「山の中でひとり」  第115話
3976c037bf-1231763735.png 「すいません。この村から出て行きます。身勝手なお願いでした。」
 サトシ君のお父さんが苦しそうに言った。
「村を出てどこに行くんですか?」
 おじさんが苦しそうにサトシ君のお父さんから目をそらして聞いた。
「単身赴任先の台湾に連れて行こうと思います。もうここには居られないし、それにそもそも家族を残していくべきじゃなかった。」
 噛みしめるように言った。
「正月に帰ってきたら、二人が変わってた。お盆に帰ってきたら、どうしていいか分からなくなってた。気が付いたらこんな事になってた…」
 一言一言、苦しそうだった。それは話すと言うより、絞り出すような感じだった。最後に見たお父さんの姿を思い出す。なんだかんだ言って、この人も結局逃げ出すのだろうか?
「家族に寂しい思いをさせたのが悪かったのでしょうか?何が悪かったのか、正直分からないです。君にどんな償いをすればいいかすら分からない…。情けない」
 寂しそうに、弱々しく肩を丸めてサトシ君のお父さんは帰った。

 疲れた。とにかく私は疲れていた。
 精神的にも、肉体的にも疲れ切っていた。
 居間でタカヨシ君が座ったまま眠っている。
 今日のことはタカヨシ君には話していない。
 私は飛んできた蛍を追いかけているウチに、道に迷った事になっている。
 何もなかったし、何事もなく祭りは終わった。
 サトシ君のお父さんは村社会でのけじめを取った訳じゃない。
 サトシ君の家族はお父さんの仕事の都合で引っ越すだけだ。
 それだけだ。

 私が守れたのは、自分以外ではタカヨシ君だけだ。いとおしく思う。
 私はタカヨシ君に寄り添って眠った。
 サトシ君のお父さんが私のお父さんのようにならないことを願いながら…

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