【0】

腕に当てられた細い銀の光
「力を抜いて下さい、そうすれば痛くありませんから」
そうは言われたものの、やはりつい視線を逸らして天井を見上げ、痛みに怯えてしまう。
ちくりと、かすかな痛みと脱力感、
あっという間に処置は終わり、腕にはちいさなガーゼが当てられていた。
「気付かれないように、お願いね」
パステルがそう頼んだ相手…キットンは勿論ですと何度も首を頷いたのであった。

その事を主治医にして屋敷の小間使いであるキットンから聞いたのはたしか2年前のこと。
強く口止めされていたにもかかわらず、それを伝えたのは彼なりに主人のことを気遣ってのことだったのだろう。
すなわち、 自分の血が父親にとっての万能薬に値すると言うこと。
しかし、詳しい理由は聞いたことが無かったものの、自ら吸血を堅く禁じているクレイはたとえパステルがそう願ったところで直接吸血を行ったりはしないだろう。
だから、キットンに頼んでほんの少しずつ解らないように料理に混ぜているのだ。

「…また、このスープかい?」
夕食の席、苦笑いでクレイは目の前の皿を見下ろしていた。
混入した血液の味を隠すため、ニンニクとレバーのたっぷり入ったごった煮スープ。
もう少し何とかなら無い物かと2人で考えた物の、やはりこうして味や臭いのきつい物で誤魔化すのが一番だろうと考え抜いた結果であった。
「いくらわたしが平気だといっても、こうこれでもかと入れられるとなぁ…」
「お父様!これはわたしたちが必死になって考えたスープです!薬だと思って全部飲んで下さい!」
嘘は言ってない、ぷくうと頬を膨らましたパステルに睨まれクレイはやれやれとさらに口を付ける。
魔族の王も愛娘の前ではやっぱり形無しなのである。
本当ならもうとっくに力尽きていてもおかしくないのだと言う。
今の彼を支えているのは強い意志の力に他ならない、
万能薬もほんの数滴づつ、それもとことん薄めた状態で、一体どれほどの効果を上げているのか。

もし、わたしがいなかったら…
父は楽になれるのだろうか?
苦しまないで……安らかな眠りにつくことが出来たのだろうか?

でもわたしは生きていて欲しい、笑って欲しい。
でも……

それは、私の我が儘なのだろうか?
その答えを出すにはまだ余りにパステルは幼くて、何も知らなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひんやりとした朝の空気が、未だけだるい体を研ぎ澄まさせていく。

近くの川で顔を洗い、大きく息を吸い込むと、体中に魔力が充実していることを感じた
昨夜、例のサキュバスに搾り取られたはずなのに、元通り、いや、今まで以上に力がみなぎっている。
小屋に戻ると結界を張り直し、朝食代わりのリンゴにかぶりついた。
隣からは安らかな寝息が聞こえる。
よほど疲れたのだろう、一向に起きる気配もなく、パステルは熟睡していた。
「よく寝るよな、コイツ」
自分のことは棚に上げて、さらに言うなら疲れさせたのは自分なのだが…
そう呟いて彼女のほどけた髪を梳いてやる。着たきりだった水色のドレスを肩から羽織り、少し寒いのか小さく丸まって眠り続けている。
「なんか、着るモン買ってやらねえとな」
そう思いついては、何呑気なことを考えているのかと自分でもびっくりしてしまう。
でも、たまにはこんな気分に浸ってみるのもいいかもしれないとも思えてくるから不思議だ。

白い、ドレスがいいよな。
ゆったりとした窮屈でないやつ、できる限り肌を隠すような…

ああ、やっぱりおれはどうかしちまったんだろうか、
今までは事が終われば興味は失せるはずだったのに、バカみたいな事ばかり、浮かんでは消えていく
それでも、口元にこぼれる笑みを止めようとも思わずにトラップは、今、幸せだった。
いつまでもこうしていられないことくらい解っているけれど、お互いそれに気がつかないふりをする。
まるで、今までずっとそうしてきたように2人、たわいもない会話を繋ぎ、お互いの距離だけを見つめて、取り囲む物すべてに蓋をする。
せめて、今だけは

「ねえねえっ、似合うかなっ」
「さあな、適当に見つくろっただけだしな」

今まではずっと張りつめていたのだろう、ずいぶんとあか抜けた風にパステルは話すようになった。
2時間悩んで買ってきた純白のドレス。
前の持ち主はどこぞの貴族の令嬢だったといい、悩んだだけの価値はあったんじゃないかとトラップは思ったものの、実のところ、照れくさくて、直視できない。
だから、言葉の代わりに後ろから抱きしめた。
「…甘いな」
「え?何?」
柔らかな髪に顔を埋めてにおいをかげば、染みついた藁の香りと、甘い香り。
ずっと、こうしていたかったけれどもそうもいかないらしい。
「ここを、動くなよ、おとなしく待ってるんだ」

プロとしての決着は、つけなければならない。

 

おだやかな雰囲気を持つその青年、をやや脱したような年頃に見えるその男は、まぶしそうに手で梢から覗く日差しを遮りながら、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。
実際にその姿を直視するのは初めてだったのだが、途方もない威圧感は想像以上だった。
「娘を、引き取りに来たよ。」
どうしてここが解ったのだろうか?結界は今まで以上に強力な物にしておいたはずだ。
無言のまま男を見据えた。
「はじめまして、というのかな?」
ひどく押さえられた声の響きの真意は、己を落ち着かせるためなのだとトラップは気がついていた。
それまでに、この吸血鬼は彼女を大切にしてきたのだろう。
憔悴した体を引きずり、彼はここを探し当てたのだ。
見た感じでは自然体を保ってはいるが、さすがはヴァンパイアロード、吹き出すプレッシャーは他のどんな魔物とも比べ物にならない。
「どうしてここがわかった」
「さあ?わたしも不思議で仕方がないよ、今まで全く消えていた娘の気配が今朝からぷんぷん臭っていてね。
寝不足を押してわざわざやってきたんだ、それに免じて素直に返して欲しい物なのだが」
「ここにはいねえよ」
「嘘、だろう?」
「さあね」
できることならこちらから不意をついて急襲したかったけれどもこうなってしまっては腹をくくるしかない。
今までヴァンパイアハンターとして生きてきた十余年。
その培った物を否定するわけにはいかない。

戦闘は静かに幕を開けようとしていた。

 

圧倒的にこちらが不利だった。
ここしばらくの憔悴に比べ、相手はまがりなりにもプロのハンター
そして、自分には吸血鬼としてどうしようもない欠点がある。
それを彼に悟らせてはいけない、出来ることなら、なんとかしてこの男の不意をついてパステルの奪取に努めたかった。
パステルの無事は少しも疑っていない。あれでも自分の、そして妻との娘だ。
そして何よりもこの辺り一帯に漂うパステルの気配。
薄暗い森の中、木々に紛れ、風の声を聞く。
ずっとそうして生きてきた。

慣性に捕らわれずに宙を舞う。
相手はどうやら体術と飛び道具がメインか、その奇妙な取り合わせはどうしてなのか。
おそらく、全体的にパワー不足なのだろう。
それならば、背後を取れれば何とかなるはず。
しかし相手もそれは重々承知の上のこと、戦い慣れた無駄のない動きには隙などほとんどないに等しい。
それでもこちらにはそれしかないのだから仕方がない、やらねば、やられるのだ。

「それで、攪乱してつもりか?」
落ち着いた様子でトラップは言い放った。
両手を大きく広げると何かを引くような動作をする
「しまっ!」
気がついたときにはもう遅かった。
パステルのことで頭がいっぱいで、張り巡らされていた罠に気がつかなかった。
手足にからみついた糸は何で出来ているのか、どんなに力を込めたところでそう易々と切れそうな物ではない。
当のトラップの方も
まさかこう簡単に勝負がつくとは思わず、多少拍子抜けした感があった、いや、ラッキーと言うべきか
念のためで仕掛けていた罠に引っかかるとは、それまでにこの吸血鬼は焦っていたというのか。
特別製の糸は少し力を入れるだけでとたんに獲物を締め付けることが出来る。
あとは、そのまま首を落とせばいい。簡単なことだ。
ほんの少しのためらいを感じながら、力を込めようとしたその時とき。

「そう簡単に決着が付いちゃったら困るんだけどな」
突然、背後から声がした、聞き覚えのある甘ったるい声。
不気味なほどの白い腕が、首に回され
「もっといたぶってちょうだいよ」
つついっと背筋をなでられるようなその声に体の力が抜けそうになる。
「彼も、それからあなたも」
それが何を意味するのか、理解するよりも先に背中に激痛が走った。
吹き出す血が地面を赤く染め上げる。
「…なにをっ、しやが…」
最後の方はもう声にならない。
ただ、ひたすらに痛みをこらえながらその場に崩れ落ちた

突然目の前で繰り広げられたその惨劇にクレイは一瞬呆気にとられた。
この、サキュバスは自分の命を狙っていたのではないのか?なぜに自分に味方をするような行動をとるのか、全く理解が出来ない。
だが、決してそれは己の為なのではなかったのだと直ぐに気が付いた。
こちらに向けられた意味深な笑み、
「面白い物が見れそうだと思わない?」
何かを確信したかのような話し方をする。
つられるように目を向ければしゅうしゅうと上がる白い煙
「…まさか…」
「切り札だったんでしょう?もし、今魔力がつきてもあの娘がいるものね。」
「違う!」
大きく頭を振ってルーミィを見上げた。
そんな思いで大切にしてきたわけではないんだ!
「かわいそうよね、親の保身のためにずうっと軟禁状態で」
「違うと言っているだろう!」

吹き出した煙は今出来たばかりの傷口からの物。
流れ出した血はまるで蒸発するのかのようにその赤みを失って…
「なんだよ…こりゃぁ…」
視界に入らないとはいうものの一度急激に襲ったはずの痛みが急速に収縮していくのを感じて、自分の身に何が起こったのか、トラップは悟った。
回復しているのだ、急激に。
そっと腕を回し、触れてみたが何もない、吹き出したはずの血も、裂けてしまったはずの傷も。
「貴様!」
勢い任せに襟首をつかまれて、木にたたきつけられ。
感じたのは初めて感じたことのない、怒り、戸惑い、…恐怖。
自分が恐怖しているのではない。
この魔物達の王が一体何を何を恐怖するというのだろうか。
「まさか、喰ったのか?」
「……」
「おい!」
少しずつ、判ってきたような気がする、まくし立てるクレイを横目にルーミィを睨み付けた。
てっきりまた笑っている物かと思ったら。

…なんて表情してやがるんだよ。
なにもかも、気にくわねぇ、コイツも、この女も。

 

 

 

幼い頃から屋敷の中で育ってきた。

外の世界への興味はそれこそ尽きることなくあふれ出てはいたものの、
深い森に包まれた大きな屋敷の中でさえ、実はまだ踏み入れたことのない部屋がある。
それでも父の与えてくれた数々の本を読み、いつかは自分もどこかここでない広い世界に出てみたいと思っていた。
しかし、年を重ね、体格的にはもう「大人」となってもどうしてもそれが出来なかった。
パステルもうすうす感じてはいたのだ、彼女の父親は見た目こそ数十年変わらないものの随分と中身が「弱って」来ていると言うことを。
体力的なものと精神的なもの。
出来ることならせめて、そばで支えてあげたいと、そう願っていた。
けれども、自分は今その想いとは全く違った選択を選ぼうとしているのではないか。
でも、それでも、わたしは…

「よそう、考えても仕方がないもの」
ただ一つ、はっきりしていることはわたしは、父様も、彼も、同じように愛しているのだと言うこと。
かけがえのない存在。
「大丈夫よ、きっと上手くいく、だから大丈夫…」
反復する呪文のように何度も繰り返しながら、今にも不安で押しつぶされそうな自分の肩を抱きしめる。
一人きり、残された小さな小屋は思った以上に、寒くて心細い。

震えはだんだんと大きくなって、パステルの体全体を襲う。
「…あれ…ヤダ…」
感じた物はとてつもない不安、嫌な予感がする。
おそれていた事態が来てしまったのだと。
分かり切っていたことなのに、どうしてもそう思いたくない。
でも、一度感じ取ってしまったその波動はどんどんと大きくなり、
頭の中に警報が鳴り響く。
「嫌だ、怖い…」
おいていかないで、わたしを一人にしないで、
本当は一人になるのが怖かったのはわたしのほう。
ずっと自分が本当は何をしたいのか、夢見るだけじゃない。
本当の想いが判らなくて、

「お前は何者だ?」

不意に彼の言葉を思い出す。

わたし?わたしは…
「わたしは……!!」
意を決して立ち上がると、手頃な布で垂らした髪をひとまとめにする。
綺麗なドレスも、暖かい毛布もいらない。
本当に欲しい物は、与えられる物じゃない、己の手でつかまえないといけないんだ。
「想いは力に…そうでしょうお母様」
もう、思い出となってしまった優しい母様の笑顔を思い浮かべた。

お父様を庇って凶弾に倒れたときのこと、
ボロボロと泣き崩れるわたしに向かって心配するんじゃないと微笑んだお母様。
これが私に出来ることなのだからと、
神の祝福をめいいっぱい受けていたはずのお母様。

…授かった力じゃない、自分だけの力が欲しかったんだ。
わたしに何が出来るのか、今は判らないけれども…

何があっても、最後まで諦めないことは出来るはずだから。
そう決意してパステルは小屋を飛び出した。
結界はいつの間にか解かれていた。
扉をくぐると森がざわめいているのが直ぐに判った。
鳥たちが何かから逃れるように空を黒く染めている。
獣たちが己の気配を隠し、巣穴に引きこもる。

その先に待つ物は、おそらく自分の一番望まざる物であり、一番の望み

「…飛んだ茶番だな」
そう言ったところでこの女はそうと認めやしないだろう、それでも、おれは言わなければならない
自分が何のために、犠牲とされようとしているのか解っているんだと。
いや、本当はこの女も、それからおれも、誰も犠牲になどはしたくないのに
「…うるさい、あなたは黙ってて」
…今にも泣き出しそうな表情しやがって
ルーミィはトラップの襟首をつかんだままだったクレイの腕を取り、その手を包み込んだ
怒りに打ち震えていたはずのクレイの体から力が抜け落ちていくようだ。
「まだ覚悟は出来ないのかしら?」
そして、すっかりと脱力し、ただ立っているだけになったクレイに話しかける
「それは、何度も断ったはずだろう」
弱々しく、答える。
「優柔不断な男は、嫌われるわよ」
重い沈黙、誰も何も口に出さない、答えない。
歩み寄って、吐き捨てるように一言だけ告げる

「あの子なら…まだ無事よ」
おそらく、その一言に相当悩んだはずだ、
彼を捕らえている大きな存在、どれほど疎ましいと思っても
今一番彼の欲している物はその言葉にほかならないから。
「……そうか」
その言葉に、クレイは一度瞳を閉じた。
「なら、これでますます彼をこのままにしておく訳にはいかなくなったな 」
一度は失われた彼の瞳に強い光が戻り始めた。
無意識のうちにトラップは自分が後ずさっていることに気が付いた、
「手加減してたって訳かよ」
仕掛けはもう、使えない。とことん真っ向勝負になる
こちらを見やるルーミィと一瞬目があった、何かを耐えるかのように伏せられた睫。
すべて、計算の上だったのだろうか、魔物達を扇動し、腕利きのハンターをこの地に呼び寄せ…
落ち着いたこの男を激昂させるだけの出来事を起こさせる。
おそらく、彼本来の姿を取り戻させる、そのために。

「約束なんて、しなきゃ良かったのよ、」
「…約束?」
「そう、約束、それに縛られたままの彼を何とかしたかったの 」
まるで幼い少女のように答える、その姿は今までの妖艶なイメージからはとても結びつかないものだった。
「あなたには不運だったとしか言えないけれども…」
「おれのどこが不運だって?」
遮って続ける、
「まだあきらめちゃいないんでね、おれは」
「無理よ、あなたは本当のあの人を知らな過ぎる」
「そんなの、やってみなきゃわかんねーだろ?ま、あんたはそんなつもりは全くないんだろうけどさ」
そんなふうに軽口を叩いてはいるものの体からは汗が噴き出し、額を伝う。
今自分の目の前にいる男はもう先ほどまでの涼やかで、紳士的な男ではない どんどんとどす黒い何かが際限なくわき上がってくる、限りなく闇に近い何か。

「やってやろうじゃねえか」
命を懸けるにふさわしい勝負じゃないか、何も躊躇うことなんかない
どうすればいいのか、それすら本当は解らないのだけれども…
ざりっと、妙な音がして反射的に身を逸らす。
見えない何かが頬をかすった、浮いた切り傷から血が少し噴き出して、また直ぐに消えた。
「待っててろって言ったしな…」
ずっと2人で居たこの数日間、それは今まで生きていた中で一番満ち足りて、幸せだったと今更ながらに思い返す 。
最後にだなんて思わない、再び絶対もう一度手に入れてやる。

───絶対に

先ほどかすめていったのはおそらく、障気の刃、吹き出した力が空気の隙間に入り込み、流れを作る、
ここが流れの読みやすい森の中で良かったと心底思う、もしここがただっぴろい平原だったりしたら、あらゆる方向に吹き荒れる風全体が敵に回っていたことだろう。
これならまだ多少なりとも勝算があるのではないか、そう信じたかった。
懐から取り出したダガーを風に向かって投げつける、向かい風の流れ、その隙間を縫って、一直線に飛んでいくが、もう少しで届くというその寸前、何かに絡み落とされたかのようにぱたりと地面に落ちた。
もちろん、そんな物はただの牽制の他に過ぎないが、ここまで効果がないとは。
クレイは何もしていない、纏わり付いている障気が既に十分な盾の役割をしているのだ、こうなると障気ごとぶったぎるしかないけれども、残念ながら自分にはそれだけの技量はない、何とか懐に飛び込むのがやっとである。
そして、飛び込んだ所で何が出来るのか

…こんなことならもうちょっと真面目に剣の修行でもしておくべきだったかもな 。
あらゆる武器の修行に手を出してはいたものの、一番ポピュラーといえる剣技の修行はあまり身を入れていなかったのだ。どうせならもっとターゲットの意表をつく奴をやってみたい、
面白いことが好きなのだ、昔から。
我ながらばかげたことばかり思いつくとおもう
今だって、自分で自分自身を実験してみたい、だなんて。

どうやら自分に身に付いてしまったらしい新しい力、それがどこまでの物なのか、ギリギリまで試してみたくて仕方がない。
クレイが軽く腕で宙を切った、とたんに舞い上がった爆煙、別に何かが爆発したわけではない。
森特有の湿った香りのする土砂や子供の頭ほどもある岩が吹き飛ばされ、全身を襲う。
それらを全くよけようともせず、トラップはその土砂の中へと飛び込んだ この程度の衝撃であれば
今の自分にはたいしたダメージにならないと踏んでのこと、
それ以上に速攻で決着をつけないとどんどんこちらが不利になる。

首だけを確実に狙う、それ以外はどうせいくら痛めつけたところでたいした効き目は期待できない。
ダガーのストックもあとわずか、薬や銃器は効き目がないと思った方がいいだろう。
もう少しで届きそうな手はあっさりとかわされて、上から軽い衝撃、
第2波が来る前に身をかわし、爆風に乗るかたちで上空へと追撃する
少しでも動きを止められないかと思いぎりぎりに届いたブーツのかかとへとダガーを突き立ててみようとして、今度はそのまま蹴り上げられた。
とっさに後ろに飛ぼうとして、足場が無いことに気が付く。
それでも、なんとか宙に舞い残っていた土砂に紛れた少し大きめの岩をけりつけて
何とか勢いをつけたのは、身の軽さのおかげか。

何とか多少のダメージを吸収して、着地…するかしないかぎりぎりのところで体勢を立て直す暇もなく続けて落ちてきたクレイにつかみかかった。
本来なら愚の骨頂とも言える戦い方だが、ここまで力の差があるときはこれくらいの無茶は平然とやってのけるだけの覚悟は出来ているのだ。
でも、そんな捨て身の攻撃も、全く効果をなした様子はなくて、ダガーの切っ先は何もない空を切るだけ、命中率がどうとかいうレベルではないのだ、
いくらその喉元をかっ切ろうにもまとわりついている障気が邪魔をする。
それでも、トラップは懸命に戦ったと言ってもいいだろう、
元々圧倒的な力の差があるにもかかわらず、ほんの少しの隙をついてダメージを与えることに成功したのだから。
ぽたりと流れ落ちたヴァンパイアロードの血
一切の汚れを持たない純粋な真紅色、

その血には一体どれだけの犠牲者達の血が流れているのだろう
そして、その中に自分も入れられてしまうのか

 

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