物が暴れ出す前、そう、もう17年も前になるか、……」
婆さんの話は長くなるので半分は居眠りをしながら聞き流す、
それでも、長年の経験か、必要と思われる語句だけは何一つ聞き逃ししないように網を張るのだ。
「クレイ…?」

それは1人の男の名前だった

「ああ、そのヴァンパイアロード様の名前さ、今はどうしているのか解らないけどね」

かつてこの地の魔物達を束ねてたという神祖吸血鬼、
滅びたのか、それとも封印されたのか、その名を随分と聞かなくなって久しいという。
しかし、どうにも引っかかってしばらく考え込む…と1人の男が声を掛けてきた。
「あなたは、そんな忘れられたような吸血鬼の名前を聞いてどうしようというのですか?」
振り返ればそこには大量の荷物を抱えた一人の男の姿
食料やら、薬草やら抱えきれないほどの荷物に埋もれて顔はよく見えないがどうやら随分と小柄な男らしい。
「きまってんだろう?ぶっ殺しにいくのさ」
ややオオゲサにそう言ってみせると男はぎょっとしたように飛び上がり、抱えた荷物が辺り一面に広がった。
「あなたは、なんの確証もなしにそんなことをするのですか?」
「んなものはしらねえ、おれのしごとはダークストーカーを討つことだ、教会でうなってるだけの神父とは違う。目の前に奴らがいる限りおれはこの武器を振るうのさ」
そう言ってマントを軽く持ち上げ、ずらりと並べられた武器の数々を見せてやる、
実際のところ魔物相手の時は武器よりもその素材の方が重要だったりするのだが軽い脅しくらいにはなるだろう。

「あなたは何も解ってはいない!!」

男はそう吐き捨てるように残すと荷物をかき集めそそくさと店を後にした。
物々しい凶器の数々に怯えたように見えないこともないのだが、トラップはそうは思わなかった。
「おい、今のアイツ。常連か?」
「まあね、1月にいっぺんくらいかな、今日のように大量に買い込んではいくねえ、あたらしもん好きみたいでさ、今日もこの新入荷したばかりの…って、おい!あんた!?」
老女のセリフが終わるか終わらないうちにかじっていたリンゴの代金ぶんの銀貨を投げ捨て店を飛び出した。

男やばーさんにはいわなかったけれども、魔物って奴はどんなに人間のフリをしていても臭いがちがう。
見た瞬間、その気配を感じた瞬間、あの男からは殺意やそう言ったものは感じなかったものの、明らかにヒトとは違う臭いがぷんぷんしていたのだ、
気配を隠し、急ぎ足で村のはずれへと向かう男の後を付ける。
男は一目散にどこかへ向かっているようだった、通りを抜けやがて、村の端を表す標識を過ぎ、村を囲む森の奥深くへと入っていく。
この森は昼でも薄暗く、当然人が住んでいるというような話は聞いたことがない、以前なら木こりくらいは居たのかも知れないが、今このような状況になって森に行くのは自殺志願者だけだろう。

これはビンゴ…かな
男はその体に似合わず敏捷な動きで木々をすり抜け、どんどんとさらに森の奥深くへ、獣道を通り、谷を越え
難儀しながら山を進むこと約2時間弱
訓練されたトラップでさえずいぶんと息切れしてきたというのに男は店を飛び出したときと同じペースで森を抜けていく。
これ以上村を離れるようだったら一度戻って装備を整え直した方が良いかも…とトラップが思い始めた頃、木々の合間にとうとうそれは現れた。
森の中にそびえ立つ白い屋敷、ちょっとした地方貴族の屋敷ほどはあろうか。
庭は綺麗に手入れがなされ咲き誇る色とりどりの花
何故か門の前に畑がありこれまたよく手入れのされたわずかばかりの野菜達。
自給自足と言ったところか、生活感がありありと感じられて妙な感じがしていた。
裏口らしい扉から男が屋敷にはいるのを確認したあと、丁度屋敷を伺えそうな庭木の一つに身を隠し、様子をうかがうことにした。

「だっ、旦那様ーーーーーーー大変ですぅ」
突如男が大声で叫び驚いた。
屋敷の外にいるこっちの耳までガンガンしてくるほどの大声で。
森の奥に屋敷を構えているのは案外この男が原因なのかも知れないなとくだらないことを考えながらトラップは頭を抱えた。
いくら耳を塞いだ所で、その声は頭に直接響いてくるかのようだ。
「いっ、いまままままっ、むらっ、むらっ」
「おい、どうしたんだキットン。少しは落ち着いたらどうだ」
言葉にならない言葉を発する男をやんわりとなだめているこの男がおそらくその旦那とやらであろう、
キットンと呼ばれた男は何とか呼吸を整えると やっとの事で意味の分かる言葉を陳列することに成功する。
「はっ、はああ。村へ買い出しに行って来たんですが、ハンターがきてるんです!!!」
ハンター、と言う単語にすこし身を震わせた物の、その男は比較的落ち着いたように返事をする
「ハンターか、ついに動き出したと言うところだろうな。」
薄々と予感はしていたのでも言いたげに
会話をよく聞くために少しづつ、壁をつたって移動する。
耳を澄ませて、会話が聞き取れるぎりぎりの位置へ、いくら気配を断っていても相手は人ならざる者達、絶対に安全とは言えないかも知れないけれども、距離は必要以上に詰めるようなことは絶対にしない。
「そんな!!旦那様!!のんびりと構えてないで!!」
落ち着き払っている若主人とは対照的に、相変わらずの大声でキットンは一気に続けた。
「ハンターは旦那様の名前を聞き出していました!用心することには越したことがないと!」
「馬鹿か、コイツ?」
窓の下でトラップはその不用心さに思わず呟く。
「いいんだよ、キットン。そのときはそのときだ」
コイツが例の「クレイ」なんだな。
過去、この地方の魔物達を統括し、治めていた偉大なるヴァンパイアロードにこうあっさりと接近できるとは
声を聞いただけでは人の良い紳士風であるもののその落ち着き加減は魔物の王らしい存在感があり、どれほどの魔力を秘めているのかトラップには予想がつかなかった。
どちらにしても村で聞いた話だけでは、どうにも情報量不足は否めない
ひとまず、主人にはそれほど警戒した様子は見られず、殺気さえ出さなければ屋敷付近や森の獣に紛れる事も可能だとトラップは判断し、ここはひとつトラップは、しばらくの間様子を伺うことにした。

夜の帳が落ち、森は表だっては静寂に包まれる、
しかし、耳を、体を澄ませば感じる数多の気配、
それは森の息づかいか、それとも、闇に巣くう何者かの気配なのか。

所々に灯されたランプの明かり、そのかすかな明かりに照らされた廊下を
ゆっくりとひとつの影が滑っていた。
寝間着の上から薄いショールを羽織り、手にはろうそくと、湯気の立つポット。
ゆったりと結われた金髪が、ろうそくの明かりに照らされては ちりちりとかすかに煌めいていた。
まだ何処となしにあどけなさの残る少女。
ひとつの扉の前で、足を止め、軽いノック。
「お父様、起きてらっしゃいますか」
扉を開けると、部屋の中には机に向かい、筆を走らせているクレイの背中が見えた。
父親と呼ぶにはまだまだ青年の雰囲気を残した黒髪の男だが落ち着いた物腰と美しい長身の姿は魔物の王らしい気品とカリスマがある。
少女の呼びかけにゆっくり振り向いたあと実の娘から見ても引き込まれそうな極上の笑顔を返す。
「今夜は冷えると思って、温かいお茶を持ってきました。」
部屋の中央の円テーブルに持ってきたトレーごとティーポットを載せ、ゆっくりとカップにお茶を注ぐと、いつもそうするように、椅子を引き、腰を下ろした。
「寒かっただろう、ゆっくりとしていくといい」
…しばらくの沈黙、変わらない毎日の繰り返し、
それほど多くの話題はなく、またお互いに会話の必要など無いのだ
「お父様」
その沈黙を破ったのは娘の方、なにかを決意したようなその呼びかけに
「そうした?パステル」
少しの曇りのないその優しげな瞳にはどんな言葉にも代えがたい説得力
…大丈夫だから…何も心配しなくてもいいから

この、どこまでも優しい父親はこうして昔から、自分にはなにも負わせようとはせずに、幼かった自分を守り続けてくれていた、もちろん、今もだ。
そして彼が自分の笑顔でどれだけ救われているのかも、少女…パステルは知っていた
「いえ、なんでも…」
お茶を飲み干して立ち上がる。
「おやすみなさい」
それでも、ここ数日間父はいつもよりふさぎ込んでいることが多いのを感じていた
何とか元気を出してほしい、そう願ってはいる物の、パステルにはそうすればいいのかわからなくて、
いつものように彼のそばにいることしかできないのだろうか。
不意に首から下げたペンダントを手に取る。
小さくはめ込まれているのは美しい女性と腕に抱かれた幼い少女の肖像画
同刻、部屋を出ていくパステルを見送った後クレイの手にもまた、パステルと同じ細工の小さなペンダントが握り、誰に聞かせるともなく呟く。
「 マリーナ、君が死んでしまってもう4年がたったよ…パステルも見違える迄に成長した。
なあ、俺はどうすればいいんだろう。今、他のヴァンピール達はわたしという主導者を失って無法状態だ、俺は一体どうすればいいのだろうか…」

それに答える者は誰もいなかった。

「わたしは、どうすれば…」
自室に戻るために、1人廊下を歩きながらパステルも同じように呟いていた。
もちろん、誰かが答えてくれることを期待しているわけではない、ただ言葉を口にすることによってなにかいい考えが浮かぶかも知れない、そう思っていた。
だから、突然に背後から声がかかろうとは少しも思っていなかった。
さらに羽交い締めにされようとも 。

「静かにするんだ」

引き寄せられ、胸にあてられた堅い何か。
喉元に突きつけられたそれに目をやれば、細くとがった銀の針。
「お前はこの屋敷の人間か?」
声は直ぐ耳元から聞こえてきた、自然と身がこわばり、足が震える、
覚悟がなかった訳ではないが、いざ直面するとなるとどうしても気が動転してしまうのだ。
どうすればいいのか、混乱に頭の中がはち切れそうになったとき
「おめぇ…ここの娼婦かなんかか?」
「…ぶっ、無礼者!」
あまりといえばあんまりなその発言に思わずパステルは相手の正体も忘れて言い返した。
「わたしはこのヴァンパイア一族最後の主人クレイが娘!あなたのようなひとにっ、しっ…娼婦などと言われる筋合いはありません!」
針の先端から身を逸らすようにして、この無礼な侵入者の姿を見てやろうと体をねじ曲げる。
そして、目に入ったのは、胸に輝く銀の十字架。
ただの銀細工ではない、司祭の祝福を受けた為に暗闇のなかだというのに、それ自体がぼんやりと光を発しているようで。
そこから導き出される侵入者の正体に、体の力が抜けていきそうになる、いや、これが羽交い締めの状態でなければその場に崩れ落ちていただろう。

その侵入者、…トラップはそんなパステルの様子を見るとにやっと笑う。
まだ幼さの抜けきらない感じのする少女。
おおよそ、吸血鬼の屋敷には似つかわしくないその風体にてっきり、よくある贄かなにかかと思ったのだが。
「んじゃあ、あんたもヴァンパイアって訳だ、その割には臭いは全く感じられなかったけどなぁ」
興味深い…研究対象
つい悪意地が働いて、アゴを持ち上げると唇を塞いだ。
舌先に触れる、堅い感触。
「…へぇ、ちゃんと”キバ”もあるんだ」
「……!」
一瞬何をされたのかわからなくて呆然としていたパステルだが、次に瞬間には羞恥と怒りで顔を真っ赤に染め上げた。
悔しさの余りに涙がにじんでくる、
そんなパステルとは対照的にトラップはそんなパステルの反応が面白くて仕方が無いかのように、再びパステルに口づけた
愛情などかけらもない、獣のようなキス。
拒もうにも、無理な体勢を強いられ、かつ、幼い頃から聞かされ、刷り込まれてきたハンターへの恐怖がパステルの力を奪っていく。

───殺される?

ハンターは自分たちを殺すことだけが目的の殺戮のプロ。
戦うことを全く知らないパステルには対抗すべき手段など当然持ち得るはずもなく、されるがままになるしかない。
「これで”餌”も完璧だな」
その言葉の意味をパステルが理解するよりも早く、鈍い痛みとともに意識が遠のいていった。

深夜、窓枠が不自然にガタガタと揺れている
ガラス越しに見える杉の木はただ静かにそびえ立つのみ。

クレイは、重い腰を上げ…ごく自然にマントを羽織る
と、ほぼ同時にさらに揺れのひどくなっていた窓枠が大きな音を立てて自然に開く。
目をやると、そこには予想通り、月を背負った細いカゲ
「今晩和、愛しい人」
「招かざる客が、一体何のご用ですか?」
この深夜の乱入者に対してもクレイの態度は機械的で、どこまでも紳士だ。
「あなたを、頂きに来たの、」
艶のある声、流れる銀髪、
長い手足を持て余すようにして部屋の中に降り立つと、魅力的な唇をクレイの耳元に寄せた。
「ね、わたしに頂戴」
女は甘えるような仕草でクレイのあごをなで、その頬を包み込んだ。
じっと見つめるそのブルーアイズに吸い込まれそうになる自分を何とか自制しながら。
クレイは目を細め、床に視線を落とした。
「わたしは、誰の物にもならないよ」
女の手を取り、 そのまま下ろした。
「わたしはわたしの家族を守ると妻に…誓った。君の欲しい物はここには、ない」
優しく、それでもきっぱりとクレイは言う。

───そして、君も

「いいえ、あなたはわたしの欲しい物すべてを持っている」
すこし、含んだ笑顔で女は囁き続けた。
「どうしても欲しいの、諦めきれないの、たとえどんな手を使ってでも…」
まだ握られたままだった手を握り直し軽く口づけする。
「あなたの、すべてをわたしに頂戴」
「……」
クレイは答えない、ただ、その視線に少しだけ曇りが見えたのは気のせいなのか
「いいわ、今日は特別に機嫌がいいの、今夜は散歩に連れていってよ」
そのまま空に舞い上がる

───その日、二つの影が空に舞った。

 

トラップは抱きかかえた少女に目をやった。
細身の体はまだ少し未成熟で、それでいてどことなく豊かさを感じさせるのは何故だろうか。
気絶させた後、そのまま眠りについたようですやすやと安らかな寝息が聞こえる
年頃の娘ではあるがちょいと自分の趣味ではないか…
…ナイスバディが好きなのだ。
愛らしい顔立ちと、柔らかい金髪はどちらかと言えば保護欲をかき立てる
「ま、好きこのんで化物抱く奴もそーそいねぇか」
そう言いながらも結構手を出していたりするから尚更質が悪い。
「…大事な大事な人質さんだからな、ま、せいぜい丁重に扱ってやるさ」
つん、と軽く頬をつついた
「……」
声こそ上げなかったが、軽くパステルが身じろぎをした。
やたらと呑気そうに眠るその表情を見ていると、ついつい自分の立場を忘れそうになり
くすりと口から笑みがこぼれた。
「面倒くせぇ…」
何かを誤魔化すように、小さく呟いた。

 

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