「山の中でひとり」 第139話
![]() |
チャイムが鳴る。 おじいちゃんよりも先に玄関に出る。 紺色の服の知らない人。 「警察です。遺体の身柄請けをお願いします。」 「遺体?」 おじいちゃんが玄関に出て、深々とお辞儀して日本語で話した。 「遠くまでスイマセン。何から何まで…。車さえ手放さなければ、私が迎えに行ったのですが…。作法は分かりませんが、言われたとおりに準備しておきました。」 おじいちゃんの日本語がとても上手くなっている。 外にとめたワンボックスから、おじいちゃんはお巡りさんと一緒に死体袋を仏間まで運んだ。 「なにせ状態が状態ですので…、毛布に身をくるんで袋に入っています。虫も沸いていますので、袋から出さない方が良いと思います…。小さなお子さんがいるようですから…」 おじいちゃんがおもむろに袋を開ける。知っている臭いが充満する。 「最後に自分の家の布団で寝させてやりたかったんですが、無理そうだ。」 乾いた笑い。袋のファスナーを閉める。 「検案書と請求書はどちらに…」 「私が頂きます。彼は親族とは疎遠になってますし、妻の家族はもう他人ですから…。私が葬儀を執り行います。入り人同士、助け合わないとね」 一通り説明をしてから、警察の人は帰った。 車がいなくなってから、おじいちゃんは泣いた。 私はずっと玄関にいて動かなかった。 袋を開けて、それが誰なのか確認しなければ、その中にいる人は生きている可能性がある。袋を開けて確認するまでは、中の誰かは生きているかもしれない。 その可能性を残しておこうと思った。 でも、おじいちゃんがすでに袋を開けているので、その可能性はもう残っていない事にすぐに気が付いた。
|