民家・町屋って何?

「民家工法」−それは2つの流れ−

 「京町屋への考察」 において、その文化的側面はさておき耐震性に付いてはかなり信頼性に欠けるものがあるということをのべました。京町屋の構造は、構法的にも工法的にも“耐震性”ではなく“免震性”の考え方に根拠を置いていると私どもは考えます。京町屋は構法的には、民家のように全体を胴差しで完全に縛り付けるのではなく、前回記述しました“蓮台組”という型で胴差しは一部分しか組みません。また工法としても民家のように石場立ての石口に合わせて柱の足元をでこぼこさせて刻むのではなく、柱の足元は石に乗るだけとし、柱と胴差しの仕口もエリワの刻みは施しません。すなわち全体を揺らして震動に応える“免震性”となります。私どもはこのことが町屋型伝統工法の長所にして、最大の欠点だと思っています。木造軸組構造というものは“揺れて持つ”揺れて地震力を外に逃がしてやる。という大多数の意見があります。しかしこの“揺れて”という言葉の解釈の仕方は、揺れる限度の範囲の問題に帰すると考えています。雑誌『太陽』別冊のー京町屋に暮らすーの中で京都大学防災研究所の鈴木教授が、『在来工法を科学する』という記事を執筆されておられました。その中の記述として鳥取西部地震の調査の結果から、“民家というものはその地域の住宅が大きな断面の木材を非常に丁寧な仕事で組み上げ軸組み本来の強さが貢献したものでした。

 ただ、だから伝統的な木造は強いと短絡してはいけません。どこが強いのか、どこが弱いのか明確に知ることが大事です”と述べられています。ところが編集文には“昨年の十月の鳥取西部地震後の鈴木さんらの調査では、地震の規模が大きかったにもかかわらず木造建築の被害は非常に軽微で倒壊での大きな被害はまれだったことでも判っている。“という表現が記述されています。ところがこの記述が鈴木教授の免震構造の特性を述べておられる内容と京町屋型民家の内容とが並列に記述されているため読者に大きな誤解を生じさせてしまうことになっているのです。鳥取西部地震で被害が軽微であった建物は京町屋型民家ではなく、いわゆるくずや葺きに代表される四つ建ち農家型民家であったということなのです。なぜならばこの鳥取西部地震の起きた地域は鳥取県日野町というところで、ここは『 八つ墓村 』という映画のロケ地になったほどの山深い山間地で都会に見られる町屋型民家などは一軒も存在しないからなのです。余談では有りますが、この地震が発生した日はたまたま当社の上棟日で木組みの最中でした。クレーンの運転手が慌てて飛び降りてきて知らせてくれるまで我々は、もともと揺れて仕事をしているので揺れていることに気が付かなかったのです。もっと稀有な出来事はその日の棟梁の実家が日野町であったということなのです。それで当人は翌日実家のことが心配なので帰省しました。ここにその時の大工からの報告をまとめてみました。生家の近くには30軒程の茅葺が3軒から5棟単位で山すそから中腹にかけて存在しています。 平地には日野川が流れ山までの僅かな間に田んぼが存在している。昔懐かしい日本の原風景という地域だと想像してください。地層的には日野川が断層帯であると考えられます。断層のズレがこの山際の田んぼを全部ごちゃごちゃにしてしまい、山際から中腹にかけての家々では、家の外に作られている便所がひっくり返っていたり石積みが崩壊した為に傾いてしまった民家が見受けられたということです。この現象は建物自体が壊れたのではなく、土地そのものが壊れたからだといえます。その他の建物についてはほとんど無傷で存在していたといいます。ちなみに彼の実家も無傷で存在していたと喜んで話してくれました。

 このことからも判るように『太陽』の記述は、鈴木教授の考察に対して伝統工法の構造的特性の違いに対する仕分けが全くできずに誤解し拡大解釈した記述を掲載したと考えます。私どもが言う民家は『四つ建ち』といわれる民家の発展継承型と言えます。工法的に説明しますと管柱と土台・胴差し及び梁の仕口についてはホゾ差しとしています。しかし通し柱については胴差し・差し鴨居・足固め等の柱に対して横から差す仕口になるためエリワと言う突起物の加工を施します。エリワは木と木を差しつけたときにお互いがこじり合う接地面が大きくなることで剛性を高める作用となります。また木と木を引き寄せるための細工も施し可能な限り緩くしない、仕口を甘くしない加工をします。専門家の間でも伝統工法が「揺れて持つ」と総括的に言われますが、木材が持っているめり込みの範囲のみでクッション性を考えることであって、あまく作って揺らしてやると言うことではないと考えます。従いまして鉄骨を溶接したようにはならないけれどもより複雑によりきっちりと組み上げても残ってしまう材木のゴムのようなクッション性(許容応力)のみが伝統工法による伝統構法構造体の根拠であると言い切れます。再度そういう観点に立って京町屋の構造体を見てください。うなぎの寝床と称される細長い建物には長手方向にしか壁は無く短手方向にはほとんど壁が存在しません。大屋根の小屋組み構造も長辺と短辺の考察が不十分な構成になっています。大屋根作りなら地棟(じむね)の方向に多くの屋根構成材が入る木組みをしなければ耐震力・風圧力にも弱いものになってしまいます。

 今回の話は少しくどくなったかもしれません。熱が入っていると言うことでお許しください。次回は前出の京都大学防災研究所の鈴木祥之教授を始めとする研究者の方々が提唱されている限界耐力設計により限界耐力構造計算で、木造軸組み、その中でも伝統工法の構造的なことが学問的に解明されつつあります。そこで実務的な建築確認申請についてお話させていただきます。

コラムへ 軸組の構造計算 TOPへ

 
Copyright © 2006 Azusa-Kohmuten All Rights Reserved.